episode51:考え事があると、周りの音が聞こえないのは変わらないね、優人君



♯♯♯


 観客席に座る僕と白雪は、兵卒ポーンからルークにランクアップしたことをどこにいるか分からない審査員にアナウンスで知らさせた。


 審査員が僕たちの名前を一人ひとり呼び、呼ばれたら表彰台に上がるようになっているこの方式は依然として変わらないままだが、僕としては掲示板での発表でいいのではと今でも思う。


 ため息交じりに会場を見渡せば、多くの観客と先ほどまでこの舞台で弾いていたCRSピアニストが大勢いて、泣いている者や真剣にこちらを見て、次を見据えている者など様々な姿が目に映った。


 ……毎度のことだが、この表彰のやり方は好きではない。


 僕自身が目立ちたくないというのもあるが、脱落したCRSピアニストの前であえて表彰式をみせるというのは、まるでと言っているのと同じような気がしたからだ。


 無論、その程度で諦めるようであれば、そもそもこういった勝負の世界にこないほうが賢明な判断だと言えるだろうが、どうにもこう感情が先走ってしまうのは、まだまだ大人になり切れていない証拠なのだろう。


 己の考え方に対してやれやれと肩を下ろしていると、ちょいちょいと可愛らしく僕の袖を引っ張っているのは、先ほどまで表彰台に立っていた白雪だった。


「パパ、少し目を離すといつも何か考えていますね?」


「そ、そう……?」


「そうですよっ!今だって、次の表彰はパパの番なのに、呼んでも全然来ないから審査員の人に直接呼んできてくれるかなって言われましたし」


 困り顔でやれやれと逆に肩を下ろされる。


 白雪の困り顔もまた珍しいなと驚いていると、なにやらもう一つ驚くことを言っていたような……って、今審査員に呼ばれたって言ってた?


「……えっ、いつの間に呼ばれたんだっ!?」



 ――――えー、早見優人君。表彰台に来ていただけますか?



 目を向けると表彰台にて、頬を掻きながら苦笑いする女性審査員と、観客全員が僕の方にいつの間に目を向けていた。


「……どうしよう、ものすごく行きたくない」


「ダメですよっ!ほら、行きましょうっ!」


「はいはい、わかってるよ……」


 白雪と審査員に呼ばれて、僕は急いで表彰台に立つ。


 次からはちゃんと聞いておいてくださいね!と言わんばかりの笑みを浮かべながら「おめでとうございます」と言って渡されるのは、よく見かける賞状とかではなく、チェスで使われるルークの形を模した銀色に輝くネクタイピンだった。


 これが、いわゆるCRSでいうランクアップの正式な儀であり証なのだ。


 これをつけて演奏する者はルーク以上のCRSランクアップ大会に出場できると同時に、三位以上の入賞者には賞金が贈られる。


 いくら貰えるかは大会の規模や大きさ、点数、注目度によって様々だが、感動を与えられたということで少なくとも諭吉さんが三桁以上もらえるのは確かだった。


 個人の成績や点数によってもらえる賞金も変わる歩合給制と少し似ていて、功績を上げ、CRSランクが上がれば上がるほど貰える賞金も上がっていく。


 これもCRSピアニストがどんどん増えている人気な理由の一つだし、僕は目立つのが嫌だったからしたことがないが、騎士ナイト以上になると正式な二つ名と共に、色々権利を与えられるのも魅力の一つなのだ。


 権利といっても色々あるが、一番は二つ名を持つピアニストが個人の演奏会を開くだけで、四桁以上のお金が動くとかなんとか言われている。


 同時にそれだけ、人は「感動」に飢えていると言っても過言ではないのだろう。


 ちなみに、兵卒ポーンからルークへのランクアップも二桁程の賞金が贈られるのだが、これでしばらくは生活が楽になって白雪に美味しい物を食べさせてやれるし、音羽に恩返しができるから少しだけホッとしている自分がいた。


 そんなことを考えているうちに表彰式自体も終わろうとしていたその時、僕の名前を呼ぶ聞き覚えのある声がマイクを通して、会場中に鳴り響く。




 ――――考え事があると、周りの音が聞こえないのは変わらないね、優人君。




「えっ、嘘!?」


「おいおい、あれって……っ」


 懐かしい声と共に、鳥肌が立つほどの重圧プレッシャー


 その正体を確かめようと、観客の目線が向いているところに目を向けると、そこには懐かしいあの二人が舞台に姿を見せていた。


 ハーフアップした気品あふれる紫がかった髪色の女の子。

 そして、眼鏡をかけた美形の青年が立っていた。


 先ほどまでの演奏から一転し、冷却された脳内で物事を考えると思考が澄むほどにクリアで、その人物を見た時に自然と口が綻んだ。


「さっきの演奏、凄くよかったよ!」


「優人君、待ちくたびれたぜ」


「……つづり、清隆。久しぶりだな」



 ――――神楽つづりと、成瀬清隆。



 かつて学生時代を共に過ごし、僕の過去を知る数少ない旧友だった。


 CRSピアニストをやめてから、二人とは連絡を取ることは全くと言っていいほどなかったが、意外と落ち着いている自分に驚いていた。


 あの頃の僕は、母さんを殺したピアニストとか世間では騒がれ、マスコミにもいいネタにされていたから二人には迷惑をかけたくなかったのもあり、僕が一方的に疎遠関係にしていたのだが……。


「随分派手な登場だけど、二人に会うのはまだ先だと思っていたよ」


「派手なのはどっちなのさ……。あんな演奏見せられたら、この僕が我慢できるわけないじゃん!」


 八重歯を見せながら不敵に笑うつづりの表情は、今すぐにでも演奏して戦おうよ?と言わんばかりに闘争心を剥き出しにしてくるが、何かを閃いたかのようにその表情をコロッと変えて、手の平をポンと叩きながら審査員からマイクを奪い取る。


「ねぇねぇ、審査員さん。これまだテレビ中継しているよね?」


「え、ええ……。それはしていますけど」


「やった、ならちょうどよかったよっ!早見君とそこの銀髪の君、もうまどろっこしいのとか、私待つの嫌いだからさ……」



 ――――君たち二人、特例として騎士ナイトへの挑戦権までランクアップを認めるよ。



 ウインクをしながらとんでもないことを言うつづりは、先ほどまで僕たちのやり取りを見ることでしかなかった観客や審査員、そして僕たち自身もその緊迫した空気から一転、つづりの言葉に会場が喧騒の海に生まれ変わったのだった。


 当然の反応だ。白雪はこれが首を傾げて僕に視線を向けてくるが、それに答えてやれるほどの余裕はなかった。


 なぜなら、当事者の僕ですら戸惑っているからだ。


 白雪にも説明したが、ランクアップの条件は、僧正ビショップまでは点数のみの基準、そして僧正ビショップになった暁には騎士ナイトへの一騎打ちの挑戦権を得ることができる。(※原則として、ランクアップに飛び級はなし)という、絶対的ルールがあるからだ。


「おいおい……。ランクアップには、飛び級はなしのはずだよな」


「でも、でしょ?それに、総一郎にも許可をとってあるから大丈夫だよ!」


 あまりの突然のことなので、審査員も戸惑っているのがわかる。


 つづりに聞いても埒が明かなそうなので、清隆に目を向けると僕の意思が伝わったのか、首を横に振って苦笑いをする。


「……まぁ、そういうことなんだ。一応俺の方でも確認しておいたけど、間違いないから素直に喜んでおいたら?だから、優人君とその銀髪の弟子ちゃんも、そのネクタイピンはこれと交代ね」


「は、はいっ!」


「あ、ああ……」


 そう言って、先ほど貰ったルークの形を模した銀色に輝くネクタイピンから、僧正ビショップを模したネクタイピンへと取り換えられる。


「優人君とそこの弟子ちゃんの演奏を見て、早く勝負がしたいってつづりは待ちきれずにすぐに電話していたからね。なんとか許可も下りたし、再会も兼ねて、こうして直接馳せ参じたわけさ」


「……はぁ。まったく、相変わらずやることなすこと規格外だな」


「いやいや、それは優人君も人のこと言えないでしょ。いきなり消えたかと思ったら、今度は突然この世界に戻ってきて、こっちは驚いたんだよ?こんな可愛らしい弟子まで連れてさ……。一体、どういう繋がりなんだい?」


「……まぁ、色々とあってね。なんだ、その……連絡取れなくて、今まで悪かったな」


「いいよ、俺はなんとなくまた会える気がしていたし……。それに、うちのキングは、知ってのとおり、そうも言ってられない性格でね。立場上応援はできないけど、本当に困ったことがあったら友人として頼ってくれよ」


「……お前、今は何をしているんだ?」


「ん?見ての通り、CRSピアニスト兼つづりのマネージャー?みたいなもんかな」


 そう言って、僅か三席しか称号を得られない女王クイーンの形をしたネクタイピンを見せられる。


「びっくりした?つづりのサポートをするならピアノもある程度できなきゃダメって社長に言われててね、徹底的に鍛えられたよ。なんとかここまでこれたけど、俺は女王の中でも最弱、俺より上の


 そう言いながらも、徹底的に鍛えられて女王クイーンまでいけるのは、才能だけじゃその場所までは絶対にいけないのを知っているからこそ、並みの努力だけじゃないことは確かだった。


「まぁ、色々募る話があるだろうけどさ!そういうことだから、早く僕のところまで来てね!それじゃあ、行こっか。清隆!」


「はいはい、それじゃあな、優人君」


 そう言って、二人は舞台裏に何事もなかったかのように帰っていく。


「……ねぇ、パパ」


「ん?」


「この人たちはどんなピアノを弾いてくれるのか、すっごく楽しみですねっ!!」


 この状況を分かって言っているのか、分かってないのか……。

 只々笑顔で「楽しみ」だと言ってのける白雪が少しだけ羨ましいと思った……。


 僕も白雪に「……ああ、楽しみだね」と答えながら、先ほど貰った僧正ビショップのネクタイピンをポケットに仕舞って、その場を後にした。



 





 ――――一人の騎士ナイトが意味ありげな笑みを浮かべているとも知らずに……。








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