第4話・待ち合わせ

 

 次の日。

 入塾の手続きを無事に終えた秀は、晴れて戦国アカデミーの生徒になった。

 これから毎週火・水・金は、塾で授業を受ける。

 どんなに遊びたくても、週三日は我慢だ。

 そして、今日は初日。

 秀はやる気に満ちあふれていた。

 そのおかげで、友達とふざけながらだらだらと帰ることなく、真っすぐ家に帰ることが出来た。

 家に帰ると母親が、「塾から帰ってきたら絶対に宿題しないと思うから、今やりなさい! あとでは絶対にやらないから!」としつこく言ってきた。

 だから秀は、嫌々ながら学校の宿題を終わらせた。

 面倒だけど仕方がない。

 『塾に行きたい!』と言い出しっぺは、あくまで秀なのだ。

 宿題を終えて、塾指定の緑色リュックにノートと筆箱、そして菓子パンを入れた。

 時計を見ると、待ち合わせの時間の十分前だった。


「いってきまーす!」


 心を弾ませながら、秀は家を出た。

 戦国アカデミーは自転車を止めるスペースがないので、徒歩で待ち合わせの公園へ向った。

 走ること約五分。

 すると、まだ五分前にも関わらず、先に蘭子が来ていた。ベンチで本を読んでいる。


「お待たせ」


 秀が声をかけると、蘭子が本を閉じて顔を上げた。

 いつも以上に、凄く眠そうな顔をしている。


「ぴーっ、電池不足。ノーブル充電が必要……」


 また電波なことを言い出した――って、違う! 今の問題はそこではなかった。

 『ノーブル充電』と言う言葉に、秀は一気に現実へと引き戻されたのだ。

 蘭子と一緒に塾へ行けるという嬉しさに、存在をすっかり忘れていた。

 そもそも戦国アカデミーの入塾テストを受けるきっかけになったのは、『ノーブル充電』とかいうあだ名(?)を聞いたからだった。


 ――森の好きな人。


 そのことを忘れていたなんて……何たる不覚!


「そ、その、ノーブル充電って、森の好きな奴だっけ?」

 

 秀は自ら地雷を踏みに行く。平然を装って聞くが、心臓がきゅっとなって痛い。

 だって、どんな奴なのか気になるだろ?

 ライバルに会う前に、ちょっとでもそいつのことを知っていたほうが、心の準備が出来る……かもしれない。


「違うよ。好きな『人』じゃなくって、好きな『顔』なの」


 蘭子の意味不明な返しに、秀はどう答えればいいか迷った。

 ――うーん、どういう意味だろう? 


「何が違うんだ?」

「はっきり言うとね。蘭は面食いなの」

「面食いって?」

「蘭は、顔面偏差値が高い人を見るのが好きなの」

「顔面偏差値? 偏差値って何だ?」


 疑問符を浮かべる秀に、蘭子は同情する目で見つめてくる。

「豊臣さんは、あまり本を読まないの?」

「へ? 読まないけど……どうかした?」

「……今度おすすめの本を貸してあげる。先ずは語彙力を育てよう」

 表情はあまり変わらないものの、雰囲気から蘭子の切実な気持ちが伝わってくる。

 それを感じとった秀は「お、おう、よろしくな」と、しか言えなかった。


「面食いの意味を説明すると、顔の美しい人を好む人のことを指すの」

 改めて、蘭子が丁寧に説明してくれた。


「へ、へー」

 秀は頷いた。そして、ふっと思った。

 ――じゃあ、俺も森の顔が好きだから面食いなのかな? 

 色白で整った顔立ちの蘭子。眠そうなのに知的な雰囲気の目が魅力的だと、秀は思っている。


「で? その面食いってのがどう関係してくるんだ?」


 秀は首を傾げた。


「蘭は美しい顔を見るのが好きすぎて、体内に面食い電池が存在するようになったの。だから、電池が切れると起動停止してしまう。その充電が必要……」

「へ、へーって、ごめん。ちょっと待て……意味が分からないんだけど?」


 面食い電池? なんだそりゃ? と、秀は口をぽかんと開けた。


「つまり、蘭は老若男女問わず美しいの顔がそばにいないと元気が出ないの。出来ればずっと目でていたい……。はぁ、近くに落ちていないかな? 今すぐにでも充電したい……」


 そう言って、蘭子は眠い目で周囲をきょろきょろと眺めた。本当に落ちていないか確認しているようだ。


「いやー、普通に考えて、人は落ちていないと思うぞ」


 秀がツッコミを入れると、蘭子が深いため息をついて哀愁を漂わせる。


「蘭もそう思う。言ってみただけ……」


 そう言うと、蘭子は塾指定のリュックに本をしまった。

 終わるのを待つ秀は、頭のなかのごちゃごちゃを整理する。


 ――つまり森は、顔の綺麗な人を見るのが好きなのか。

 そんでもって、その綺麗な人から面食い電池ってやつを充電させてもらわないと動けなくなるんだな? と、何とか無理やり理解した。

 蘭子が、面食いなのは意外だったけど――でも、俺も森の顔が好きだから、面食いになる気持ちは分からなくもないと、秀は思った。

 それに小さい頃から秀は、母親に『人それぞれ好みは違うから受け入れなさい!』と、口酸っぱく言われているせいか、偏見を持たずに蘭子の奇妙な体質を、素直に受け入れることができた。


 というか、今の話を聞いて秀が一番気になったのは、ノーブルと言う男子は相当のイケメンなのではないだろうか? と言うことだった。

 アイドル以上に可愛い蘭子が言う美しい顔を持つ男子。

 違う意味で、秀はノーブルに興味が湧いてきた。


「ノーブルって、どのくらいイケメンなんだ?」

「あえて言うなら、崇拝するくらいに」

「……へ? 崇拝!?」


 秀は目をぱちくりさせて、頭に沢山の疑問符を浮かべた。

 ――崇拝って何だ?

 ノーブルって、どんだけイケメンなんだ? 神レベルか!?


「豊臣さんも会えば、きっと分かる。着いたら直ぐに紹介する」

「お、おう」

「そろそろ行こうか」


 そう言って、蘭子は立ち上がった。さっとリュックを背負って歩き出す。

 秀も、その横を歩いた。

 公園から戦国アカデミーまで徒歩十五分。

 その間、蘭子は戦国アカデミーの授業の内容についての話をしてくれた。

 だけど、内容は半分も秀の頭に入って来なかった。

 秀の頭の中は、ノーブルのことでいっぱいだから、だ。


 ――どれだけイケメンなんだろう? と、秀は会うのが楽しみで仕方がない気持ちに変わっていた。

 

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