第7話・みんなでお弁当

 ☆★


 一時間目が終了。

 先生が教室から出て行くと、机に顔を伏せていたノーブルが起き上がった。


「あれ? 授業が終わっている。僕、いつの間にか寝てたんだね~」

「おう、爆睡でびっくりしたぞ」

「そっかー、ごめんね~。全然気が付かなかったよ。僕、寝ちゃうと全く起きないらしいんだ。ふぁ~」


 そう言って、ノーブルは大きなあくびをした。授業中に寝ていたことに対して、全然悪びれない様子だ。


「まじか。どうりで、何度か起こしたけど起きないわけだ。具合悪いのか? と心配までしたんだぞ」

「あはは、本当にごめん。あ、そうだ! じゃさっ、今度寝たときは、頬を力強くつねってでもいいから起こしてくれない? ね、いいでしょ?」


 両手を合わせて、ノーブルはお願いしてくる。上目使いで、凄く可愛い。

 男のくせに、何となくずるい気がした。

 

「もしかして、また寝るつもりなのか?」

「あはは、いやだな~。もしもの話だよー」


 ノーブルは、ぺろっと可愛く舌を出す。

 女子じゃないのに、可愛い仕草は反則じゃないのか!? と、今度こそ秀は思った。

 けれど、悔しいくらい似合っている。


「そっか、分かった。んじゃ、次に寝ていたら頬をつねるからな」

「うん、よろしくね」


 軽はずみで約束したのはいいけど、どの程度の力でつねっていいのだろう?

 秀は首を傾げた。


「あ! 早くお弁当食べないと二時間目始まっちゃうよ!」

 教室の時計を見て、ノーブルは慌ててリュックからお弁当袋を出した。


「そっか、忘れてた。二時間目の前に、ご飯休憩だったな。俺、ちょっとトイレに行ってくるから、先に食べててくれ」


 そう言って、秀は教室を出た。

 廊下を早歩きしていると、各教室から楽しそうな笑い声とお弁当のいい匂いがした。

 一時間四十五分という長い拘束から解放され、生徒にとって楽しい夕食タイムがやって来たのだ。

 三十分しかない貴重な時間。

 秀は急いで用を済ませ、洗面台で手を洗った。洗い終えると、鏡に自分の姿が映っていることに気がついた。

 ぴぴーん! 好奇心から今すぐにやってみたいことが、秀の脳裏に浮かんだ。


 ――もしかしたら、俺からもあの謎のキラキラが出ないだろうか?


 ノーブルみたいに美少女顔のイケメンではないけれど、思い立ったが吉日。衝動を止められない。

 きょろきょろと、男子トイレに誰もいないことを確認する。

 そして、秀は自分の髪を両手でふさふさと触ってみた。

 その結果――残念ながら、鏡に映る自分の髪からは何も出てこなかった。


 ――うん。俺は何の変哲もない人間だって知ってた!


 ちょっと……いや、かなり。秀はあの謎のキラキラに憧れを抱いてしまったのだ。

 自分自身も、あのキラキラが出せたらかっこいいじゃん! と思ったけれど……今の行動で、現実を思い知らされてしまった。

 今のことは、記憶から抹消しよう。

 ある意味で、黒歴史だ。

 恥ずかしさで顔を赤く染めながら、秀はそそくさと男子トイレを後にした。


 ★☆


 急いで秀が教室に戻ると、蘭子が二ノ丸にやって来ていた。

 空いている椅子を借りて、ノーブルとお弁当を食べながら楽しそうに話をしている。


「あ、おかえり。一緒にお弁当食べよう」


 秀に気が付いて手を振る蘭子。

 さっき会った時よりも蘭子の顔色がよいことに、秀は驚いた。


「森、おまえ何かちょっと雰囲気が違うような……気のせいか?」


 秀は首を傾げながら、自分の席に座った。


「うん、充電の効果が出てきた。元気百倍であります!」


 どや顔で、蘭子は言い放つ。

 自己主張するところも、学校と大違いだ。

 ――元気百倍って懐かしいセリフだな。

 充電という名の新しい顔でももらったのか? と、くだらないことを考えながら、秀はリュックに入っている市販のあんぱんを出した。

 蘭子とあんぱんを見比べて、アニメのような顔の入れ替わりを想像する。現実的に考えて、蘭子の体にあんぱんの顔はかなり怖いので止めておこう。

 

「豊臣さん。それだけ?」

「えー、それだけじゃお腹が空くよ。僕だったら絶対に足りない」


 秀のリュックから出てきたあんぱんを見て、蘭子とノーブルが目を丸くする。


「だよな! 俺も思った!」


 ふたりの意見に、秀も強く同意した。

 あんぱんしか持ってこなかったのは、母親が『ご飯は家に帰って来てからで良いでしょ? みんなも絶対にそうだから菓子パンで十分よ』と、言ったからだ。

 それを信じて、秀は家に買い置きしてあったあんぱんを持ってきた。


 おーい! みんなって誰だよ!?

 蘭子もノーブルも周りを見ても、夕食込みの豪華な弁当だぞ! と、今すぐ母親にツッコミを入れたかった。

 だけど、あんぱんに罪はない。美味しく食べようじゃないか。


「豊臣さん、もし良かったら蘭のスープ飲む?」


 何故か、蘭子は水筒を二つ持ってきていた。

 ピンク色と緑色の水筒には、何が入っているのだろう?


「へ? スープ?」

「うん。蘭、スープを持ってきてるの」


 蘭子は頷くと、ピンクの水筒を手に取った。

 頭についているコップを外して、その中に温かそうなコンソメスープを注いだ。


「うわー! 美味しそうだな。本当にもらっていいのか?」

「水筒に沢山入ってるからいいよ。こっちにはお茶がたっぷり入ってるし、はっきり言って飲みきれない」


 そう言って、蘭子は緑色の水筒から冷たいお茶をコップに注いだ。

 どうやら間違えないように、緑色とピンク色の水筒で色分けされているようだ。

 些細なことだけど、蘭子の母親のまめさを感じた。


「ありがとう。いただきまーす!」


 秀はありがたくスープをもらった。

 ちょうどいい温かさで、コンソメ味の野菜スープが凄く美味しかった。


「僕のお弁当も、好きなもの摘まんでいいよ」

 ノーブルも、自分のお弁当を差し出してくる。

 ふたりの優しさに、秀は感謝感激だ。


「まじか! ありがとって、スゲー! おまえの弁当、たらこがぎっしりだぞ!」


 ノーブルのお弁当の中を覗くと、たらこが丸ごと乗ったご飯、たらこ入りはんぺん、たらこパスタが入っていた。

 ていうか、ご飯とパスタの組み合わせ+全く野菜が入っていないところが、何か凄い。

 ――俺の母ちゃんでもブロッコリーくらい入れるぞ! と、秀は心のなかでツッコミを入れた。

 でも、秀的にはたらこが好物なだけに、この組み合わせはありだった。高評価だ。


「そうなんだよ。僕はたらこが嫌いなんだけど、母さんが好きなんだ。だから、今日はたらこday。あははっ」


 聞き捨てならないことを、ノーブルは笑いながら言った。

 それを聞いて、秀のほうが驚いた。


「まじか!? おまえがたらこが嫌いって、母ちゃんは知っているのか?」


「うん、知ってるよー。けど、母さんは自分の好きなものを優先するんだ。大丈夫、味を変えるためにふりかけを入れてくれているから」


 そう言って、ノーブルが弁当袋からふりかけを出した。


「よかったなーって、それたらこ味じゃん!」

 秀は力いっぱいツッコミを入れた。


「ぶっ! ここに漫才コンビが誕生した。うふふっあははははっ!」


 ふたりのやりとりを見て、蘭子が声を上げて笑った。

 目から涙を流し、腹を抱えて大爆笑だ。

 秀の記憶では、学校では一度も見たことがない姿だった。

 そんな風に笑えるんだ!

 いつもの眠そうな顔より、こっちのほうが新鮮でぐっとくる。凄く可愛い。


「あーもう、面白すぎてお腹いたいーあははは!」

「あはは、そんなに面白かった?」

「あははっうふふふふふふふふははは」

 ノーブルの問いに、蘭子は答えない。笑うので忙しいようだ。

 だから、秀もノーブルもつられて笑った。

 初めての塾ご飯。

 三人で食べる夕食は、とても楽しかった。

 こんな日がずっと続くなら戦国アカデミーに入った甲斐があると、秀は思った。




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