第3話・入塾テストを受けてみた


 ★


 一時間目。算数。時間四十分。


 問題一・666666÷333×22=


 へ? 何か……始めから難しくないか? と、秀は思った。


 一ページと二ページは桁数が多い計算問題。よく分からないながらも、何とか頑張って解いた。だけど、余裕はここまで――問題が進むにつれて、秀から冷や汗が止まらなかった。何のことだかさっぱりだ。


 ★


 二時間目。

 理科と社会の総合。四十分。

 地域の生産、環境、生物などについての問題だった。

 完全変態ってなんだ? 虫にも変態がいるのか? と秀は思った。

 


 ★ 


 三時間目。

 国語。四十分。

 秀は、これが一番苦戦した。

 何故かというと、信じられないほどの長文が出たのだ。

 普段、本を読まない秀にとって、かなり辛い時間でしかなかった。

 更に追い打ちをかけたのは、大量の文字を読んだ後、『作者の気持ちは?』二十文字で抜き出しなさい。と、書かれていたことだった。

 ――へ? それって、どこだ? 

 様々な記述問題が、秀の頭を悩ませた。


 ★

 

 そしてやっと、地獄のテストが終了した。

 秀は入塾テストの難しさに、心がズタズタでおぼつかない足取りで教室を出た。

 受付に視線を向けると、他の保護者に混ざって母親が明るい笑顔をしながら待っているのが見えた。

 手には戦国アカデミーの資料をしっかり握りしめている。

 散々な結果が返ってくるとも知らずに、母親は入塾させる気満々だ。


「もうお昼だし、この辺で何か食べて帰りましょう」

「お、おう! じゃあ、牛丼大盛がいいな!」

「え? 普段小盛りのくせに何を言っているのよ?」

「いやー、何かそんな気分なんだよ」


 慣れないことで頭を使ったせいなのか、秀は無性にお腹が空いていた。今なら大盛を完食出来る気がする。

 

「分かった。じゃあ、牛丼にしましょう」

「やったー!」


 大好きな牛丼を食べられると聞いて、やっと秀に笑顔が戻った。


 ☆★


 休み明けの月曜日。

 学校に着くと、下駄箱で蘭子が話しかけてきた。


「おはよう。豊臣さん、入塾テストの結果はどうだったの?」

「あ、おはよー……」


 いつも眠そうな蘭子の目が、興味津々と言わんばかりにきらきらしている。

 普段は見られない雰囲気に、秀は蘭子の顔をまともに直視できなかった。顔が赤くなっていることが、自分でも分かるからだ。

 秀は頭を振って、上履きに履き替えながら昨日のことを思い出す。


 ――戦国アカデミーの合否結果は、テストの翌日にホームページの保護者ログインサイトで発表される。

 発表時間になると、母親は家事をそっちのけでパソコンに向かった。

 気になる結果は――合格最低点だったけど、入塾基準を満たしていた。 

 合否の結果を見ている時の母親の顔が、マジで嬉しそうだった。

 秀はあれだけ難しかったテストで、合格ができたなんて信じられなかった。

 嬉しすぎて、母親とついつい抱き合ったくらい、だ。

 だけど、だ。その後、母親が資料を出してきて、秀にこれから通う塾の流れを話した。それを聞いて、合格に喜んだことは間違えだった! と気づかされた。


 五年生は、何と! 夕方五時から九時までの週三回の授業らしいのだ。

 週一回程度だと思っていたのに、週三ってなんだ!? そんなに勉強する内容があるのか?

 そして、さらに最悪なのは六年生だ。

 授業が週四になるらしい。しかも! オプションで日曜特訓やら模擬テストなど、週末限定イベントもあるらしい。

 はっきり言って、机に向かう忍耐がない秀には、耐えられる自信がなかった。テレビゲームなら話は別だけど……。

 正直、これからもずっと遊んでいたかった。だれど、後悔しても母親の態度を見て時すでに遅いことに、秀は子供ながらに察した。

 あんなに生き生きして話す母親を見るのは、久しぶりな気がしたからだ。



「合格だったよ。母ちゃんが、今日入塾の手続きをしてくるって言ってた」

「おめでとう。蘭、仲間が出来て嬉しい。これから塾でもよろしくね」


 そう言うと、蘭子は目を奪われるくらいの笑顔を浮かべた。

 全く想像も出来ない破壊力に、秀の思考は停止した。


 マジで可愛すぎる‼

 気になる女子から、ハートを撃ち抜かれるほどの笑顔を貰ってしまった。

 その笑顔を糧にして、これから約一年半の勉強づけの日々が待ち受けてようとも、勉強嫌いにはいばらの道だとしても――それでも『森と同じ学校に通うんだ!』と、秀は腹を括った。


「うん、これからよろしくな!」

 

 秀も笑顔を返した。


「そうだ。これからは戦アカに行くときは一緒に行かない?」

「へ? いいのか?」


 思いがけないお誘いに、秀は目を丸くする。


「うん。ひとりで行くよりふたりのほうが、問題も出し合えるし、何かと効率がよさそう」

「あ、それもそうだな。それじゃあ、よろしくな!」


 これから蘭子とは勉強の話ばかりになったとしても、秀は一緒に塾へ通う約束ができて嬉しかった。

 天にも昇る気持ちとは、こんな感じなのかな? と思った。

 順調な流れに、すっかり秀の気持ちは舞い上がっていた。

 そのせいで、都合が悪い事をすっかり忘れていた。

 戦国アカデミーには、蘭子の好きな奴がいるってことを、だ。

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