episode42:この演奏を最後に、僕たちの前から早見優人君は消えたのだった……。


【~つづりSide~】

 

 その場所だけが、時間が止まって見えた。


 その日、紫苑病院に駆け付けた時には時すでに遅く、優人君は一人の少女を大事そうに抱えながらも、ボロボロで腕が砕け、肉が裂け、痛みと悲しさを交え叫ぶ悲痛の音は未だに忘れられない。


 すぐ横では爆発音が鳴り響き、いつまた爆発するかわからない状況の中、早く行かないといけないのがわかっているのに、自分があの姿になってしまうのが怖くて、足がすくんで全く動いてくれなかった。


 意識が遠のきそうになりながらも必死に前を向き、僕たちのいる安全地帯まで一歩、また一歩と歩いてくるその姿に誰も手を差し伸べようとせずに、只々棒立ちのまま、その姿を見ている。


「あ、れ……っ」


 いつの間にか伝う自分の涙に戸惑う。


 どうしてこんな状況なのに、こういうことを思ってしまったのだろう。

 

 本当に、本当に僕は最低だ。

 

 周りにいる野次馬たちも、隣にいる清隆と夏希先生も、普段から冷静でなんでも対処し出来てしまう父、総一郎すらもその姿に目を奪われていた。


 彼を、早見優人君を助けられなかった。


 こんなことを思ってしまうのはきっと彼が今、何かを切実に求めていたから。


 その姿に、綺麗で眩しいと思ってしまったから。


 そこには届かない想いがあった。


 届いてほしいと切実に願う音があった。


 そこまでして、彼は何を求めるのか。


 その行き先を、見ていたかったから。


 だから、彼が僕たちの目の前まで来て、悲し気に笑って「……あとは、頼む」とだけ言って、意識を失い倒れるその瞬間まで、僕たちは何もせずに見ているだけしかできなかった。


 そして、ようやく時が動き始める。


「……っ!?ゆ、優人君っ!!」

 


 やっと来た消防車が迅速に対応し、あれだけ燃えていた炎の海も狙っていたかのように、降っていた雪が大雨に変わり、共に火はゆっくりと消されていった……。



♯♯♯



 ――――それからは、後日談になる。


 爆発の原因はガス漏れ。

 早見優人の賢明な救助により、死亡者は二名。

 

 事故原因になった

 そして、ピアニストであり実の母である早見透子さん。

 解説者によれば、あの爆発から見るにもっと死亡者が出てもおかしくない状況だったらしい。


 そんな中、勇敢に患者たちをピアニストの命である両手で救ってみせるが、本当に救いたかった母を悪徳メディアはこれ見よがしに優人君を「自らの手で母を見殺しにしたピアニスト」などと、ありもしないことを仕立て上げ、彼を世間的に「死を呼ぶピアニスト」として祭り上げていた。


 父、総一郎はそんなメディアのやり方が気に食わなかったのか「早見透子の忘れ形見に、これ以上は手を出させん」と、全権力を持って悪徳メディアを社会的に抹殺し、世間も徐々に優人君に対する風当たりが弱まった。


 そして、父が経営する最高設備の病院に入院していた優人君。

 医師による診断はピアニストである僕たちにとっては、あまりにも残酷な診断結果だった。


 、と。


 そう聞いていたのに、優人君はCRSの大会に顔を出した。


 生気を失った目、なにもない求めていない世界に絶望した目。


 私はその姿を見て、思わず息を呑んだ。


 文化祭の時みたいな、優しい優人君じゃない。


 まるで、会場中の命を全て刈り取ろうとするかのような、そんな目だった。



 ――――彼らの音を僕が、殺そう。



 そう聞こえたような気がした瞬間に奏でられた曲は、リスト/死の舞踏。



「――――――――♪」



 カミーユ・サン=サーンスの作曲した交響詩。穏やかな死のワルツをイメージして、アレンジを加えながら優人君は音を鳴らす。



「凄い……っ」



 歴史が動く瞬間の音がした。


 彼の鳴らす音は、死をイメージした痛くて、悲しい音。

 

 ナイフのように鋭く、会場中の黒い感情を自らに引き寄せる。


 殺される、全ての音。


 まさに、音殺しサウンド・キル。 


 点数は、歴代二位の九八点。


 腕の後遺症なんてないのではないかと思わせる。


 早見優人、最高傑作のアレンジ演奏。







 ――――この演奏を最後に、僕たちの前から早見優人君は消えたのだった……。




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