episode32:神楽つづり、成瀬清隆


~追憶~



 ――――秋。


 紅葉こうようの落ち葉が風と共に音となって、協奏曲コンチェルトで奏でられるこの季節。イメージするのはショパン/エチュードOp.25 第11番「木枯らし」だ。


 コンクールでもよく演奏されるこの曲は、右手の急速な分散和音、和音構成音と半音下降を組み合わせ、聞く者に演奏者の感情を直接的に与える高度な技術と芸術的なセンスが問われる曲だ。故に、アレンジが難しい曲の一つでもある。


 今度のCRSランクアップ大会で課題曲になっているのもあり、学校が終わったらアレンジ構成に入ろうと思っていた矢先のことだった。


「お願いします」


「いや、だから……」


 男子バスケ部で今話題になっているらしい幻のシックスマン影王子こと黒野君(僕が勝手に呼称している)に、雑用を頼まれたことがきっかけだった。


 なんでも夏の大会が近いらしく「どうしても僕たちは、奇跡の世代に勝って優勝をしたいんだ!早見君!!」と、しつこくせがむのだ。


 無論、そんなことは僕の知ったことではないし、問答無用で断ろうとしたのだが、いつの間にか幻のシックスマン影王子こと黒野君は僕に書類をいつの間にか渡して消えていたのだ。


「えー……」


 これが噂のミスディレクションってやつか。某バスケット漫画のように消えたように見えたことに感動を覚えつつ「あれ、奇跡の世代とか言ってたけど、この世界にもいるのか?」と、疑問に思いながら、仕方なく任された書類を職員室に持って行き、自分のクラスに帰ってきたのだが、そこには思いがけない人物が立っていたのだった。


「やぁ、待っていたよっ!」 


「……誰でしたっけ?」


「またまたー、知っているくせに。何回か大会でも顔を合わせているじゃないか!眼鏡をかけていて上手く変装しているみたいだけど、君が早見優人君だよね?」


 ハーフアップをした気品あふれる紫がかった髪色で、八重歯が目立つ彼女の問いかけに僕は「知りません、さようなら」と告げるが、腕を捕まれニッコリ笑い「ダーメ」と歩みを止められる。


 ちっ、面倒なやつに絡まれたな。


「はぁー……。何の用だよ。音速の戦乙女ラディカルヴァルキリー


「やっぱり知ってるじゃん。嘘つき」


「……で、僕に何の用だ?」



 ――――神楽つづり。


 僕が通う神楽かぐら学園でこの女の子を知らない人はいない。


 生徒会長にして容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能。

 どの項目を当てはめてもトップであり続け、校内一の美少女で定評のある女の子だ。

 どこかの小説の中にしかいなさそうなこの完璧超人は、これだけでは収まらない。

 

 彼女は僕と同じCRSのピアニストでもあり、僅かでCRSランクが騎士。

 それも、ナンバーⅩだ。


 本物の天才とは、こういうやつのことを言うのだと思う。

 同じ学校で、同じ年齢であること。


 CRS大会でも何度か顔を合わせることもあって、僕は関わりたくなくて変装までして身を隠していたんだが、学校の創立者。ともなれば、どっかから情報を抜き取ったのだろう。


 世間でも大注目を浴びている彼女が、僕に一体何の用だろうか。

 なんだろう、厄介事の匂いがプンプンしやがる。

 これ以上面倒なことが起こらないように、さっさと帰るという選択肢に限る。


 僕は彼女が何かを言おうと口を開こうとしているのを察し、急いで机に置いてある自分のカバンを手に取り彼女の横を過ぎ去ろうと試みるが、この一言で足を止めてしまう。


「単刀直入に聞くね。生徒会室の真下にある個室でピアノを奏でているのは君だよね?」


 このことを知っているのはあの人だけだ。

 鎌をかけている可能性も考えて僕は黙秘権を貫くことにする。


「おや、沈黙ってことは肯定しているのと同じだよ?それとも君は日本に住んでいるのに日本語もわからないのかな?もしかして、時が戻っちゃった?アウストラロピテクス?Can you speak Japanese?(日本語喋れますか?)」


「喋れるし、生粋の日本人だ。ていうよりなんだよ、アウストラロピテクスって、今この時代にそんなのいたら僕もびっくりだよっ!」


「あーれー?低能な君の脳でもアウストラロピテクスのことはわかるんだね?よかった、頭いいじゃん。えらいえらい」


「お前それ明らかに馬鹿にしてるだろ……。別に無許可でしているわけではないぞ?ちゃんと教師の許可もとってるし、誰もやらない進路相談室の掃除の代わりにときどき使わせてもらってるだけだ。けどもし二階の生徒会室に影響があるなら、もう弾かないから許してくれ」


「……へぇ、随分素直だね」


 そう言って僕は頭を下げる。

 よし、このまま謝っておけば、あとはスムーズに帰れる。


「ふーん。それじゃあ、許してあげるかわりに僕の言うことを一つ聞いてよ」


「……は?」


 そう言ってゆっくり僕の目の前にきて、両手でそっと僕の頬に触れる。

 なんて細くて繊細で、それでいて冷たい指先だ。

 触れた指からピアノにずっと触れている手とわかるのは、僕も同じピアニストだからだろう。


「……っ」


 夕暮れが差し込む教室で二人きり、まるで映画のワンシーンにありそうな展開。

 だが、心の中は「早く帰りたい」と切実に願うばかりだ。


「今から詳しい話をするから、生徒会室にきて」


「ちょ、おい!話が全然見え」


「いいから、は・や・く・き・て!!」


「……ご、強引過ぎるだろっ!?」


 僕は彼女に手を握られ、生徒会室に向かって連れ出されたのだった。



♯♯♯



「それから、生徒会に連れ出されたのがきっかけで」


「ちょっと待ちなさい」


「え、何?」


「話の前に、その女誰かしら?手を繋いだなんて、羨ましいことを……くっ」


「あのー、ちょっと、音羽さーん?い、痛い、頬が凄く痛いんだけど?同じCRSピアニストの女の子ってさっき話をしたばかり……とても痛いんですが、音羽さん。なんでそんなに頬を膨らませながら僕の頬をつねって怒っていらっしゃるのかしら?あと、最後なんて言ったんだ?手がどうのこうの……」


「何のことかしら?知らないわ、話を続けなさい。あと、その口癖に悪意を感じるのは気・の・せ・い・よ・ね?」


「気のせいなのだけれど……って!待った、待った!冗談だって、ギブギブ!!どっからホチキス取り出して、僕の口の中にホチキス入れようとしてるんだよ!?」


「止めるわよ?」


「そのネタまだ続いてたの!?」


「セロハンテープで」


「だから洒落になってない……って、あれ?意外と優しい?」


「ふんっ……続きを聞かせて頂戴」


「あ、ああ……」



 頬を膨らませた音羽を見て、ちょっと可愛いなって思ったのは、内緒だ。



♯♯♯



「ただいまー」


 僕が脳内で色々と混乱している間に、いつの間にか生徒会長室についていたらしい。室内には僕と生徒会長の神楽つづり。そしてメガネをかけたイケメンがそこにはいた。


「お疲れー、つづり。そいつが例の?」


「ええ、そうよ。アウストラロピテ」


「早見優人だ、誰がアウストラロピテクスだよ。こっちは忙しいんだけど」


「君にピアノ以外は、忙しいもなにもないと思うんだけど?」


「は?僕はこう見えてとても忙しいからな?例えばほら、あれだよ。家に帰ってピアノしたり、あとは読書だろ?それとピアノのメンテナンスに、それから……あれ?」


 僕って、ピアノを抜きにしたら、意外と忙しくない?


「ほら、やっぱり」


「へぇー、君の家ピアノがあるんだね!今度弾いてみようかな?」


「おい、そこのイケメンメガネ。僕の家には絶対入れないからな?もしかして狙ってんのか?よし、とりあえずそこの窓から飛び降りたら考えてやらんでもないから……ほら、行くんだ。急いで」


「いやいや、ここ二階だからね!?普通に死ぬから!!じょ、冗談だって。優人君だっけ?まぁまぁ、そこで突っ立てないで、座りなって」


「いきなり下の名前で呼ぶな、ていうか誰?僕にそんなイケメンでリア充(笑)な知り合いはいない」


「うわっ、ひっどいなー。それじゃ、自己紹介からね。俺は成瀬清隆なるせきよたか、君と同じ高校三年生さ。現在は生徒会副会長をしているんだ」


「聞いてないんだが」


「まぁまぁ、そして君の横にいるのが我らの生徒会長様で、学園の皆が知っている、神楽つづり。君が早見優人君だね。ほーら、俺達もう友達だね!」


「「……うざっ」」


「二人揃って言わなくても、いいんじゃないですかねっ!?」


 思わず生徒会長の神楽つづりと口が被ってしまう。

 爽やかすぎる笑顔だし、本物のリア充ってみんなこういうのばかりなのか?

 ……うわぁ、本気で帰りたい。とっとと用件だけを聞いて帰ろう。


「それで、一体なんの用だよ?」


「君を呼んだのは、他でもないんだ」


 つづりは室内の窓を開け、冷たい風が室内を舞い込む。

 カーテンがゆらりと揺れ、夕暮れ時だからか窓から陽が差し込んでいた。

 そして、満面の笑みでこう言葉を続けたんだ。



「――――来月にある創立記念日であり、皆大好きクリスマス・イブの文化祭で、僕たちとバンドを組んで欲しいんだ!」



「……帰っていいかな?」


 会長の言葉に思わず頭を抱えてしまう。

 これが僕たちの物語の始まり。

 両手が壊れる前の、学生時代で唯一の思い出とも呼べる過去の青春と呼べる物語。


 ――――神楽つづり、成瀬清隆。


 二人との突然の邂逅かいこう

 この出会いが、僕の今後の運命を大きく変えるとも知らずに。

 運命の歯車は、こうしてゆっくりと動き出す。




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