episode39:どうか、無事でいてほしい


♯♯♯


 屋上のドアを開け、その美しい光景に目を奪われる。


 いつも見る硝子ガラスの窓も、紫陽花色を含んだ夕焼け空から降り始めた白い雪も、ここから見える景色が僕自身の感傷に浸らせるには十分だった。


「……楽しかったな」


 考えてみれば、灰色だった学園生活。

 これが、青春なのではないかと錯覚するほどに彼女たちと奏でる音は、心の底から楽しいと思えた。


 人間関係において疎かにしていた僕がこんなことを言うのは、おかしいかもしれない。

 ひどく傲慢な話かもしれないけれど、もしかしたら、あいつらとの関係が……。

 これから、かけがえのないものになるのではないのか?


 以前から求めていた欲しいもの。

 それが何なのかと聞かれると、具体的な名前はいまいちわからない。

 敢えて言葉にするのだとすれば、それは「光」だ。

 その光が純粋に欲しくて、ただがむしゃらにそれを追いかけている。


 何度も、何度も……。

 いつしかそれが欲しいと思い、自分の手が限界になるまで音を奏で続けていた。

 そんな、都合のいい光があるわけがない。

 それでも僕は、何かに縋らずにはいられなかったのだ。


 縋って、求めて、追いかけてを繰り返して……。

 そんな毎日から僕は抜け出せないでいた。


 色で表すならそれは曖昧な玉虫色のようで。

 消えそうな夢のような曖昧な白い光。

 それが手に入ったらきっと、僕は僕でいられると思ったから……。


 これが、僕の求めていた「光」なのだろうか。

 いや、きっとそうだ……。


 彼女たちと共に歩む道。

 その未来が訪れることが待ち遠しいとさえ感じている自分。

 眩しいほどに輝いていて、心躍るのだ……。


 さぁ、手に取ろう――――。

 ――――そう思った瞬間だった。


 未来が変わる――――。

 ――――この音を聞くまでは。



 ――――バンッ!!!!!!!!



 どこからか響く、恐怖を生み出す爆発のような音。

 同時に聞こえる大きな叫び声。

 

 学園からじゃなく、学園の外からの声だった。

 誰も聞こえはしないだろう、本当に僅かな音だ。


 音の先を追い、目を向けると僕の胸が締め付けるように大きく高鳴った。

 

 この方向にあるを知っている。

 だからこそ、僕は目を疑った。目を薄めなくてもわかる、絶望に突き落とすような黒煙。

 

 吹き抜ける風と共に僅かに香る焼き焦げた匂いと、アルコール……いや、薬品か?

 ……ま、まさか冗談だろ?


 最も当たってほしくない悪い予感がして頬に汗が伝い、僕はすぐさま屋上を駆け下りる。

 同時にアナウンスが学園中に鳴り響いた。


 アナウンス「緊急です!!生徒の呼び出しをします!!早見優人君、至急理事長へ来てください!!繰り返します、早見優人君!!お母さんの病院が……っ」


「くそっ、理事長室に行ったほうが……っ、いや。それだと事情を説明された上で車で向かう気か?それじゃあ、間に合わないだろうが!!」


 僕は、ポケットの中で鳴り続けるスマホの振動と放送を無視する。


「ふざけんなよっ、くそっ!」


 冷たい風が喉の中を通り抜け枯れそうになるのを必死に抑え、目的地まで必死に走り続けた。



♯♯♯



【~つづりSide~】



 学園は喧騒に今だ賑わっている中、理事長室では私の父、神楽総一郎と夏希先生。それに清隆を含めた四人が険しい顔つきだった。僕は何度も優人君に連絡をしているけど、電話に出る気配がない。


「……ねぇ、優人君。電話に全然出ないよっ!!!!」


「俺もメール入れたんだが、既読はつかない……っ、くそっ。病院が燃えているところに優人君のお母さんがいるなんてっ!」


「落ち着け、おそらく直接行ったんだろう。ちっ、こうなる前に理事長室に呼んだんだが意味はなかったか……。無駄に感がいいやつはこれだから面倒だ。おい、そこの教師」


「ん、わかっている、もう手配済みだ。あと、そこの教師じゃなくて夏希先生ってちゃんと呼べ。今車が渋滞みたいだから消防はまだみたいだ。私は裏道をバイクで行くけど、君たちは」


「「当然、行きますっ!!」」


「それでいい。それじゃあ俺の方でもバイク運転するからそこの眼鏡、俺の後ろに乗れ。つづりは女教師の後ろだ」


 父と夏希先生の判断は迅速だった。まだ混乱していて頭を切り替わっていない僕と清隆とは違い、二人は優人君の行動が分かっているかのように動いていた。


 共に過ごした時間は僕たちに方が多いはずなのに、これが大人と子供の差なのだろうか。

 迅速な行動と対応力に、自分が子供なんだと自覚する。

 少し悔しいけど、今はそんなことどうでもいいんだ。


 優人君は自分を犠牲にしてでも、お母さんを助けようとするだろう。

 だから父も理事長室に呼んで、飛び出さないようにしようと策を練ったのだろうけど無駄に終わってしまった。



 ――――どうか、無事でいてほしい。



 僕たちは、そう願いながら……。

 優人君の後を追うように、理事長室を出たんだ……。



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