episode54:その音じゃ、つづり姉には絶対に勝てないっ!


【~prelude~】

 

「ここに来るのも、久しぶりだな……」


 赤レンガ風に塗装されているレトロな雰囲気の佇まいは、あの頃と変わらず「貸し切り中」の看板がかかったドアを開く。


 すると、旧友の音羽幹久がにっこり笑みを浮かべながらコーヒーを淹れていた。


「久しぶりだね、総一郎。今日はお店を貸し切りにしておいたから自由に使うといいよ」


「ああ、助かるぜ。それと、その恰好は今も昔も変わんねーな、おい」


「なぁに、ここでは昔の栄光は忘れたくてね。こっちの姿の方が何かと都合がいいんだよ」


 丸眼鏡にパーマ姿。

 どこか飄々としながらもなにか隠していそうな、そんな得体の知れない印象なのは昔と変わっていなかった。


「それにしたって、実の娘の前までその恰好で定着させることねーだろ」


「さて、なんのことかな?それじゃ、時間になったらも来るらしいから、二階の会談室に座って待っててね。はい、あとこれサービス」


 そう言って、コーヒーカップを渡される。


「タイミングを見計らってコーヒーを淹れておくとか、流石プロ元ピアニストだな」


「CRSをまとめている社長直々に言われるとは、光栄だね」


「皮肉だよ、ばかやろう」


「知ってる」


「……食えねーやつ」


 そう言い残して、二階の会談室に上がる。


 ――――会談室。


 完全予約制で、なにか知られたくないことを話す際に使う一室として使われる「月の兎」にしかない完全防音部屋だ。


 総一郎はそこで、を待ちながら椅子に座って待っていると、ふと青みがかった髪色の少女を思い出しながら、煙草に火をつける。


 窓硝子越しに映る灰色の空は、ポツポツと霧のような音のない小雨と、景色が澱んで見え日射を遮り気温を肌寒さに落としていた。

 

「今日は、雨か……」


 ――――死雨の死神。


 現在のCRSランク:騎士。ナンバーⅣの雨宮兎亜。

 彼女に「死雨の死神」の二つ名を授けたのは、神楽総一郎本人に他ならない。


 早見透子の唯一の弟子、雨宮兎亜の音は「死」を予感させる。

 かつての早見優人サウンド・キルがそうであったように、彼女もまた大切な人の死を経験したピアニストだ。


 ――――早見優人。


 母の死がきっかけで、一度は「死」を象徴として音を奏でた青年だったが、絶望し、光が消え、息絶えるかのように音を奏でることをやめたが、銀髪の少女と出会い、死の音を乗り越え、「生」の音を今度は奏で始めた。


 ――――雨宮兎亜。


 少女は、いまだ早見優人の母、透子の「死」を受け入れられず、コールタールのように黒く濁ったどす黒い感情で、温度のない風を纏い音を出し続けている。


 誰も寄せ付けない存在感。

 無感情に近い死に最も近い音を出し続け、その感情を観客に見せ、幾度も殺し続けていた。


 それも決まって雨の日、重く圧し掛かる霧のような音のない日だけ奏でる。

 それが、私の使命だと言わんばかりに……。


 かつての騎士Ⅳ同士が決別し、音を奏で競い合う。

 二人の「生」と「死」は一体どういう答えに辿り着くのか……。


雨宮兎亜死雨の死神の音を乗り越えられることができるかな、早見優人サウンド・キル


 神楽総一郎は、二人の行く末がどうなるのか瞼を閉じながら、不適に笑みを浮かべた。


 しばらくして、待ち人が来たことをわかる階段を登る音に総一郎は瞼をゆっくり開き、一息深呼吸をする。


「ふぅ、こっちも油断せずに行くか」


 ドアが開き、俺の姿を見つけるなり、にこやかな笑顔で手を振ってくる。



 「――――やぁ、待ったかい」



 耳障りだが、やけに耳に残りやすい声。


 時間ピッタリにドアを開け、まるで感情のなさをそのまま張り付けた笑顔で挨拶する様に思わず身の毛がよだつ。


 さて、土台は作るからあとは、お前たち次第だ。

 いい物語を期待しているぜ、音殺しサウンドキル


「……流石は、ってとこか。テレビでしか見てないが、随分観衆を惹きつける話し方が上手くなったな」


「失礼だなぁ、総一郎は……。それじゃ、話をしようか」


 総一郎は、握りこぶしを作って目の前の男と対峙する……。

 



♯♯♯



「――――そこで話していても濡れるだろう。部室で話せ」


 屋上のドア越しから夏希先生に呼ばれ、ピアノ研究部の部室に通された。

 話を聞くとなんでも、兎亜ちゃんは神楽学園の生徒らしい。

 衝撃的な事実に驚きを隠せないまま、兎亜ちゃんは僕に視線を移し、一言。


「……優人、見すぎ」


「え、ああ……。ごめん」


 怪訝そうな顔で兎亜ちゃんは、口を開く。


 なにぶん、あまりに突然の再会で何から話せばいいのだろうかとか、体がどうなったか心配だとか、僕を恨むのは仕方ないだとか、色々な感情が入り混じり、正直思考が追いついていない状態だった。


 そんな僕の様子に呆れたのか。

 大きくため息交じりに独り言のように、これまでのことを語っていく。


「あれから、私は総一郎に拾われた」


 ――――雨宮兎亜が指すは、早見透子の死に他ならない。


「救ってもらった……が、正しいか。あれから私が初めて目覚めたのは、病院のベットの上」


「自分が今どういう状態で、どういうことが起こったのか。全て総一郎に話してもらった」


「透子が死んだと聞いて、あまりに現実味がなさ過ぎて、私は泣く間もなかった……」


「しばらくして、感情が湧き上がってきた。何の役にも立てず、無力な自分に腹が立ったと共に、虚無感だけが私の中では残ったの」


「……うん」


 その感情に、身に覚えを感じる。

 瞳を閉じ、思い返せばすぐにその気持ちが蘇り、胸がぎゅっと痛くなる。

 目の前に訪れた現実が受け止めきれない腹立たしさと虚無の感覚。


 何か大切なものを失ったのに涙がすぐに出るものではなく、虚無や絶望が精神を支配する。

 無力な自分を責めるしかできない日々、一度だって忘れられるはずがない。

 そして、気になる人物の名前が兎亜ちゃんの口から出たのが、驚いた。


「総一郎って、あの神楽総一郎のことか?」


「そう、優人も知っているでしょう?CRSをまとめてる社長」


 神楽総一郎、CRSをまとめているつづりの実の父だ。

 直接の面識は何度かあるが、直接喋ったことなんて挨拶程度でほとんどない。


 そんな世界を変えた革命家の彼がなぜ、兎亜ちゃんのことを知っているんだ?

 ほんのわずかな疑問が残ったまま、話が続く……。


「その総一郎が手術費用を全て負担してくれて、私は救われたと同時に、早く優人の所に行かなきゃと思って、無我夢中でピアノを弾き続けたわ。あなたが、透子の意思を次いで、絶対にピアノを弾いていると思ったから……。でも……」


 顔を伏せ、怒りを抑えるかのように握りこぶしを作って、強く握り締めていた。


「でも、違った!あなたは透子の意思を無視して、ニート候補生という名のぬるま湯に浸かり、燻っていた!だから、あんな繊細な表現しか出せないのよ。音殺しサウンド・キルが聞いて呆れるわ。音が、!」


「……っ」


 確かに、白雪と出会ってから音が変わっている気がした。

 昔みたいに「死」を象徴した音から、想像を創造して世界を作り出す音。


 無我夢中で弾いた「生」の音を生み出すことを意識して弾いた旋律は、かつての僕が絶対に弾かないで表現の音なのは確かだった。


「そう、まるで硝子細工のように、儚く美しさと繊細さに偏った演奏。それじゃあ、見る人は感動というまやかしに惑わされ、評価するかもしれない。けど、昔の優人は、あんな音は決して出さないし、自分が絶対に許せないはずよっ!透子の死を体験したあなたなら、絶対にあり得ないっ!」


「兎亜ちゃん……」


「どんな出会いときっかけであんな繊細で綺麗な音になったのかは知らないけど、あなたは透子の意思を無視した優人を、我慢できずに、私の音で殺すためにあなたを呼んだのよ。それに」


 

 ――――その音じゃ、つづり姉には絶対に勝てないっ!

 


 兎亜ちゃんは真っ白なキーボードを手に取り、見せつけるかのように僕の目の前に持ってくる。


「あなたがくすぶっている間に、私がどれだけ透子の意思を次いで、音と向き合い演奏し続けていたかを、特別に最初の音だけ聞かせてあげる」


 そう言って、兎亜ちゃんはしなやかに右手首をくるっと回すその仕草は、母。

 早見透子の弾く前の決まった行動ルーティーンだった。



 ――――そして。



 一滴の雨の音が白黒モノクロの鍵盤に落ち、死の音を敢えて見せつけるかのように。

 静かに、曲となって鳴り響いた。



 ――――ジュゼッペ・ヴェルディ:レクイエム『怒りの日』



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