episode48:この運命からは、決して逃れられないよ


【~東雲静Side~】


 先ほど淹れたばかりの温かいコーヒーに砂糖を入れて小さなスプーンで混ぜる。


 我ながら淹れるのも上手くなったものだなと考えながら、手元にあったスマホをスピーカーモードにして、目の前にある書類とパソコン画面に被験者の活動を記録する準備をして口を開く。


「中々楽しそうな展開になっているじゃないか。それでそのあとはどうなったんだい?もしかして、男女の」


「いやいや、白雪に誤魔化すのが大変で、僕も音羽も白雪を寝かせたあとは素直に疲れて寝ましたよっ!」


「あははっ、冗談だよ。まだまだ尻が青いね、早見少年」


「ほっといてください。それより、明日あるCRSランクアップ大会に白雪と一緒に出場しますから一応、それも報告しておきます」


「君も素直じゃないね、それが本題だろう?心配しなくても、君と白雪の関係はこっちでなんとかしておくから自由にやりたまえ。君たちの物語じゃないか」


「そう、ですか……」


 ホッと、安心したような息遣いだった。

 

 くくっ、可愛いところがあるじゃないか。

 大方、なにか言われるのではないかと警戒していたんだろう。


 電話越しでこれまでの経緯と、明日行われるCRSランクアップ大会について話す彼の名前は、早見優人。過去にCRSナンバー騎士Ⅳの称号を持ち、歴代二位の九十八点というとんでもない得点を叩きだした少年だ。


 そして、今現在は日本政府が管理するニート候補生更生プログラム「Project白雪」の第一被験者でもある。


「それにしても、あれだけピアノを弾くことを断固拒否していた君が、まさか本当に復帰するとは今でも信じられないよ」


「白雪と出会ってから、色々ありましたからね……」


 言葉にして語られることのない少しばかりの沈黙。

 過去を思い返すように息を吐きだす彼は一体今、どういうことを思っているんだろうか。

 彼が発する言葉は、表向きの言葉とは裏腹にとても繊細だ。


 私の見えないところできっと多くのことを悩み、苦悩して、彼なりの答えを導き出して行動し、今に至るんだろう。


 これも、Project白雪の影響からか……。

 昔の彼を知っている手前、本当に見違える程に変わったなと、しみじみ感じていた。


 この「Project白雪」の元となっているのは、ニート候補生並びにニートを育児放棄ネグレクトされた施設にいる子供と強制的に一緒にして「貴方が行動しないとその子の命もなくなって、さらに行動しないと一億円を支払ってもらう」というあまりに理不尽な内容に、さらに平等性が全くない法律を付け足したような強制力のもと、その被験者を確実に社会復帰させるという内容で構成されている。


 被験者は間違いなく突然の出来事で戸惑い、悲観し、下手をすれば死すらも考えかねない綱渡りな策だが、とにかく行動し、結果を出すしかないという政府側の強い意志がそこにはあるのだ。


 結果として、現在はニート候補生でありながらも早見優人は、白雪との生活に馴染み、今ではあれだけピアノから離れていた彼の才能を、形はどうあれこの音の世界に引き戻し、CRSピアニストとして今表舞台に姿を見せようとしている。


 これだけでも、Project白雪の立ち上げは成功と言っても過言ではないだろう。


 Project白雪を立ち上げた創始者。

 この私すらも利用して日本を……いや、世界を救おうとしている「   」はやはり……。


 どこまでが、計算なのか……。

 

 正直、怖くて仕方がない。


 早見優人は、この事実を知ってどう答えを出すのか……。


 その事実は、あまりにも酷なのではないだろうか?


 私が逆の立場ならどうするだろうか……。


 そんなありもしないIFイフを考えるだなんてらしくないね、私も……。


 頭を切り替えて、私は早見少年との会話を終わらせる。


「……さて、明日は頑張りたまえ。兵卒ポーンのランクアップ大会、ある人物も君に会いに来るはずだから、楽しみにしておくといい」


「……えっ?それってどういう」


「では、健闘を祈ってるよ」

 

「ちょっと待っ」


 早見少年の言葉を遮って電話を切る。


「さて……。これで、は終わりだね」


 次は、Project白雪の「第二フェーズ」に入る。


 目の前のパソコン画面に映る白雪とその「   」の文字に、私は目を奪われる。


 決して逃れることのできない運命さだめだ。


 白雪は、この画面を見てこう言った。


 「えへへっ、これでいいんですっ!」と……。


 私は「本当にすまない」とだけ、伝えた。


 彼に、早見優人に恨まれるだろう。


 けれど、どこか期待しているのだ。


 私が予想できない選択肢を出すのではないか、と。


 私では成し遂げることができなかった答えを。


 彼なら、早見優人ならきっと……。




 ――――この運命からは、決して逃れられないよ。




 自分の心の中にいるもう一人の私は、悪魔のように囁き呟く……。




 「本当に、その通りだね……」




 淹れたコーヒーはいつの間にか冷え切った状態で、私の喉奥を強く刺激するように通っていったのだ……。




 ――――そして、CRSランクアップ大会が始まったのだった。





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