episode34:ありがとう、助かるよ


 この時期から、僕の日常は一変した。


 何曲か演奏する曲を決め、そこからの僕たちは生徒会長である神楽つづりを中心に、ひたすら練習、練習、会議、練習、会議の毎日だった。


 時には一日夜通しで練習した日もあった。どこのブラック企業だよっ!と思うかもしれないが、それくらい時間もなかったし、一切無駄な時間がなかったのだ。


 かの詩人、エマーソン氏はこう言葉を残している。


 「貴方が今、夢中になっているものを大切にしなさい。それは貴方が真に求めているものだから」と。


 この時の彼女はどこか陽気に笑いながらも、一切の妥協を許さず、完璧を求めた。

 もちろん、その間の生徒会の仕事も同時にこなしてだ。


 Plan(計画)・Do(実行)・Check(評価)・Action(改善)のPDCAサイクルの徹底を学園全体で意識させながら、それに応じた的確な指示と足りない部分の技術強化というサイクル。


 この流れで、練習しては課題を見つけ、会議、練習方法や配置、曲の順番など、僕たちはバンド活動と生徒会活動を中心に、全ての時間を費やした。


 ちなみに僕はキーボード、成瀬はベース、神楽はギター兼ボーカルだ。

 そして、ドラムはまさかの夏希先生が引き受けてくれた。


 教師の仕事や他の部活の顧問と同時にしないといけない為、ときどき音楽室にきて音調整するくらいだが、家にもドラムがあるらしく練習しているらしいので、音を実際に合わせた時も細かい調整くらいで、なにも問題はなかった。


 ――――バンド名は、Sound-Ravelサウンドラベル


「僕たちは音で繋がった仲間だからね、名前に音が入っているのがいいかなって思って、この名前にした!!」と、神楽の案で決定した。


 半月ほどだけだが、ずっと一緒にいてわかったことがある。

 彼女は基本なんでもできる本物の天才だが、何もしない天才ではなく、誰よりも努力する天才だ。


 しかも本物の天才が、努力するどんな秀才にも負けない努力を負けじとするのだ。

 「完璧」という言葉が、この世でもしかしたら一番似合うのではないだろうか。


 そして、成瀬清隆は基本神楽のサポート役に徹することが多い。


 神楽がときどき常人には到底無理な難題を出すときには、しっかり意見し、納得させた上でそれを実行させる。


 不満げな神楽をなだめつつ、堅実にしっかりこなす管理職や会社経営なんかが向いていると感じた。


 この完璧と言える二人に成り行きでついてきたわけだが、僕の捻くれた考えと提案が二人にはとても相性がいいらしく、時にはぶつかることもあったが、この頃の僕は思い返すと、一番「青春」というものをしていたんだと思う。


 そして、あっという間に時は過ぎ去り、いよいよ文化祭まで残り三日を切ったある日のこと、その出来事は突然やってきた。



「――――おい、優人君!!大変だっ!!」



 普段生徒会室か音楽室でしか関わらない成瀬が授業中、教室のドアを開けるなり血相変えて僕を名指しで叫ぶ。


「おいおい、成瀬。なにがあったかわからんが、流石に授業中だから話はあとに」


「つづりが……っ、倒れた」


 僕は持っていたペンを思わず落とす。


「……は?」



♯♯♯



「……三十九度。重度の熱だな」


 眉間に皺を寄せ、ため息をつきながら体温計を棚にしまう。

 ベットに横たわり、苦しそうに寝ている神楽。


 額には汗をかいており、昨日まで軽い悪態をついていたのが嘘みたいだ。

 唇は青白く、肌色も良くない。


「夏希先生、神楽の容態は大丈夫なんですか?」 


「どうやら随分無理をしていたみたいだな。学園側も驚くほどの働きを見せ、さらには常に笑顔を絶やさなかった彼女が今日まで上手く隠していたんだろう。気づかなかった私たちの責任だ」


「いや……先生は悪くないです。一番近くにいた俺の責任だ、全然気が付かなかった!!」


 悔しそうに下唇を噛む成瀬、状況はあまりよくないみたいだ。

 だが、落ち込んでいても仕方ない。

 カレンダーを見ると、文化祭まで残り三日。


「夏希先生、会長は文化祭までには間に合いそうですか?」


「厳しいだろうな、しかもこの高熱だ。もし治ったとしても、疲労と喉の痛みも引いていないはず。万全で歌うのは困難を極めるだろう」


「そうですか……」


「そんな……ここまできて。俺がもっと頑張っていれば……っ、つづり」


 見るからに成瀬は落ち込んでいるが、落ち込むのはいつでもできる。

 ここで考えなくてはいけないのは打開策だ、僕は思考を張り巡らせる……。


 ベットで寝ている神楽を見る。

 こいつならどうするか、この状況で彼女が考える選択肢は恐らく一つしかない。


「……夏希先生、このまま続けましょう」


「正気か、優人君?つづりも無敵に見えて女の子なんだぞ、殺す気かよっ!!」


「そうだ、早見。教師として、神楽には無理はさせられないよ!」


 ああ、そうだろうな。

 普通なら止める、ライブも辞退するのが正しい選択なんだろう。


 だが、こいつは生徒会長であり本物の天才、神楽つづりだ。

 僕の意思は変わらない、変わるはずがない。


「……ああ、神楽には無理してもらうし、それくらいで倒れるなら


「おいっ、いい加減にしろよ!!本気で言っているのかっ!?」


 胸ぐらを成瀬に捕まれるが、僕はそのまま喋り続ける。


「成瀬、わかってないのは君だ。この状況でとれる選択肢はそれしかないんだ、いや……


「べ、別の誰かを代理に頼めばこの状況は打開できるじゃないかっ!」


「……はぁ、馬鹿か。代理を立てようにも、神楽を超えるギター兼ボーカルがこの学校にいるとは思えない。仮に見つかったとして、時間はどうする?練習量が足りないんだよ」


「くっ……」


「じゃあ、辞退するか?これだけ今まで頑張ってきて最後の最後で生徒会長である神楽つづりのせいで台無しになるんだ。大々的にアピールしたライブはまさかの中止、その責任は誰が負うんだ、君か?」


「そ、それは……っ」


「頭のいいお前なら分かるだろう、違うだろうが。だから神楽には死んでもやってもらう以外に選択肢はないんだ。そうだろ?音速の戦乙女ラディカルヴァルキリー


 僕が目線を向ける方向にベットから立ち上がろうとする神楽の姿があった。

 僕たちの話を聞いて、目が覚めたのだろう。

 今にも倒れそうな体、誰がどう見ても無理しているのがわかる。


「……あ、当たり前だよ。だから清隆、その手を放して……っ。優人君を責めたらダメだよっ。はぁ……、はぁ……っ。僕は……やるっ!」


「お、おいつづり、あまり無理は」


「まずは手を……優人君から……放し……て」


「あ、ああ……すまん」


 胸ぐらから手が離れる。制服を見ると、ボタンが何個かちぎれていたが今は気にしないことにした。あとで拾って縫ってもらうとしよう。


「神楽、いいから寝ておけ。高熱な上に、その喉ではいくら君と言えど無理があるだろう?」


「先生っ、やらせて……くださいっ。僕の不注意と管理不足でごめんなさい……っ。けれど、ここまできてやめるわけにはいかないんだ……っ!」


 途切れ途切れに聞こえる掠れた声。


「だがな……」


「そうだ、つづり。ここはあきらめ」


 僕は二人の言葉を遮る。


「ああ、だから残りの仕事は僕たちで全て片づける。だから神楽、ライブギリギリまで休んでおけ。リハもなしで、ぶっつけ本番でやってもらう。それでいいでしょう、夏希先生?」


「……当日の体調次第だが、それであればなんとか検討できるかもしれんな」


「先生っ!?」


「だそうだぞ、神楽。あとはこっちでなんとかやっておくから今は休んでおけ。


「……っ。そう……わかったよ」


「先生、車でこいつの家まで送ってやってください。おい成瀬、時間がない。さっさと取り掛かるぞ」


「え、ちょっと……優人君!?」


 僕は成瀬の手首を掴んで保険室を出るため、ドアに手をかける。

 本当に時間がないのだ。

 

 これだけの担架を切っておいて、できませんでした!では、全く話にならない。

 それ相応の働きを見せないとな。


「……優人君」


「なに?」


「よろしく……ね?それから……そのっ……」



「――――ありがとう、助かるよ」



「……いいから、早く治せ」


 僕は一言だけ残して、ドアを閉める。


「つづりが素直にお礼を言っているところ初めて見たかも……」


 成瀬は随分驚いていたが、別に今更驚かない。

 神楽は、そういうやつだともう知っているから。

 

 ……あとは。


「なぁ、成瀬」


「え、どうかした?」


「君にさっき胸ぐら掴まれたとき、制服のボタンが外れたから保健室にいって探してきてくれないか?」


「あんだけカッコつけて出ていった空気で、俺にボタン探しに戻れとか鬼畜なお願いするなよっ!?」


「早くしろ、時間がないぞ。僕は忙しいんだ」


「ち、ちくしょーぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


「あと、裁縫道具もお願い。ちゃんと縫って返してね」


「わかってるよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 再び保健室に戻っていく成瀬の背中を見送り、僕は歩き出す。

 本番まで残り三日、やり切って見せるさ。



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