第6話・初授業

 ☆★


「あ、こんにちは! 織田さんと森さん。それに、そっちは新しい子だよね?」


 戦国アカデミーに入ると、入塾テストの時とは違う受付のお姉さんが明るくあいさつしてきた。花柄のワンピースを着た大学生だ。


「「「こんにちは」」」


 秀たち三人も、元気よくあいさつを返した。


「豊臣秀です。よろしくお願いします」

「私は受付のバイトをしてる志村だよ。よろしくね。それじゃ、豊臣さんのクラスは、と……」

 志村が手元の資料を確認する。


「織田さんと同じ、二ノ丸のクラスからのスタートだね。織田さん、案内してあげて」

「はーい」

 志村に案内をお願いされ、ノーブルは笑顔で頷いた。

 

「それじゃ、教室に行こうか」

「おう」

 

 ノーブルと秀が自分たちの教室へ向かう途中、蘭子が受付に一番近い教室の前で立ち止まった。


「蘭はこのクラスだから、またあとでね」

「あれ? 森は違うクラスなんだ」

「うん。ここは成績上位クラス」


 さらっと、凄いことを言う蘭子。


「まじか! ま、それもそっか。この前の算数と理科のテスト満点だったもんな。森が頭いいのは知ってたけど、上位クラスなんてすげーな!」

「塾は中学入試問題で点数が取れるようなテストになっているから、小学校のテストと比較しないで、全く別物。塾は日々勉強が必要。でないと、すぐ中位に落ちる。下手したら下位」

「へ、へー、そうなんだ……」

 

 今の話から察するに、どうやら小学校の成績が中の下である秀が上位クラスに入るには、相当努力をしなければならないようだ。


「じゃあ、お弁当時間に、ね」

 

 そう言って、蘭子は自分のクラスに入って行った。

 少し寂しいけど、こればかりは仕方がないと、秀はすんなり納得した。

 入塾テスト基準ぎりぎりだった秀が、最初から蘭子と同じクラスになれるとは限らないのは百も承知。自分が下位なことを、ちゃんと理解しているのだ。

 因みに、戦国アカデミーは成績が良い順から、

『本丸』

『一ノ丸』

『二ノ丸』

 の三クラスでクラス分けされている。

 更に、クラスごとに座る順も成績が関係している。最前列が一番頭が良いとされ、後ろに行けば行くほど成績が下位とみなされるシビアなシステムだ。どこの進学塾もそうらしい。


「生徒数が多い学年は、三ノ丸があるんだよ。今の六年生がそうみたい」

 と、ノーブルが教えてくれた。

 その話を聞いて、秀は信じられない気持ちになった。

 一クラスが約二十人として、三クラスだと三×二十で六十人……四クラスだと、八十人!?

 そんなに勉強したがる奴がこの塾にいるのか!? と、秀の顔が青ざめる。


「どうしたの? 大丈夫?」


 秀の様子を心配して、ノーブルがおろおろする。


「あ、うん。大丈夫だ」

「ふぅ、ならよかった。それじゃ、教室に入ろうか」


 ノーブルは秀の肩をぽんっと軽く叩いてから、二ノ丸の教室へ入って行った。

 あとを追って、秀も教室に入った。

 ほぼ生徒が登校済みの教室は『遊びに来ているのか?』と、錯覚をしてしまうくらい騒がしかった。

 蘭子の教室の雰囲気とは大違いだ。

 本丸の生徒は、ほとんどが静かに自分の席に座っていた。あれは勉強をしているに違いない。授業前にも関わらず、気合いの入れ方が違う。

 だけど秀は、二ノ丸のアットホームな感じのほうが好きだった。


「よろしくなー」「え? 新しく入った子なんだ!」「分かんないところは聞いてね」と、みんながみんな、挨拶をしてくれた。

 しかも、かなりフレンドリーに、だ。

 そのおかげで、秀はすぐクラスに溶け込むことができた。


「秀は僕の隣の席だよ」

 最後尾列から一つ前の列、長机の右側の席にノーブルが座った。そして、その隣の席が空いている。

 瞬時に、秀は悟った。

 ――やっぱり俺って、このクラスで最下位なんだ。

 無理もない結果に、秀は素直にノーブルの隣へ座った。

 だけど、まだ一番後ろの列が空いているのを見て『もしかしてもっと成績が悪い奴がいるかもしれない?』と、ちょっとだけ期待する。


「あのさっ。聞くけど、一番後ろの列は誰もいないのか?」

「うん、いないよ。秀がこのクラスで最後尾だね。人が増えると後ろの席も埋まると思うよ」


 秀の淡い期待は、一瞬で打ち砕かれた。下位決定だ。


「……やっぱりそうなんだ。って、あれ? そうなると、俺と一緒にテスト受けていた奴らは、入塾しなかったのかな?」

「他に何人くらい受けてたの?」

「んー、ふたりだったかな?」

「そっか~、考えられるのは、他の塾でも行ったとか? もしくは合格点に達しなかったのかな? とりあえず、今回は秀だけが入塾みたいだよ。おめでとう!」


 キラキラの笑顔で、ノーブルがパチパチと手を叩いた。


「あ、ありがとう」


 少し照れながら、秀はお礼を言った。

 それにしても、ノーブルから溢れ出るキラキラが眩しすぎて直視できない。


「おまえって何者なんだ?」

 気になりすぎて、秀は無意識に口に出していた。


「あはは、唐突な発言だね。僕は日本人の父とイギリス人の母のハーフだよ」

「あ、ごめんって、ハーフだったのか!? 俺、ハーフと友達になるのって初めてなんだけど、イギリスのハーフって何かかっこいいな!」


 日本人っぽいけど、どこか違う顔立ち。蘭子に好かれる美少女顔のイケメンが羨ましいと、ほんのちょっとだけ秀は思った。

 だけど――ハーフと聞かされても、謎のキラキラオーラは何の解決にもなっていなかった。

 

 ★☆ 


 それから授業が始まるまで、ノーブルとたわいない話をした。授業開示ベルが鳴ると同時に、算数担当の塾講師が教室に入ってきた。年配の男性だ。


 人生初の塾の授業、秀は緊張で不自然に姿勢が良くなった。背中に定規を当てたみたいに、だ。

 教科書に目をやると、見るからに難しい問題が載っていた。解ける自信がない。


「分からないところがあったら聞いてね」

 ノーブルが爽やかに小声で言った。


「おう!」」

 頼りにしているぞ! と、秀は笑顔を返した。

 けれど、その瞬間――ノーブルは机に突っ伏して、夢の中へと落ちて行ってしまったのだ。


「おーい、織田。始まってすぐに寝るなー」


 先生が軽いツッコミは入る。だけど、まともに起こす気がないらしい。ノーブルを放置して、授業はどんどん進んで行く。

 秀だけは、ノーブルを何度か起こそうと試みたが、全然効果がなかった。

 そして、秀は思った。

 ――こいつ、ここに何しに来ているんだ?

 結局、授業が終わるまで目を覚まさないノーブルは、勉強嫌いな秀にも謎すぎる存在に思えた。


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