episode37:くすっ、それでこそ私の息子だ!それじゃあね、頑張って!


「もうっ、優人っ!最近はお見舞いに来る回数が少ないんじゃないの!?」


 三人で見舞いに見繕ったデザートと果物を食べ終わった後、膨れ上がった頬で僕を見ているのは兎亜ちゃんだった。


「ごめんね、これでも今結構忙しいんだよ。文化祭の準備とかがあってね」


「文化祭って、優人。大丈夫なの?」


 不安そうに苦笑いするのは、母さん。

 隣では、同じ空気で「確かに……」と、呟いている。

 

「失敬な……。僕だって文化祭くらい楽しめる人間だ。さっきだって、ここに来る前に準備もしてきたし、結構楽しんでいるぞ」


「えぇ、嘘……」


「母さん、それはどういう意味のリアクションなのかな?」


「あ、あはは……っ、ごめんごめん。いや、だって優人、絶対文化祭とか嫌いじゃない」


「そんなことないよ、超好きだよ。文化祭」


「じゃあ、これまでの文化祭はどのように過ごしてきたのか、聞いてもいい?」


「おお、そうだね……」


 僕は思い返してみる。

 今までの文化祭……。

 

 高校一年生の時は、教室で文化祭の言葉の意味を自分で調べた記憶がある。

 あの時は、文化祭を楽しもうかと調べたんだったよな。

 確か……。


 一 人間関係を上手く形成すること。

 

 二 集団生活で、所属しているという実感や連帯を深めること。

 

 三 公共の精神を培ってより良い学校生活を築くこと。


 ……の、三つだった気がする。


 これらの事から導き出される僕の解は、人間関係を上手く形成しながらも、集団生活で所属しているという実感や連帯を深めるつつ、公共の精神を培ってより良い学校生活を築くこと。


 ということで……。


「文化をしなきゃという結論に至りまして、二年間は図書室で読書をしてました。特に面白かったのは音楽の歴史に触れながら、脳内でイメージしながらピアノを弾くことで……」


「「うわーっ……」」


「なに、そのドン引きと憐みの目は……。そんなにダメかな?名前の通り、文化祭していると思ったんだけど」


「ちーがーうっ!!文化祭っていうのはね、皆で行事を準備して、演劇だったり、屋台だったり、ゲームを作って遊んだりする、友達と楽しむのが文化祭だよっ!優人のはただの読書……っていっても、私も文化祭出たことないんだけどね、ぐすんっ」


「兎亜ちゃん泣かすとか、マジで文化祭滅びろ」


「そこまでっ!?しかも割と本気っ!?」


「それは冗談だけど……。薄々はこういうのが文化祭の楽しみ方じゃないって気づいていたんだけどね。まぁでも、冗談抜きで今年の文化祭はちゃんとしていると思うよ」


「へぇ、そうなのね。なにかきっかけがあったのかしら?」


「うん。実は、今学園の生徒会長している神楽つづりって女の子と、成瀬清隆っていうやつに出会ってだな……」


 今置かれている状況と経緯を二人に丁寧に話していくと、すごく真剣に聞いてくれた。

 

 三人とも笑っている空間がいつの間にかできていて、最近のことを話しているうちに、僕の心が少しずつ温まっている気がした。

 

 透明に近い綺麗な空。

 透き通った冷たい空気。


 見慣れた窓の外の景色を背景にまるで、三人の協奏曲コンチェルトが奏でられているようだった。


「ふふっ、その子。面白い子ね……っ、神楽ってことは、もしかして総一郎さんの娘さん?」


「えっ!?母さん、知っているの?」


「もちろんよっ!神楽総一郎さんと言ったら、神楽学園の創立者であり、音楽業界に大きな風を吹き込んだ超大物じゃない!!CRSの創立者でもある神楽総一郎を知らない人はいないわよっ!昔から憧れでカッコよかったのよー……って、いけない!兎亜ちゃんのレッスンの時間だよね?それじゃ、少し遅くなったけど始めようかしら?」


「あー、そうだった。ごめんね、兎亜ちゃん。レッスンの邪魔しちゃって」


「ううん、いいよ!ついでに、私の腕前見ていきなよ、滅茶苦茶上手くなったんだから!」


「へぇー、本当か?僕、こう見えて、CRSでも騎士Ⅳの実力者なんだけど?」


「うっ……透子ーっ!優人がいじめる」


「ふふっ、兎亜ちゃんも優人がびっくりするくらい上手くなったわよね?」


「ふふんっ!」


 自慢げにない胸を張る。母さんが言うなら間違いないが、この前までは猫ふんじゃったに毛が生えたレベルだったはずだ。


「それじゃあ、何か弾いて見せてみて?母さんがそこまで言うのだから、相当なもんでしょ」


「そうね……。それじゃあ、あれにしよう!兎亜ちゃん、準備はいいかしら?」


「うんっ!任せてっ!!優人に目にもの言わせてやるんだからっ!」


 そう言って、鍵盤ハーモニカで演奏が始まる。

 曲は、フレデリック・ショパンが作曲したワルツ第6番変ニ長調作品64-1「子犬のワルツ」


「……へぇ、驚いた」


 一度は誰しも耳にしたことがある音楽でも代表に挙げられてもおかしくない曲で、僕も初めてショパンに触れたときは、この曲が初めてだったのだが、とにかくテンポが早い。


 リズムよく、軽やかにワルツを奏でないといけない曲で、ピアノで弾くこと自体最初は苦労するのに、兎亜ちゃんは鍵盤ハーモニカで、アレンジして弾いているのだ。


「ね?もしかしたら、本物かもしれないわよ」


「ああ……。言うだけはある」


 この子はもしかしたら、本当に化けるかもしれない。元プロピアニストであり、僕を除けば全ての優秀なピアニストの弟子入りを断ってきた早見透子の唯一無二で一番弟子と言っても過言ではない、雨宮兎亜。


 今は病院で治療中でこの先の未来、彼女がどうなるのか僕には想像もできないけれど。

 けれど、もしも……。

 願わくば、彼女がピアノを通じて進む人生があるのだとすれば、きっと……。


「本物のピアノをその手で奏でてほしい……。それ以上のワルツを……」


 兎亜ちゃんのワルツは、きらきらと輝いていて。

 その先を照らす未来がありますように、と願う。

 そんな、切なくて悲しいワルツだった。



♯♯♯



「今日はありがとう、明日の文化祭頑張ってね」


 演奏が終わり、兎亜ちゃんが疲れて眠ったあと、少しだけ世間話をして面会時間が終わりを迎えた。あまり会えないから外まで送ると聞かずに、車椅子を看護師さんに引かせて入口までやってきた。


「見送りまではよかったのに……。母さんこそ、あんまり無理しちゃダメだよ?もっとCRSでランクを上げて、お金を貯めて、外国の病院でもっとちゃんとした治療が受けられるようにしてみせるから」


「もうっ、優人こそ無理しないの。私はここでも十分生きていけるし、お医者さんも少しずつ良くなってきているって言っていたから。ここのお医者さんは腕が確かなんだから、心配しないの」


「母さん、でも……」


 首を横に振って、車椅子越しから細い母さんの指が僕の手の甲に触れる。


「ふふっ……。それより、明日の文化祭、楽しんでいらっしゃい!母さん、応援しているからねっ!」


「……まぁ、頑張る」


「くすっ、それでこそ私の息子だ!それじゃあね、頑張って!」



 月明かりに照らされながら手を振る細い手。


 全力で横に振る母さんの顔は、夜の寒さで出る白い息によって視界に重なり合って見えて……。


 今にも消えそうな、そんな笑顔の印象だった





 ――――これが、最後の夜とは知らずに僕は、自転車のペダルをゆっくり漕いだ。






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