第43話 観客席より(side セリス)

「じゃあ、一つだけお願いを聞いてほしいでござる」


「なんでしょうか?」


「拙者、御屋形様と戦いたいでごさる」


 ソフィア様、さすが破壊の化神だけありますね。お願いの内容が、今までの市長とのやり取りを吹き飛ばす内容です。


「拙者、御屋形様と戦いたいでごさる」


「えーと」


 市長も想定外のお願いに困惑しているようです。ああ、なぜ私は外に出てしまったのでしょうか。確実に市長はあのちょっと困ったお顔でいるに違いない。何という失態!


「御屋形様は拙者の拳をしのいだと、セリス殿が」


 どうやら少々前にまいた種が芽吹いたようですね。


「御屋形様」


「ですがあれはソフィアさんが理性を失っていた時で」


「それでもでござる。未だかつて拙者の攻撃を、一撃でも凌いだ者を拙者は知らぬでござる」


 ここは私も一押しして差し上ましょう!


「市長、ここはソフィアさんのお願いを聞いて差し上げては?」


「セリス殿!」


「ソフィアさんがここまで望んでいるのですから、可愛い我が儘ではありませんか」


 ふふふふ、市長、そんな困った顔をされては。もうたまりませんね、さらに困らせてしまいたくなります!


「それに朝の御返しだと思えば、容易い事ではないでしょうか?」


「朝? 朝に何かあったのでござるか?」


 ああああ!その困ってあきらめるそのお顔。最高です!


「いえ、なんでもないですよソフィアさん」


「わふ?」


 畳みかける! ここは畳みかけます!


「大丈夫ですよ、ソフィア様。市長はソフィア様のお願いを断ったりしませんから」


「本当でござるか、御屋形様!」


 ソフィアさん、素晴らしい笑顔です。市長が完全にあきらめています!


「おやかたさま♪」


「市長♪」


 まずいですね。少し気持ちを落ち着けなければ。


「はあ」


 その優しさと憂いを含んだ何とも言えない表情。ああああああ、落ち着いてなどいられません!


「わかりました」


「御屋形様!」


「流石です、市長!」


 もうお腹いっぱいです!


「ただし少しだけ時間をください」


「?」


 市長?


「市長、心理戦ですか? なかなか腹黒いですね」


「違いますよ」


 でしょうね。そういった雰囲気ではありませんね。


「先ほど死に戻りしたばかりなので、ペナルティが回復するまで待ってほしいだけですよ」


 これは……初めて見るお顔ですね。


「承知したでござる」


「それと、鳳仙さんはどこにいますか?」


 そう、いままでの冷静というか穏やかな感じとは異なるお顔。


「外でロカ様達とお話されてましたが。鳳仙様がなにか?」


「ソフィアさんと一戦交える前に、お願いしたいことがありまして」


「市長。案外乗り気のようですね」


「そう見えますか?」


「ええ、何か楽しそうに見えますが」


 獰猛でいて、それ以上に楽しそうなお顔です。


「なんとも言えないところですが、頑張ってはみるつもりですよ」


  ▼ ▼ ▼ ▼ ▼


「御屋形様、良い顔でござるな」


 良いお顔。そうですね、まさにその表現がぴったりです。


「?」


「意外と好戦的なのだな、我が主は」


「そうですか?」


「でも、ボクはそういう親分もいいと思うぞ」


 私もロカ様の意見に同意します。


「ありがとうございます」


「うふふ。普段のご主人さまとの落差に、四人ともメロメロね」


 成る程、落差ですか。

 確かに、いつもの市長とは異なるお顔に、少し不思議な気分ではありますね。


「大将、あんた馬鹿だったんだね。ますます気に入ったよ!」


「うむうむ。あえてソフィア殿に挑むとは、まさに阿呆ぞい」


 そしてどうやらこの空気をまとった市長を、私は好ましく思っているようです。


「熱戦を期待しています、市長」


 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼


 ソフィア様の動きが全く見えません。市長がまだ一度も直撃をうけてないということは、市長にはソフィア様が見えておられるのでしょうか?


「親分、凄いぞ。あのソフィ姉から、まだ一撃ももらってないんだぞ」


「白千狼をあそこまで翻弄するとは、素晴らしいぞ我が主」


「あれは……ご主人さまあれを使うのね」


 あの足元にある球体は一体?


「な! 白千狼の後ろをとった!? しかも背中に一撃いれた!! 大将、あんたは化物かい?」


「あの妙な動き、主殿は一体何者ぞい?」


 市長の凄さはわかりますが、皆様、なぜそこまで驚愕されるのでしょうか?


「セリスちゃん、皆が何をそんなに驚いてるのかって顔ね」


「ええ、確かに市長は凄いと思いますが……」


「どうやら貴女は、ワタシ達ほど古い時代の人じゃないみたいね」


「そうですね。皆様のことは書物で拝見しておりますし、皆様ほど古い時代に生きてはおりません」


「そうねぇ、じゃあ、ソフィアちゃんのことも」


「はい。ソフィア様に関してはそもそも記録すらほとんどなく、神をもしのぐ伝説上の魔獣とだけ」


 あの日市長が魔獣の核を持ち帰るまで、実在しているとは思っていませんでした。


「成る程。ま、ソフィアちゃんが暴れた時代はちょっと、いえ、かなり古い時代だししょうがないわね」


「それで皆様が驚かれる理由とは?」


「ソフィアちゃんはね、本当に神を何柱か倒しているのよ」


「は?」


「本当だよ。あたし達はその現場を見ていたからね」


「ぞい。後にも先にも、神々をたったの一撃で沈めたのは彼女だけぞい」


 まさか……そんなことが本当に……。


「まあ、普通は信じられないぞ。でも本当のことだぞ、ある程度古い魔獣の間では常識なんだぞ」


「魔獣神、眠れる凶神、赤い破壊神。まあ、色々と呼ばれておるな」


「未だかつて、彼女の一撃で倒れなかった人っていないのよ。まあガロンディア神なら耐えられるのかもしれないけどね」


「ということは市長は……」


「そうね、神々でも不可能なことをやってのけているってことよ」


「……」


「どう? 皆が驚いてる理由がわかったかしら?」


「はい。それに、たとえ神々の話を信じないとしても、私の目に見えない攻撃を全て避けているのは事実ですから」


「うふふ」


「なにか?」


「ううん、なんでもないわ。それにしてもソフィアちゃんって、どれだけの力があるのかしら? 流石にあの速さは目で追うのも厳しいわ」


「ただ、市長は楽しそうですね」


「そうね。ご主人さま、あんな顔ができるのね」


 凶悪にして獰猛、それでいて子どものように無邪気な笑顔。


「ボク、普段の親分好きだけど、あの親分を見たら益々好きになりそうだぞ」


「妾もだ。我が主は妾の心をざわつかせ滾らせる」


 そう……ですね、私も何かが疼きます。これは……以前の時にはなかった感情です。


「はあ。あんたら揃いも揃って」


「多分、ソフィアちゃんもでしょうね」


「ぞいぞい。類が友を呼び、凶が凶に惹かれていく。進む先は前代未聞の大凶事、はたまた空前絶後の新世界か」


「……」


 爆発!?


「ソフィア姉が爆発したんだぞ!」


「ソフィアの勢いを利用して攻撃か。あっはははは、凄い、凄いぞ我が主!」


「神すら叩き伏せる一撃に笑いながら飛び込むなんざ、大将あんたやっぱり狂ってるよ」


「じゃが、儂ら好みの狂喜ぞい!」


「でも流石ソフィアちゃんね、全くの無傷……ソフィアちゃんが消えた!?」


「速すぎるんだぞ」


「だが我が主には見えている」


「な、地面が」


「主殿ごと吹き飛んだぞい!」


「親分の足が止まった」


「「「「「あ」」」」」


 市長?


「……大将、弾けたね」


「……こっぱ微塵ぞい」


「……まるで花火ねえ」


 ……。

 ……………。

 …………………綺麗。

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