episode33:君に青春と思い出を作って欲しかったからって言ったらダメかな?


♯♯♯


「それにしても、多すぎる……」


 ここ、神楽かぐら学園は全校生徒三千人以上のマンモス校だ。

 教員も数百人いて、なんといっても特徴的なのが、音楽科を始めとする社会福祉科や調理科などの専門科目が多くあることだ。


 数多くの未来に向けての選択ができることでとても人気がある学園で倍率もかなり高い。

 一つの学校に専門学科をあるだけ突っ込んだようなとこだし、当然だ。


 その専門科目の一つであるピアノ演奏科特進コース。

 そこのとある先生が音楽室で、いくつもの部を掛け持ちで担当している。

 全校生徒三千人以上もいると、部も増え、そこの部の担当教員も足りなくなるわけで。

 ……稀にこういう生徒が存在する。


「早見、次は音楽室でピアノ演奏科特進コースの資料をまとめるから手伝ってくれ」


「……夏希先生、ずっと思っていたんですが、絶対に部活に入らないといけないここの学園のシステムなくしたほうがいいですよ。だって……」


「わかってる、それ以上言うな。人員が足りてないのは私も同感だが、いかんせんうちの校長が頑なにそれを拒否するんだよ」


 夏希先生曰く「昔からの伝統であり、これを崩したら学園ではない!!』と校長に言われているらしい。


「私を含め、教師陣もみな管理され雇われている身。それが社会の在り方で働くってことだからね、覚えておけよ」


「それじゃ、僕はで一生働かない人生を送って見せますよ。今はここの学園のルール上、ピアノ研究部の幽霊部員(仮)。部員一人で音楽室のピアノを贅沢に使わせてもらってるから、仕方なくこうして働いていますが、卒業したら先生。僕を養って下さい」


「はぁ……。君は私よりピアノで稼いでいる上に、この私に対してなんの感情もなく養ってくださいって、とことん君はダメダメじゃないか。そのくせ無駄に仕事はできるんだよなぁ。神楽に成瀬、それに君くらいだよ。この私がまともに会話できない生徒は」


 ピアノ研究部の一室にある顧問部屋で、資料を種類別で分けながらコーヒーを優雅に啜っている白衣を着た短い金色ブロンドの髪がよく目立つ彼女の名前は、皆月夏希みなづきなつき

 

 音楽専門の教師で、唯一僕がまともに喋れる数少ない先生の一人だ。

 左目の下に泣きぼくろがあるのが特徴だ。


「先生無駄に容姿が綺麗でモテるんですよね?生徒でも教師でも媚び売られて、げんなりしている先生を見るのは個人的に最近のマイブームです」


「君、相当性格悪いな。さっきのピアノ演奏科特進コースの資料整理がそんなに嫌だったのか?」


「いえ、それではないです。それに性格の悪さでいえば、神楽つづりほどじゃないですよ。それに僕のことを教えたの、先生でしょう?」


 先ほどまで啜っていたコーヒーの入ったコップをゆっくり机の上に置いて、首を軽く傾げる。


「さて、なんのことかな?」


「とぼけないでくださいよ。まず最初に、僕が弾いている個室の室内は完全防音。窓を開けていれば話は別ですが、必ず窓が開いていないか確認してから、ピアノを弾きます。しかも、丁寧にイヤホン付きで。そして、なにより僕は基本一人、クラスメイトですら僕の名前を覚えているか定かではないレベルなのに、このマンモス校で人数が多い中、変装した僕を神楽つづりが見つけられるわけがない」


「続けて」


「ここで、一つの答えが導き出されます。僕のことを知っている人間で、ピアノをここで弾いていることを知っているのは夏希先生、あなたしかいないでしょう?」


 ため息交じりで、僕はさらに言葉を続ける。


「神楽つづりの口から昨日『生徒会室の真下にある個室でピアノを奏でているのは君だよね?』っていう言葉は第三者の情報がないと言えない言葉ですから。結論、昨日の面倒事の犯人は夏希先生しかいません。はい、論破」


「あははっ、正解。よく人を見ているじゃないか。そして無駄に神楽生徒会長の真似が上手い」


「どうも……。それで、いったい僕に何をしてほしいんです?正直ちゃんとした理由がなければ、この話は蹴ります。あんなリア充共の巣窟でバンドなんて、最悪です」


「んー、理由ねぇ……。君に青春と思い出を作って欲しかったからって言ったらダメかな?」


「僕の学生時代に青春と思い出はいりません。それに知っているでしょう?僕は」


「……だ、そうだよ。言った通りだろう、神楽生徒会長」


 僕の続きの言葉を敢えて遮るように、夏希先生は僕の後ろに視線を移す。


「みたいですね、夏希先生。さてさて、早見君を借りても?」


「げっ、神楽!?いつの間にそこにいたんだよ。ドアの開く音はしなかったはずなのに」


「最初からだよ、君が座っていた場所の後ろ側で気配を消して聞いていたんだ」


 同じ空間にいて、全然気が付かなかった。

 こいつ忍者の末裔か、なんかなの?


「ふふっ、私は別の部のところにこれからいかないといけなのでね、今後は君に任せるよ」


「はい!それじゃあ、早見君!僕の真似をした罪も含めて、文化祭でやることを詳しく説明するよ。生徒会室にゴー!」


「ちょっと、おいっ!?僕はまだやるとは」


「問答無用」


 そう言って、強引に引っ張る彼女の手はとても冷たく、同時に戸惑いを隠せなかった。

 早見優人、現在十八歳。

 女の子に触れられた時の免疫がないので、心臓が飛び出そうです。


「どうしよう、僕の平和な日常がどんどん崩れていく……」


 このあと生徒会室にて、滅茶苦茶仕事を手伝わされたのは言うまでもない……。



♯♯♯



 時刻は十七時を回った頃だった。

 辺りを見渡すと、少し日は暗くなってきており、気温も低い。


 窓の外から風が吹き、わずかに窓が揺れる音が聞こえる中、生徒会室の椅子に座っているのは僕を含め、神楽、成瀬の三人だ。


 もちろん暖房は完備なので、室内の温度はちょうどいい。

 長い説教が終わり、ひと段落ついたあと、僕は疑問に思っていたことを聞いてみた。


「……なぁ、聞いていいか?」


「なにかしら?早見人君」


「二度と真似なんてしませんので、普通の名前にしてください、お願いします」


「まだ怒っているんだからね。それで何さ、早見優人君」


「……どうも。そもそもどうして文化祭でバンドをしようって思ったんだ?僕が言うのもなんだが、君たち文化祭で目立ちたいとかモテたいとかっていう理由でするようなやつらには見えないんだけど」


「そうだね、ぶっちゃけそういうのには懲りているね」


「なら、どうして……」


「大きな理由が一つあるんだ。清隆、PowerPointパワーポイントを使って、モニターで説明してくれるかな」


「了解、それじゃあ説明するぞ?」


 先ほどからセッティングをしており、丁度良く準備が終わったのか。


 持っていたノートパソコンで成瀬はPowerPointを開く。

 なにここ、学園の生徒会室だよね?

 どうして、本格的なモニターまであんの?

  

 どこかの企業説明かよ、本格的すぎるだろ。

 驚きを隠せないまま、説明が入る。


「まず、今回の文化祭だが、その日は十二月二四日のクリスマスイブ。それは、学園の創立記念日と重なるために色々な企業のお偉いさん方が沢山集まるんだ。それは中小企業から大手企業まで、本当にさまざまで、この学園の卒業生はピアノを中心に有名になっているやつも少なくないからな。今年は特に注目されているんだ。だから、大前提にまず下手な文化祭が絶対できない」


「そして、なぜ俺たちで『バンド』という選択肢に至ったのか。これには大きな理由がある。各部が優秀な成績を取っている中、唯一賞もなにもとっていない部が存在している。それが……」


「ピアノ以外の……音楽関係の部活だったか?」


「正解、うちの音楽部門はピアノ以外は弱くはないが、強くもないんだ。スポーツに特化しすぎているところはあるからね。俺個人は別に弱いことを否定はしないし、学園もつい最近までは特別気にしていなかったが、マズいんだよ」


 確かに、色々なところから視察にくるから賞もなにもとれていない音楽系の部活は学園からしたら汚点でしかないし、他と比べるとどうしても目立ってしまう。


「なるほど……。このままでは恥を晒してしまうから、優秀でなんでもできると評判の声も高い神楽つづり生徒会長と成瀬副会長が話題で持ち上がり、もしかして生徒会でなんとかしてくれるんじゃないか?と、無責任な意見が通って校長から直接依頼がきた……ってところか?馬鹿馬鹿しい」


「ご名答、そこで各楽器のプロフェッショナルが集まればなんとかなるんじゃないか?と生徒会会議で決まって、それで……」


「だから、ピアノではなく敢えてというわけか」


 学園はこう考えたのだ。

 今現在は実績がなくても、これから沢山の実績を残せる見込みがある。

 だから、今年は期待しておいてください、この演奏が証拠です!と言いたいわけだ。

 用件は理解したけど……。


「そこまでして一生徒である君が頑張る必要があるのか?ぶっちゃけ、蹴ってもなんの文句も言えない依頼だ。そこまでして特別なメリットがあるのか?報酬がものすごくいいとかなのか?」


「……さぁ?俺もそこまでは知らないけど、つづり。なにかメリットがあるのか?」


「え、ないけど?」


「「……えっ!?」」


「おいおい……。生徒会になんのメリットもないのに、こんなことしているのか?」


「うん、だって今年は私がこの学園の生徒会長だもん。無理難題を超えてこそ生徒会長だと思っているからね。私の座右の銘は『私にできないことはない』だよ。理由はそれだけ」


 なんの迷いもなく真っすぐな目。

 あたかも僕の考え方が間違っているとさえ思ってしまうくらいの純粋な思い。

 流石の成瀬もこの回答は予想していなかったのか、思わず目が点になりながら唖然としてる。


 本気だ、目を見てわかる。こいつはそういうやつなんだ。

 僕は理解した。神楽を自分と同じ人間とはこれからは思わないことにした。

 根本的な考えが全く違うのだ。

 

 そう思うことにしておかないと、自分の価値観が意味もなく壊れそうだ。

 

 この座右の銘が本当なら、きっと「今から空を飛んでくれ」と無理難題をいっても平気で挑戦し、考え、成功させようと足掻くだろう。


 自分ができないイメージが、神楽には全くと言っていいほどないのだ。

 それができて当たり前と言わんばかりに……。


「そうか……」


「うんっ!文化祭の意図はわかってもらえたかな?」


「……ああ、おおよそは。それで、バンドは何をするんだ?曲とか決めないといけないんだろう?」


 そういうと二人はきょとんとした顔で、僕を見てくる。

 「なにかあったのか?」と、首を傾げる。


「いや、随分素直だなーって思って。君のことだからもっと反論するかと思ったんだけど?」


「俺もそんな感じ。誘っておいてなんだけど、なんかこういうイベントとか嫌いそうじゃん。だから拍子抜けというかなんというか……」


「はぁ……。さっさとこのバンド終わらせて日常に戻った方が効率がいいと判断しただけだ。ほら、曲は何にするんだ?僕はバンドなんかしたことないから、早めに練習したい」


「……くくっ」


「あははっ!!」


「な……なんだよ?」


「「本当に、捻くれてる!!」」


「……うるさい、そんなこと言うと、もう手伝わないぞ?」


 それから二人はずっと笑っていた。

 なんで笑っているのかわからなかったが、こういう日常も悪くないなと僕は思った。




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