第九楽章 -死雨の音-

episode56:ああ、そうそう……。音羽さん


【~音羽Side~】



 ――――早見君に合い鍵を借りておいて正解だった。



「はぁ、はぁ……」


「パパ……っ、頑張って……っ」


 ベットの上で息苦しそうに眠っている早見君。

 そして、今にも泣き出しそうな白雪さんを見て、私は白雪さんの頭を優しく撫でる。


「さっきお薬飲ませたからもう少ししたら落ち着くと思うわ。それまでは、一緒に看病をしてましょう、ね?」


「ぐすっ……。すみません、私何もできなくて、逆に迷惑かけてしまって……っ」


「バカね、こういう時は年上に頼りなさい」


 彼から「どうしても外せない用事ができたから白雪を預かってくれないか?あと、何時に帰ってくるかわからないから、家の鍵も渡しておくからよろしく頼む」と言って、お店に来たときは正直、しかなかった。


 何かと自分で全て解決する早見君にとって、基本的にということを、自ら進んでしないからだ。


 そんな彼が何のアポもなしにお店に来て、

 

 最初は、信用してくれているのかしら?と思い、首を縦に振ったのだけれど、この時点で私は彼の異変に気づくべきだった。


 、に。



 ――――僕の腕はなんで、こうなってしまったんだ……っ。



 一人だと思ったのか倒れる間際に放ったあの言葉。

 きっと無意識で言ったのだろう、普段絶対に見せない早見君の弱音が初めて見えた。


 弱音を吐く場合、多くの女性は「相手のことを知りたいという欲」や「自分の意見に対する賛同や共感して欲しい」という意見が大半だ。


 「女性はそういう生き物だよ、奏ちゃん」と、父からドヤ顔で聞かされたことがある。


 女性でもない父が何故それを知っているのかは疑問なのだけれど、それは男性にも適応されるのだろうか?


 首を傾げながら思い耽っていると「パパの気持ちがわかる本、これであなたもパパのお嫁さんになれますよ!」という本をそーっと白雪さんに渡された。


「へぇ、丁度いい本があるわね……」


 一ページ目を開く。

 可愛らしい丸文字で「目次!」と書いてあり、私が見たい項目があるか一つずつ確認してみると、一番最初に掲載されていた。


(パート1:弱音を言う男性の大半は、癒されたいのです!)


 男性の弱音の大半は「癒されたい」という感情が無意識にあります。

 普段から弱音を吐かない男性ほど、それは強く感じているはずです。


 勿論、それ以外にも「自身のプライドを守る為」や「気持ちの整理」なども挙げられるが、そういうのもひっくるめて男性は癒されることを求めています。


 ――――結論。パパの頭を撫でましょう、音羽さん!


「へ、へぇ……。早見君の頭を撫でる……って、これ白雪さんの自作じゃない!?しかも、結論が私に早見君の頭を撫でろという指示まで出ているのだけれどっ!?」


「知ってますか?パパの髪、サラサラで気持ちがいいんですよ、一緒に撫でませんか?」


「し、知らないわ……っ」


「それに今なら頬にも触れられるオプションサービス付き」


「白雪さ、あなた……」


「えへへっ……」


「天才?」


「えっへん、です!人は私のことをこう呼びます。白雪番長と!」


「それ、ただのヤンキーじゃないっ!って、何を私はツッコんでいるのかしら?キャラじゃないわ……っ、恥ずかしい」


 途中までは一理あるわねと思って、見ていたのだけれど「パパの気持ちがわかる本、これであなたもパパの女になれますよ!」というタイトルがおかしいことすら、私は気づけなかったのね。


 案外、私も冷静ではなかったらしい……。

 深呼吸、深呼吸……。


「音羽さんがなにやら難しい顔で凄く考えていたので、ちょっとしたお茶目を入れた方が、気分も変わると思って」


「入れすぎよ、人生で初めてツッコミというのをしたわよ……」


「余計なお世話でした?」


「いいえ、とっても貴重な経験ができたわ。ありがとう、白雪さん」


「はいっ!どういたしまして、です!」


 ビシッとおでこに敬礼をする白雪さん。

 可愛らしい姿に顔が緩みそうになる。

 これは、早見君が親バカになるのも頷けるわ……。


 すぐさま私の纏う空気を察知して、すぐにフォローを入れてくる。

 全く、血が繋がってないとはいえ、本当の親子みたいね。


「さて……っと、白雪さん。早見君のおでこに乗せてあるタオルを取り換えるから、桶にあるお水を入れ直してくるわね」


「はい、よろしくお願いしますっ!」


 私は桶に入っている水を新しく変えるために一度洗面台に向かい、蛇口を捻り水を入れ直す。


「それにしても、早見君が倒れる前に冷蔵庫の中身を見ておいて、よかったわ……」


 だって、牛乳とカ○リーメイトしかないもの。

 早見君は倒れる前に、たまたま買っておいた食材や飲み物を買い足しておいたのだ。


 私は彼がいつ目覚めてもいいように、美味しく食べられる優しめの卵粥と、林檎をすりおろしたものを、別の容器に入れて冷蔵庫に冷やしておく。


 一通り私に出来ることを終え、お店から持ってきた紅茶を淹れる。


 そして、早見君が寝ている部屋に戻ると、白雪さんが丁度水に浸したタオルを絞っていたところだった。必死に絞る姿がなんとも可愛らしいが、力が足りないのかまだ絞り切れていない。


 思わず口元が僅かに緩みそうになるのを何とか押さえつつ、持っていた紅茶のカップを机の上に置き、白雪さんの小さな手に、自分の手を重ね、一緒にタオルを絞ることにする。


「わわっ、ありがとうございます!」


「ふふっ、どういたしまして。タオル取り換えてくれてありがとう。少し休憩にしましょうか」


 そう言って、淹れた紅茶に視線を映す。


 白雪さんは「わーっ、美味しそうですね。いただきます」と微笑んで、机を挟んで真正面に互いに座り、紅茶をゆっくり飲むことにする。


 紅茶の啜る音と時計の針の音が重なる。

 少し早く脈打つ自分の鼓動が白雪さんに聞こえているような気がして、少しだけ居心地が悪い。


「……」


「……」 


 それを察してか、何も語らずに只々優しく微笑む。


 長くも感じるけれど、実際には一分も満たない短い沈黙の中、早見君の僅かに漏れた寝息が目の前にいる彼女を後押しをするかのように口をゆっくり開いた。


「ああ、そうそう……。音羽さん」


「どうしたのかしら?」


「一つ質問があるんですけど、いいですか?」


「え、ええ……。私に答えられることなら」


「えっとですね……」

 



 ――――白雪さんの曇りのない笑顔を普段から見ていたからか、していたのかもしれない。




?」




 陽だまりのような温かな笑顔から一転、同じ笑顔なのにそれは全くの別物だった。

 深海のように深く底の見えない感情の渦。

 白雪さんと出会ってから初めて見せるだった。





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