episode38:クリスマス・イブ


 ――――クリスマス・イブ。

 いよいよ創立記念日と重なる文化祭が始まった。


 観客はかつてないほどの賑わいを見せ、いよいよ僕たちSound-Ravelサウンドラベルの最初で最後の演奏が始まろうとしていた。


 大きく高鳴る心臓は、心から待ち望んでいたかのような高揚感と期待感に満ちており、これが文化祭を楽しむということなんだと改めて自覚する。


 ――――ここからすべての物語が動き出すとも知らずに。


 ざわつく会場、体育館の館内にいる観客は、約五千人ほど。

 そのうち三分の一は、恐らく

 中年層のスーツを着用した男が何人も見受けられる。


 神楽学園のHPで宣伝したSound-Ravelの告知が上手くいったのか。

 はたまた、注目度が高い神楽と成瀬たちを含めた学園側の元々の知名度のおかげか。

 多分、後者だろうな……。


 今更だけど、ピアノ以外舞台に立ったことがない僕が学園の大取を任されるライブに出るって、考えてみたらかなり目立つんじゃないか?


 緊張からか、額から少し汗が流れてくる。

 四人でやれるだけのことはしてきたつもりだし、あとは全力を出し切るだけだ。

 何を不安がる必要が……って。


「この僕が、こんなことを思うなんてらしくないな……くくっ」


 思わず笑みが零れそうなのを抑えながら、時計を見る。

 時刻は、十二時三十分。


 ライブ本番まで、残り三十分を切ったところだった。

 僕は大きく深呼吸をして、集合場所の舞台裏まで足を運んだ。



♯♯♯



 思っていた以上に早く完治を果たした神楽。

 当初の予定通り、リハーサルなしのぶっつけ本番の一発勝負で演奏することを話し合って決めた。


 「余計な悪あがきしないほうが、上手くいくさ!」という、神楽本人たっての希望だった。


 そんなやり取りを終えつつ、舞台裏からこっそり観客席の方を覗く。

 すると、CRSの騎士同士が一騎打ちするかのような、そんな異様な盛り上がりを見せていた。


「何やってたの?」


「観客席を見てたんだ。結構人数いるね、びっくりした」


「もしかして緊張してる?」


「からかうなよ、お互い舞台での演奏は慣れているはずだろ?」


「そうだね……。でも、僕は少し……」



 ――――緊張しているよ。



「え?神楽、今なんて……」


「なんでもないよ。よ-しっ、みんないよいよだね!最初で最後のライブだよ!突然だけど、ここで優人君と清隆にプレゼントがあるんだ。先生、一本はお願いします」


「了解だ。成瀬、受け取れ!」


 大きな入れ物を成瀬にポイっと投げる。


「……っと、おいおい。先生、こんな重いもん投げたら……って、ベースケース?つづり、これって……」


「うん、そうだよ。はい、優人君には、これっ!」


 同じ入れ物で、こちらは手渡しでそっと渡される。


「お……おお。こっちは、見たところキーボードケースか?」


「正解、二人とも開けて見てよっ!」


 成瀬と首を傾げながら目を合わせ「なにか聞いていたか?」と、アイコンタクトをしてみるが、首を横に振られる。どうやら成瀬も、何も聞いていないようだった。


 言われた通りに黒のキーボードケースから取り出すと、そこには真っ白な美しいキーボードが入っていた。


 このキーボードは恐らく特注だよね。

 鍵盤の指のタッチからベーゼンドルファーと同じ指の感触だ。


 そして、成瀬に渡されたのは金色のゴールドパーツ。眩いばかりのホワイト・フィニッシュ、Vシェイプのファルコン・ヘッドなど、細部にまで芸術的なこだわりを持って作られたパーツには神に匹敵するようにも感じる世界一美しい音色を出すと言われている逸品、ホワイトファルコンのベースだった。


「……これ、どうしたの?触った感じ、かなり高い物とお見受けするんだけど」


「俺のほうも、ホワイトファルコンのベースだし……。つ、つづりさん?こんな高い楽器一体どこで買ったんだ!?」


「少なくとも高校生が買える代物じゃないな。神楽、悪いことは言わん。今すぐ警察に捕まる前に返してこい。なんなら僕も一緒に謝るから、な?」


「僕の全財産で、こっそり特注で作ってもらって買ったんだよっ!!失礼だなーっ、二人には僕のせいで沢山迷惑かけたから、それで、その……お詫びも込めて一応、ね」


 頬を掻きながら、照れ臭そうに笑みを浮かべる。


「高かったんだから大切に使ってよ!二つとも特注だし、みんなの楽器のボディ部分に文字を入れておいたから見てみてねっ!」


 言われた通りに見ると、美しいキーボードとベース。

 それに、夏希先生と神楽の物にもわざわざボディに削り文字で「-SoundRavel-」と刻んであった。


 まさか、全部特注品!?


 さっきの話によれば、神楽の全財産から手出しで買ったってことは、今までCRSで稼いできた騎士Ⅹになるまでのお金を全てこの楽器に費やしたってことかよ。


「うおぉぉぉぉぉーっ!!やる気出てきたぁぁぁぁ!!」


「喜んでもらえてよかった……。特に、清隆のやつが一番高かったんだから大切に使ってよ?」


「え、ちなみにおいくらか聞いても?」


「やめておいた方が身のためだよ。金額聞いたら、清隆絶対漏らすよ?」


「……優人君。俺、このライブが終わったらつづりに」


「そのあとのセリフ少し待った。それ、完全に死亡フラグだから」


「おーっと、あぶねー!ライブ前なのに助かったぜ!」


「あははっ!!なんかみんなテンションおかしくない!?」


「そうだよ、優人君。あははっ!!」


「ちっ……違うから、元凶は神楽だろ?……くくっ!!」


 三人で顔を合わせて思わず笑ってしまった。

 傍で見ていた先生も呆れながらも、優しく微笑みながらそっと僕たちに声をかける。


「おいおい、そんなとこで青春の一ぺージしているところ悪いが、そろそろ出番だぞ?お前たち、準備はいいか?」


「うん、いつでも大丈夫だよ!夏希先生、改めてドラムを担当してくれて本当にありがとうございます」


「なーに、やろうと思えばなんだって私は出来るから安心しろ。それに君たちのためでもあるんだし、私も楽しませてもらおうかな。さて、もう時間がないから円陣でも組もうか?」


 僕たちは顔を見合わせ、互いに微笑み合う。


「「「はい!!」」」


 四人で肩を組み、円陣になる。


「それじゃ、優人君。頼むわ」


「……は?いやいや、ここは生徒会長である神楽の方が」


「優人君、お願いしてもいいかな?」


「はぁ……。どうなっても知らないからな」


 そう言いつつも、不思議と気分が高まる。

 今なら何でもできてしまいそうな、そんな高揚感と共に僕は言葉を三人に伝える。


「本当に色々あった。君たちと出会う前までは正直ピアノだけの日常で満足していた。僕もそれでいいって思ったんだ」


「……けれど、夏希先生にこうしてお世話になって、先生の計らいで神楽と成瀬と出会って、最初はどうなるかと思ったけど、本当に毎日が気づいていたら充実していて……」



 ――――今では、お前たちがいない生活が考えられないって思ったよ。



 三人は僕の言葉に驚きを隠せていない表情をしている。

 あれだけ捻くれていたやつが、いきなり素直に気持ちを伝えているんだ。

 

 当然と言えば当然だろう。

 一呼吸おいて、一人ひとりに言葉をかける。



 ――――夏希先生、ありがとう。



「あんたのおかげで、が作れそうだ」


「……早見」



 ――――清隆、ありがとう。



「お前のおかげで、なんとかここまでこれた。初めてってやつが出来たよ」


「優人君。今名前で……」



 ――――、ありがとう。



「君のおかげで大切なものがようやく見つけられた気がするんだ。あの時の約束、必ず守るからなっ!」


「優人君、君ってやつは……。しかも僕のことつづりって……」



 僕は一呼吸おいて、笑顔で三人に伝える。



「……まぁ、なんだ。これから始めようっ!」




 ――――僕たちの物語を!!




 アナウンス「お待たせ致しました。続いて結成してわずか一ヶ月、ただしメンバーのポテンシャルは無限大!!この文化祭の大取りを飾るのは今日限りの最強バンド、SoundRavelです!!どうぞーっ!!」



 そして、SoundRavelの最初で最後のライブがこうして始まったのだった……。



♯♯♯



「……へぇ」


 総一郎が彼らを見つけたのはホントに偶然だった。

 舞台、クラシック、スポーツetc……。


 様々な分野のプロフェッショナルが集まる俺が作り出した学園なら、少しは面白いやつが生まれるだろうと思い、単なる暇つぶし作った神楽学園。


 数時間見て回ったが、固まってしまった才能ばかり。

 良くてプロ止まりで世界では活躍はしねーやつばかりだな。

 我が娘のつづりでも最後は見て帰るかとそう判断した矢先のことだった。


 ここの校長が「どうしても見てほしいグループがいるんですよっ!」と頭を下げてきて、仕方なく残ったんだが、あとで礼を言っておかなきゃな……。


「なになに、グループ名は……」


「こんにちわ!!SoundRavelです!!」


「「「「ワァァァァァァァァァァァ!!!!」」」」


「「「「つづり様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」」


「「「「清隆様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」」


「「「「夏希先生ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」」」」


 彼らを見て、俺は思わず鳥肌が立った。

 演奏が始まったと同時に、そこらのプロも負ける圧倒的な音が、会場を駆け抜けた。


「へぇ……。面白いのがいるじゃねーか」


 このグループ一人ひとりに相当なポテンシャルを感じた。

 最初にボーカルとギターを一緒に弾いているうちの娘。

 贔屓目なしで、俺の理想とする才能の原石そのものだ。


 まだまだ発展途上だが、今鍛えているから、あと半年もすればCRSでも王をとるだろう。

 正直、こんなところに埋まっていい人間じゃない。世界では、もっと活躍できるはずだ。


 次にベースを弾いている容姿が整ったイケメンメガネ。

 あいつは周りをよく見てやがるサポートタイプだ。


 多分うちの役員共よりいずれかは使えそうだし、器用になんでもできるタイプだな。

 それにあの容姿、芸能界としても売り出していいし、そのあとは俺の跡継ぎをさせてもいいかもしれねーな……。


 ドラムを叩いてる金髪の女教師は、恐らく俺達企業側目線の人間だ。

 危なっかしいあいつらの保護者役ってとこか……。

 あまり前に出過ぎないように、しっかりこっちもサポートに徹している。



 ――――そして。



 総一郎が特に目に止めたのは、ボーカルとギターを一緒に弾いている神楽つづりでも、ベースの成瀬清隆でも、もちろん、ドラムを叩いている皆月夏希でもなかった。


 この大歓声の中、中性的な容姿なのにも関わらず、常にクレバーに徹しているあいつ。

 あの目、俺が諦めたものを欲している大馬鹿野郎の目をしたやつ。


「あいつは、特にいいね……って、眼鏡姿でわからなかったが、早見透子の息子じゃねーか!?」


 この時、男は歓喜した。

 もしかしたら見せてくれるのではないか、と。

 若き頃、求めることを忘れず生きてきて必死だった時代。


 そして、いざ頂点に立ったとき、総一郎は初めてだと気付き、諦めたを。


 キーボードで音を巧みに操る目つきが鋭いあの男、あいつが一番上手い。

 一音一音をしっかり聞き取り、自分と、メンバーを……。

 そして、観客すらも最大限に盛り上げている。


 一番凄いのはそれだけの技術をもっていながら、誰もあいつが会場のテンションを盛り上げていることに気が付かせない存在感を敢えて消していることだ。


 おそらく、メインであるつづりの邪魔にならないようにそうしているんだろうけど……。


「いいねー、あいつ。俺までテンションが上がってしまうぜ」



 ――――そうだ、あいつらをうちの会社に引き抜こう。



 そうだな、まずはベースのやつは確定。

 本当はドラムの女も引き抜きたいが、教師を好きでやってそうだから、無理だろうな。

 惜しい気もするが……まぁ、仕方ない。


 そして、キーボードのあいつは俺の求めるものを本当に見せてくれるのか期待しよう。

 だから、敢えて引き抜かない。


 早見優人が奏でる音は、音も綺麗でセンスもいいが、本当の才能は「音の創造力」だ。

 想像する音を創造する力。

 CRSでは、この才能があるかないかで全く違うのだ。

 

 それに気づくのはまだ先だが、あらかじめ未来の為の布石を打っておくか。

 さて、どう種を蒔いていこうかな……。


 そうして演奏が終わり、総一郎は不敵な笑みを浮かべながら、理事長と共に外に出る。

 彼らの未来につながる最高の演出を想像していた矢先のことだった。


「……ん?」


 ポケット越しに伝わる携帯の震える音。

 画面表示を見ると、そこには緊急用回線でしか使われない番号だった。

 

 どうしても俺の耳に情報を流さないといけない時にしか使わない番号なのだが……。

 なぜ、今このタイミングで?嫌な予感がする……。


「もしもし、どうした?」


「た、大変です、社長!!紫苑病院が火事です!!」


「な、に……?紫苑病院って、お前、早見透子はやみとうこ達がいる病院か!?」


「はい!火災の原因はまだ不明ですが、消防隊が渋滞で全く動けない状況で」


「馬鹿野郎!急がせろ……くそっ、早見の息子は……っ。ちっ、こんな時に!!おい、理事長っ!!校内放送で早見優人をすぐに呼べ!今すぐにだ!!」


「は、はいっ!!」


 急げよ、早見優人……。

 じゃないと、手遅れになるぞ……っ。



♯♯♯



【~つづりSide~】



 大歓声に包まれる会場を思い返すと、まだ胸が躍る。最高だった、どこにも負けない最高のライブだったと思う。観客のみんなは気づいていないけれど、私たちは気づいていた。この歓声はと。


 ライブ前、あんな担架切ったくせに、演奏になるとクレバーに徹する。

 目立たず、陰で私たちをのせ、観客をのせ、そして最後には、ひっそりと初めからいなかったように姿を消す。


 ライブ終了後は「あとは、任せたよ」と言って、手をヒラヒラさせながらどこかに消えた。


 同じく夏希先生も「それじゃあ、私は別の仕事があるのであとは頼むよ」と白衣を着用し、別の入り口から消えた。


 相変わらず掴めない人たちだと僕は苦笑いしながらも、その姿を追おうとすると、観客が「サインくださーい!!」とか「撮影お願いしまーす!!」と言って、優人君の元には行けなかった。


 それが今となっては、幸か不幸だったのか。


 今となってはわからないけど、このアナウンスで私達の運命が大きく変わったのも事実で、もしその場に優人君がいたのなら、また違った未来、選択肢があったかもしれない。



 アナウンス「緊急です!!生徒の呼び出しをします!!早見優人君、至急理事長へ来てください!!繰り返します、早見優人君!!お母さんの病院が……っ」


 隣で同じく観客にもみくちゃにされていた清隆と目を合わせる。



「「――――……え?」」





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