第41話 ソフィアのお願い

「おかえりなさいませ、市長」


 うん、まあ、あれだ。確かにダメージはくらわなかった。だが酸素が足りなかった。


「セリスさん、ただいま戻りました」


 あのワニ面野郎め、人のこと咥えたまま高速で泳ぎまわりやがって。どうにもこうにもできないまま窒息してしまった。


 しかし、本格的な水中戦か。こっちの攻撃もほぼ効果ないみたいだったしな。さて、どうしたものうぼぁ。


「ぉやがだざばー」


 この海の深さ、ソフィアさんか?


「もふぃふぁさん」


「ぉやがだざばー」


 おお、前ほど息が苦しくない。これはやはり、今までの数々の窒息死のお陰で成長しているということか。うーむ、俺も強くなったものだ。


 だがしかし、新たな問題が! か、体ぎゃあああああ。く、砕けるぅぅぅぅ。


「御屋形様、御屋形様、ぉやがだざばー」


 な、中身が。中身がでぶぅうううう!


 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼


「おかえりなさいませ、市長」


「セリスさん、ただいま戻りました」


 ふう、死に戻り早々ひどい目にあった。

 やっぱりこっちの海の方が、いろんな意味で凶悪だな。


「ほらほら、ソフィアちゃん」


「御屋形様。も、申し訳ないでござるぅ」


 おおう、しょんぼりソフィアさん。


「大丈夫、気にしていませんよ」


 相変わらず俺の庇護欲を刺激しまくってくるぜ! この姿を見たら、死に戻りの一つや二つや三つ、気にもならんわ。


「それよりも一体どうしたんですか?」


「それはそのでござるな」


 ?


「ご主人さま」


 鳳仙さん?


「ご主人さまが出かける前に、紅ちゃんとロカちゃんと遊んであげていたじゃない?」


 遊ぶ? 遊ぶというほどの事した覚えはないんだが。


「ほら、二人の頭を手でポンポンってやつよ」


 ああ、あれの事か。


「それとさっきのソフィアさんの状態になんの関係が?」


「その頭ポンポンを含めた朝のやり取りを、寝坊したソフィアちゃんにね、紅ちゃんとロカちゃんが自慢気にお話してたのよ」


「はあ」


「そしたらね、寂しくなっちゃったみたいなのソフィアちゃん」


「せ、拙者、寂しくにゃど」


 かんだ。


「ゎふぅ……」


 ぷるぷるしだした。


「という訳で私達は席をはずすから、後はお願いねご主人さま」


 えーと。


「ソフィアさん」


「ぉやがだざばー」


 ごふ! ナイスタックル……。


「おやかたさま、おやかたさま」


 えーと、こりゃあれだな。寂しく家で待ってたワンコのノリだな。


 となると、こんな感じでいいのかな?


 頭なでなで。


「わふわふ」


 ケモミミの根本をこちょこちょ。


「わふぅ」


 うん、気持ちよさそうだ。


「おやかたさまー♪」


「なかなか、お相手してあげられなくて申し訳ありません」


 うお、急に首を振りだした。


「違うでござる。御屋形様は悪くないでござる」


 寂しさ全開の癖に、無理やり我慢して強がってるとか。ふおおお!


「拙者がちょっと我が儘なだけでござる」


 うゎあああああああ!


 ダメだ、こればためだ! なにこの可愛い子犬!! もう、言葉がおかしくなるくらい可愛い!!!


「いえいえ、そんな事ありません。むしろ、少しくらい我が儘を言ってくれて構わないくらいですよ」


「本当でごさるか!」


 おお、立ち直った。しかもスッゴい目がキラキラしてる! ホントに子犬みたいだ。


「ええ、ええ」


 もう、この子犬ソフィアさんに頼まれ事されたら、なんでもyesといってしまいそうだ。


「じゃあ、一つだけお願いを聞いてほしいでござる」


 このちょっと遠慮しがちなお願いのしかた。遊んでくれる?って聞いてる子犬そのもの! もう俺の返事はyesしかないよ!


「なんでしょうか?」


「拙者、御屋形様と戦いたいでごさる」


 は?


「拙者、御屋形様と戦いたいでごさる」


 いやいやいや。え?


「えーと」


「御屋形様は拙者の拳をしのいだと、セリス殿が」


 なんであの時のことをセリスさんが? もしかしてあの時、どこかから見てたのか?


「御屋形様」


 いや、そんな真っ直ぐな目で見つめられても。さっきの子犬っぷりはどこに?

 それに確かに、ソフィアさんの攻撃を避けた。避けたけど。


「ですがあれはソフィアさんが理性を失っていた時で」


「それでもでござる。未だかつて拙者の攻撃を、一撃でも凌いだ者を拙者は知らぬでござる」


 ……それって、理性失ってるから覚えてないだけなんじゃ。


「市長、ここはソフィアさんのお願いを聞いて差し上げては?」


「セリス殿!」


「ソフィアさんがここまで望んでいるのですから、可愛い我が儘ではありませんか」


 いやいや、そんな子犬の散歩にOK出すみたいなノリじゃないですよ。いったい何言ってくれてるんですか?


「それに朝の御返しだと思えば、容易い事ではないでしょうか?」


「朝? 朝に何かあったのでござるか?」


 く、朝のあれを持ち出すか!


「いえ、なんでもないですよソフィアさん」


「わふ?」


「大丈夫ですよ、ソフィア様。市長はソフィア様のお願いを断ったりしませんから」


「本当でござるか、御屋形様!」


 ソフィアさん、いい笑顔だなぁ。

 忘れかけてたけど、破壊の化神だしな。強いやつを見ると楽しくなっちゃう、戦闘民族的ななにかみたいな感じなのかもな。


 そしてセリスさん。ソフィアさんが自分の方を見ていないのをいいことに、溢れんばかりの黒い笑顔ですね。


「おやかたさま♪」


 さっきまでと同じ可愛い仕草のはずなのに、軽い恐怖しか感じないぜ!というかあの契約書にあった1の項目生きてるのか? 悪気がないから問題ないのか?


「市長♪」


 いや、あなたはあなたでホントに黒いですね。なんで、そんなに輝く笑顔なんですか?


「はあ」


 ここまで純粋に期待されたら断れないよなぁ。


「わかりました」


「御屋形様!」


 嬉しそうだなぁ。


「流石です、市長!」


 こっちはこっちで嬉しそうだなぁ。


「ただし少しだけ時間をください」


「?」


「市長、心理戦ですか? なかなか腹黒いですね」


「違いますよ」


 貴女じゃあるまいし。


「先ほど死に戻りしたばかりなので、ペナルティが回復するまで待ってほしいだけですよ」


 ただでさえ実力差も能力差もあるんだ、少しでもマイナス要素は排除しておかないとな。


「承知したでござる」


「それと、鳳仙さんはどこにいますか?」


「外でロカ様達とお話されてましたが。鳳仙様がなにか?」


「ソフィアさんと一戦交える前に、お願いしたいことがありまして」


 まあ、万に一つの勝ち目もないが、やるからにはな。


「市長。案外乗り気のようですね」


「そう見えますか?」


「ええ、何か楽しそうに見えますが」


 うーん、どうなんだろうな?

 まあ、強敵に挑むってのは、ある意味ゲームってもんの醍醐味の一つだしな。楽しみっちゃあ、楽しみなのかもな。


「なんとも言えないところですが、頑張ってはみるつもりですよ」


 想定外の一戦だけど、取りあえず、やれる限りのことはやってみますかね。

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