episode47:ええ、ゴムよね?持ってきているわ。マナーだもの


 瞼が重くなる時間帯になってからは、外はますます雨が激しく雷と共に吹き荒れていた。


 ガタゴトと何度も強い風で揺れる窓硝子は、大きな水滴が何百個も繰り返し付いており、数える機会なんてそうないと思うけれど、もし一個一個数えるとなると、途方もない時間になりそうだった。


 そんな僕たちは、お風呂やらなんやらで寝る準備を済ませて、いつものようにドアノブを回して自分の部屋を開くと、いつも寝てる広めのベットとグランドピアノ、何冊あるかわからない楽譜や小説たちが変わらずそこにはある。


 そして、いつの間にか一緒に寝ることが多くなった白雪の甘い香りを微かに感じながらも、隣では気遣うように緊張した音が僕の耳に届いていた。


 ちらりと視線をやると、音羽の頬は上気したように朱に色づいていて、仄かに香るお風呂上りの匂いは同じ洗髪剤を使っているはずなのに、本当に僕と同じ物を使ったのか疑うほどに、とても甘くいい香りがした。


 更に付け加えるのであれば、髪も少し濡れていてそれが余計に彼女の妖艶さを際立たせており、僕が普段着ている寝間着に身を包んだその姿に強く胸が高鳴っていた。


 思わずため息が漏れそうなのを抑える。

 なんだかんだで、見惚れる程に音羽奏という女の子は、とても綺麗で可愛いのだ。


 すると、いつの間に視線に気づいていたのか。

 目が合ったと同時に少し赤みがかった彼女の頬が、林檎のようにさらに頬を染めた。

 僕の顔を見上げながら腕の袖を親指と一指し指で摘んで小さく呟く。


「は、早見君。そこまで見られると流石の私も恥ずかしいのだけれど……っ」


「……わ、悪い。そんなに見ていたかな」


「ええ……っ。物珍しいのだから見てしまうのは仕方ないのだけれど、どうにもちょっと慣れないわ。それに……ひゃっ!!」


 ピカッと光る大きな雷音に、身をすくめる音羽。


 どうしたものかと考えながらも答えが出ない僕は、隣にいる白雪に助けを無言で求めると、任せてください!と言わんばかりにジェスチャーで必死に伝えてくる。


 なになに……。

 音羽さんの頭にパパの手を乗せて、優しく撫でてくださいと、白雪は伝えているようだった。


 それで本当に大丈夫なのか?と半信半疑で首を傾げると「信じてくださいっ!あっ、あとで、私もお願いしますねっ!」と、さり気なくおねだりも忘れずに自信ありげにグッと親指を立て、満面の笑みで返してくる。


 戸惑いを隠しながらもコクっと白雪に頷き、もう片方の空いた手で音羽の頭にそっと乗せて優しく撫でる。すると、撫でていた手に気づき、顔を上げて僕に視線を向けてきた。


「……えっと、これは?」


「ごめん、少しでも和らいでくれたらなって思ったんだが……。嫌だったらやめる」


 少し間が空き、首を横に振りながら微笑んでくる。


「ふふっ、ありがとう。このまま続けてくれると助かるわ」


「お、おお……。了解」


 ホッとした表情を見るに、白雪の作戦は成功したようだ。

 普段白雪にするように、なるべく優しく撫でることに努める。


「それにしても、意外だったよ。あの音羽がまさか、雷が苦手だったなんて」


「ええ、昔から雷だけは生理的に受け付けなくてどうにもならないわ……。苦手をそのままにしておくのも嫌だから、克服しようとしているんだけれど、どうにもうまくいかないのよね」


「それは仕方がないだろう。苦手だけならまだしも生理的に受け付けないものとなると、どうしても克服は難しいんじゃないか?僕ならすぐに諦めるけどね」


「へぇ、意外だわ。あなたなら苦手なものこそ、徹底的に克服しようとしそうなのに」


「いいや、逆だね。確かに苦手を克服しようとすることはいいことだが、無理して頑張るのは本当にその必要があるときだけでいいだろってのが、僕の自論。だから、克服自体に時間を費やすことを最初からやめるんだよね。流石に、ピアノは別だけどね」


「その潔さは実にあなたらしいわね。それにしても、あなたと喋ると自分の価値観が変わっていくからいつも新鮮だわ。一緒に宗教でも作る?名付けて、ロリ人教」


「おいそれ、褒めてないよね。あと僕はロリじゃないからねっ!?」


「ふふっ、どうかしら?」


 不敵に笑ういつもの彼女の笑みが戻ってきたことに少し安堵感を覚えながら、一息つく。

 どうやら雷の音から、上手く気を逸らせたようだ。


「改めてお礼を言わせて頂戴。今日は本当に泊めてくれてありがとう」


「いいよ、別に。それにしても……本当にいいのか?」


「いいって、何が?」


「いや、その……っ」


「一緒に寝ること?」


「そ、そうだけど……」


「私が頼んだのだから、早見君が嫌でなければお願いしたいのだけれど……」


「うん、それについては問題ないんだが……」


「……?」


 きょとんと、音羽は首を傾げている。

 あー、なんでわからないんだよっ!?


 男女が一緒に寝るってことは、その、あれだよね?天文学的数字で起こってしまうとされている(※僕の場合)都市伝説級の出来事があるかもしれないわけで、僕も男だからそういう類のことを想像をしないわけではないのだ。


 だが、信用してくれている音羽に対してそういうことを絶対しないと誓えるが、寝ているときは別だ。


 もしかしたら、僕の寝相が悪くて誤って音羽の体に触れてしまうかもしれないわけで、そういう危険があるから、本当に一緒に寝ていいのかと尋ねたのだがどうにも伝わってない気がする。


 あとはまぁ、ほら、なんというか……あれですね。

 理由を並べて一人で理論武装しているが、ただ単純に恥ずかしいんだよっ!


 なんていったって白雪がいるからといっても同じベットで寝るんだぞ?

 むしろ、なんで家主である僕が焦ってこの子はこんなに落ち着いてんのかが不思議なくらいだ。


「ああ、もしかして……。それについては、、問題ないわよ?」


「え、なんの話をしているかわかるよね?」


「ええ、よね?持ってきているわ。マナーだもの」


「いやって、包み隠さずに白雪の前で言わないでっ!?……っていうか、マナーなのかよっ!?」


「ええ、だからもし私に任せなさい。


「なんで君はそんなに積極的なんだよっ!?しかも、それはがするものだと思うから、僕が自分でするよっ!」


「そう?そんなことないと思うのだけれど……。それじゃあ、お願いしようかしら」


「あ、ああ……っていうより、そもそも僕らまだそんな関係じゃないし、そういうのは大事にしないといけない女の子が何言ってるんだよっ!しかも、白雪もいるし、それは流石に……」


「……?あなたは、さっきから何を言っているのかしら?珍しく騒がしいわね。それじゃあ、早速始めようかしら」


「ものすごく淡々としていて、めちゃめちゃ逞しいんだけどっっっ!?あれ、こういうのって意外とこんな感じで展開されるものなの?一般的にそういうものなのかっ!?」


「ええ、一般的にはそうなんじゃないかしら?それじゃあ、


「ま、まてまてまて……っ、この展開は間違いなくおかしいからな~~っ!!」


 僕は思わずギュッと瞳を閉じてしまう。

 クソッ、ここは覚悟を決めるしかないのか……っ。


 母さん、僕は今日何の前触れもなく大人になるみたいです。

 カタカナでア・ダ・ル・トだし、なんてシチュエーションなんだっ!?


 なんだか思っていた以上にトンでも展開な上に淡々としたシチュエーションだが、これが現実なんだろう。


 覚悟がもう少しあれば、音羽にリードされることもなく、僕がリードできていたはずだが、そうは言っていても仕方がない。


 ……さぁ、いつでもかかってこい!!





「なんで目を閉じているのかしら?ほら、してくれるんでしょう?」





「そうですよねっ!エッチな想像してしまった僕が悪かった、ごめんなさい!!」


「エッチって、いきなり何を言って……って!?あ、あなたもしかしてっ~~っ!!ば、バカ、そんなわけないじゃない!白雪さんもいるのよっ!!それに私たちはまだそんな関係じゃ」


「そそそそうだよね、すまないっ!勘違いだった、マジですまんっ!!」


「そ、そうよ……っ。べ、別に早見君が嫌とかではないし、覚悟は決めないといけないかな?とか考えなくもなかったのだけれど……でも、まだそんな関係じゃないし、でも早見君がどうしてもっていうなら少しくらいなら……その、手とか握ってほしいけれど……っ、でも……その恥ずかしくて……っ、バカ早見君」


「あ、ああ……うん。そう、僕もそんな感じで思っていて……っ」


「「……っ」」


 互いが互い同士、赤面し、ようやく僕と音羽の考えていることが共有されたのだが、寝る前とはいえ、なんとも言えない気まずい空気になってしまった。


「……ねぇ、パパ」


「お、おお……。白雪、どうした?」


 この空気をどうにかしようと考えるそんな中、白雪だけが首を傾げて、僕たち二人に再び試練となる質問をしかけてきた。


?ってどういう意味なんですか?」


「「……」」



 言葉とは時に大きな誤解を生む。


 そう悟った僕たちは白雪には、まだ早いと視線でやり取りをして、上手く誤魔化すのに必死だったのは言うまでもない。





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