episode62:精一杯の僕で、君に音を届けるよ


 演奏が終わり、お辞儀を済ませた兎亜ちゃんが舞台裏に向かって歩いてくる姿が目に映った。


 頬を伝って流れ出す汗と共に見せる彼女の表情はどこか切なげに見えたが、僕の姿を見るなり自分に言い聞かせるようにぎゅっと手を強く握り締め、冷たい目をすぐさま真横を無言で通り過ぎていこうとする。


「兎亜ちゃん」


 当然のことながらCRS決闘の真っ最中に声をかけるのは、マナー違反だ。


 兎亜ちゃんにキッと睨みつけられるが、その迫力は以前学園で見た無感情な瞳とは違い、感情に溢れ、揺れ動いているのが分かる。


「CRS決闘中に声をかけるだなんて、一体なんのつもり?」


「君にどうしても伝えたいことがあって引き止めたんだ」


「伝えたいこと?」


「うん、聞いてくれるかな」


「……いいけど」


「「……」」


 僅かばかり聞こえる互いの息遣い。


 これでもかと鳴り響く心臓のドクドクとした大きな音。


 刻一刻と近づく出番と高揚感に似た感情で自分の指が震えているのがわかった。


 伝えたい言葉がありすぎて、上手く言葉にまとまらない。 


「……僕は、何を言いたかったんだろう?」


「……はぁ。ふざけてると、帰るわよ?」


「待って待って!いや、言いたいことはあるんだけど、言葉が上手くまとまらなくてさ……ちゃんと言うから待って」


「早くしなさいよ、次は優人の出番でしょ?」


「うん、わかってる。それじゃ、一言だけ……」


 病を克服してからのリハビリ。


 神楽つづりと同等のスピードでランクを上げ、騎士Ⅳになったその練習量は僕の想像を遥かに超えるだろう。


「母さんの為に、音を奏でてくれてありがとう」


 彼女が何を考え、何を思い、あんな音を出したのか。

 その真相を口を開いて聞けば、答えはすぐに返ってくるだろう。


 ……でも、それじゃあ意味がないんだ。

 

「僕の為に、自ら悪役になってくれてありがとう」


 自分の感情を殺し、僕の腑抜けた背中を正すために。

 彼女は、僕の周りにはいなかった悪役を自ら買ってくれたんだ。


「……っ、何言って」


 師を失い、病に倒れかけ、孤独と闘い続けた雨宮兎亜の覚悟に答えなくちゃいけない。

 それが、僕に唯一できる彼女への恩返しだから。


「兎亜ちゃんが納得する音を出せるのかわからないけれど……」



 ――――精一杯の僕で、君に音を届けるよ。



「優……人っ」


「それじゃ、行くわ」


 これ以上の言葉はいらない。

 歩き出すと同時に指が疼く。


 舞台の上で演奏することがこんなにも楽しみに思っている自分がいるだなんて、想像もしていなかった。


 兎亜ちゃんから受け取った音。


 母さんの香りがした音も重ねて届けられたアストロメリアの花の音は、確かに僕の心に届いたのだから……。



【~白雪Side~】



 先程の雨宮さんの演奏で会場中の観客全員が心満ち足りたかのような表情を浮かべ、それぞれの感想を述べていた。


 感想の種類は十人十色で沢山あったけれど、最後には皆「今は違う音は聞きたくない」という結論で話がまとまっていたのです。


「いやぁ……。これは元騎士Ⅳの音殺しサウンド・キルとは言え、死雨の死神には勝てないでしょう、あれは別格だわ」


「今いる騎士は皆凄いけど、他の騎士とはなにか、頭一つ抜けているよね」


「演奏を聞かなくてもわかるし、もう帰るか?」


「高い金払って来ているんだ。冗談言うなよ」


「全くだ、あはは……っ」


 私も含め、隣にいる音羽さんですらも同じ感想を言わざるを得ないくらいに、雨宮さんの音は常軌を逸していたのだ。


 とは言え流石というべきか、音羽さんは自らに活を入れる意味も込めて「コホンッ!」と周りに聞こえるように咳払いをして、観客の感想を一気に黙らせた。


「失礼な人たちね……。大丈夫かしら、白雪さん?」


「えへへっ、パパの為にありがとうございます!でも、悔しいですけど、観客がこのような感想を言うのも無理ないですね。それほどに兎亜さんの演奏はでした」


「……そうね。悔しいけれど、今まで聞いてきたどの演奏よりも心に響いてきたわ。さて、私のが吉と出るか、凶と出るか」


「あはは……。最初聞いたときは、正直びっくりしましたよ」


「ふふっ、無理もないわね。自分で提案しておいてなんだけど、何の反対もなく素直に受け入れた時は逆に驚いたわ。普通は反対しないかしら?」


「……そうですね。私が同じ立場でも信じる信じないは別にして、不安はぬぐい切れないのは否定しません。それでもパパは音羽さんの秘策を信用し、今こうして舞台に立って演奏するんです。私たちは見守りましょう」



 ――――CRSランク:僧正ビショップ、早見優人さん、お願いします。



 パパを呼ぶアナウンスの声が会場中に響き渡る。

 同時に姿を見せたパパは黒色の衣装に身を包み、真っ直ぐピアノに向かって歩いていた。


「えへへっ……。音羽さん」


「……ええ、全く仕方のない人ね。心配して損したわ」


 互いに顔を見合わせて、音羽さんとつい笑って合ってしまった。

 

 だって、あんな演奏を聞いた後でも、パパは物怖じせずに……。

 むしろ、早く演奏したいと思わせる笑みすら浮かべていたからだ。


 弾きたくて……。

 伝えたくて……。

 今ある全力の自分を届けたくて……。


 そんな感情が座っている私たちに伝わるくらいだ。

 当の本人はその感情の波に呑まれ、ワクワクしていることに違いない。


「おい、やってきたぞ。あれが、噂の……」


「元騎士Ⅳ、音殺しサウンドキルの二つ名を持つ歴代二位の点数を叩き出した神楽つづりが最も注目するピアニスト」


「でも、何かいつもと違って雰囲気が……」


「「「……優しい?」」」


「……さぁ、パパ。ここからがいよいよ本番ですよっ!」


「信じているわ、早見君……」


 音羽さんが考えた秘策。

 それは……。



 ――――大会期日が決まったその日から、、頭の中でイメージしたピアノと音だけでずっと練習することだ。



 僅かな微笑みを残したまま、パパは腕を大きくしならせて、音殺しサウンド・キルの音色は会場中に響き渡ったのです……。


 





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