第101話 溺れる者を竜が燃やす

 …………。


「領主殿?」


 普通の帆船だと思ってたのに、こんなに船が揺れるとは。


「おう頭、どうしたそんな青い顔して」


「い、いえ想像以上の速度と揺れで」


 まさかの動力がジェット噴射!


「おう、すげえだろ! 鳳仙の姉さんとロカの嬢ちゃんのおかげでな。この船は今までの常識を超えるぜ!」


「ですがこの揺れは」


「どうしても速度を上げるとな。慣れれば何ともないんだが」


 速度がどうとかって次元の問題なのか? 船が出していい速度をはるかに超えてるような。


「まあ、そのへんは今後に改良の余地ありってとこだな」


「ぜ、ぜひともお願いします」


 く、まずい、もう俺の中の何かがげ、限界に……。


「領主様、こちらをどうぞ楽になれますよ」


「あ、ありがとうございますルチアさ……ぐおうい」


 ぐおおうう、なんか嘔吐感が倍増したアッツ。

 も、もう無理……。


 …………。


「だ、大丈夫か? 頭」


「え、ええ、なんとか」


「ルチア、それはもしや」


「はい、ラモーン様。毒などを摂取された際に使用するお薬です。我慢されるよりは出してしまった方が楽になるかと」


 あの凄まじい嘔吐感は毒なんかを強制的に吐き出させるためだったのね。


「そ、それはそうだが。少々荒療治が過ぎないか?」


「もうしわけありません、この薬だけしか持ち合わせがありませんでしたので」


「そ、そうか……」


 ……。


「領主様なにか?」


「いえ、なんでもありません」


 いや、そうだなルチアさんはメイド。主人に毒が盛られたときの為にいつも常備しているだけだよな。


「しかしルチアの嬢ちゃん、いつもそんな薬を持ち歩いてるのか?」


「いえ、今日はたまたまです。必要になるかと思いまして」


 必要にって……。


「ルチアさん今後の参考に教えていただきたいのですが、酔い止めのような薬もあったりするのですか?」


「ございますよ、この葉をかむと楽になります」


 え、あるの? というか持ってるの?


「ルチア、あの薬の前にそれを領主殿にお渡しすれば良かったのではないか?」


「もうしわけありません、気が動転しておりました」


 いやいやいや、今この瞬間も含めて終始これっぽちも動揺が見られないんだけど。


「もうしわけありません、気が動転しておりました」


 これはもう何言っても無駄な奴かね。というか俺の周りは何言っても無駄な人が多すぎる気がするんだけど、気のせいかね?


「頭、取り込み中にすまねえ。どうやら目的のブツが見えてきたみたいだ」


 お、思ったより早いな。いろんな意味で苦労した甲斐があったってことかね。


「どこですか?」


「ほらあそこだ。水面にしぶきが上がってるだろ」


 どれどれ……本当だ。水面でなにかがバシャバシャやってるな。


「うーん、ありゃ不味いかもな。十中八九溺れてやがる」


「確かにそれは不味いですね」


「ふーむ、領主殿。すでに手遅れかもしれませんな、しぶきが小さくなっております」


 たしかに。となると……


「ジラーテさん!」


 〈呼んだか王様〉


「申し訳ありませんが、いますぐあそこで溺れている人を救出してください」


 〈わかったと言いところだが、すでに遅かったみたいだな〉


 え? ああ、すでに飛沫が!


「完全にしぶきが消えてしまったようですな」


「完全に沈んじまった。あれじゃあ今から助けに行ってもどうにもならねえな」


「水面が一瞬光ったようですが、あれは鍛錬の際に領主様が放つ光とご一緒ですね」


 死に戻りの光か。となるとやはりあそこにいたのは俺と同じプレイヤーだったってことか。


「それでどうしましょうか領主殿」


「目的のモノは沈んじまったし、どうするよ頭」


「やはりあの光をみると何故か心が癒される気がしますね」


「少しの間、待機でお願いします」


 ラクィーサさんの報告だと、ここで死に戻りする可能性があるからな。


 それにしてもルチアさん、死に戻りの光で心が癒されるとか……。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 そろそろ復活する時間かな?


 ……。

 お、大量のしぶきが上がり始めたし、どうやら復活したみたいだ。


「ジラーテさん」


 〈任せろ王様〉


「お待ちください、領主殿」


 ラモーンさん?


「どうかしましたか?」


「此度の現場は水。我ら人魚族の得意とする場所でございます。ここは私目にお任せいただけませんでしょうか?」


 〈オレ様が動くのでは不満か?〉


 おおう、さすがはパヤバヤ一帯で恐れられていた火竜。すごむとそれなりの迫力があるね。


「いえいえそうではなくですな。ジラーテ殿あなたは身内以外から見るとどうにも威厳がありすぎるのですよ」


 〈ほう。続けろ〉


「よいですかな? 今もしここでジラーテ殿が救助に向かうとしましょう。その際相手方の目には巨大で荘厳な赤い竜が自身に向かってきているように映るでしょう」


 〈うむ〉


 まあ、救助に向かうっていうくらいだし、そうなるだろうな。


「そうなりますと、ジラーテ殿を見られた方がとるであろう行動が我々の望まないものになってしまう可能性が非常に高くなってしまうかと」


 溺れる自分に迫りくる巨大な赤い竜か。うん、たしかにどう考えても襲われるとしか思えないな。


「もちろん我らはジラーテ殿がそのような方でないことは十分に存じております。ですがやはりジラーテ殿の威厳は並の者にはどうしても畏怖の念を抱かせてしまうのです」


 〈むぅ〉


「ですからここはジラーテ殿ほど威厳も力もない私目にお、任せいただけませんでしょうか?」


 〈うむ、だがここはオレ様がいくぞ。せっかくの王様からの命令だからな〉


 え?


「ジラーテ殿?」


 〈なに大丈夫だ、紅様には及ばないとしてもオレ様とて幾千年も生きた火竜。この程度の命令、難なくこなしてやる〉


 いや、ジラーテさん、この程度の命令だからこそ難しいと思うんだけど。


 〈では行ってくる!〉


 あ……行っちゃった。


「領主殿」


「なんでしょうかラモーンさん」


「やはり私にはどう見てもこの景色が救助の現場には見えないのですが」


「奇遇ですね、私も同じように考えていました」


 溺れる人に一直線に向かっていく巨大な竜。


「しかもよりにもよって口で咥えようとしましたな」


「相手からしたらどう考えても食べられるとしか思えませんよね」


「でしょうな」


 あ、ジラーテさんが殴られた?

 ああ、今のは不味い、何が不味いって……


「ジラーテ殿はお怒りですな」


「ですね」


「どうやら火を噴くようですな」


「ですね」


 うおおう、凄い量の水蒸気だ。


「さすがはレハパパの火竜。我らのことを考えてか、水面をなめる程度の炎とはいえ凄まじい威力ですな」


「ですね」


「とはいえあれでは要救助者は助からんでしょうな」


「ですね」


「最悪ですな」


「ですね」


 さすがに溺れる人でも竜はつかまないか。しかもその竜に燃やされるとか。


 溺れる者を竜が燃やすってか。


 ……なんか本当にすみません。

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