episode30:どうして男の子は大切な者の為ならば、無理をするのが好きなのかしらね



【~白雪side~】


 パパが、曲が終わったと同時に次の曲を奏で始めた瞬間、私はリハーサルとは違う展開に思わず横を振り向いてしまう。 



「――――白雪。これが、僕の本気だ。ついて来いよ」



 ――――energicoエネルジコgrandiosoグランディオーソ


 ラプソディ・イン・ブルーが終わったと同時に、パパがこのまま次の曲に入るんだと、少し遅れて理解する。


 間違って演奏を始めたわけじゃなくて、意図的に。

 それも、いつもより雰囲気が全く違う音だった。

 出遅れたけど、なんとかパパの主旋律についていこうするけれど……っ。


「……っ、ついていけないっ!?」


 早い、早すぎる……っ!?

 今まで聞いたことのない音。

 まるでメトロノームのようにアレンジされ、曲そのものが緻密に繊細に構成されていく。


 低く、冷静で、完璧な音。

 誰も寄せ付けない圧倒的な存在感。

 弾いている私の存在が意味をなさないくらいに、音に力の差が出始めている。


「……これが、音殺しサウンド・キル


「凄い……」


「元騎士Ⅳの早見優人……っ、これほどまでなのっ!?。今のCRSの騎士たちよりも上回っているような……っ」


 目の前で見られている舞台を生かして、細かい体の使い方と指の動き。

 ペダルを踏むタイミングと、観客に分かるように視線を釘付けにする一音の丁寧さ。


 そして、それを観客が違和感なく魅入られるように、敢えてその空間を音で作って見せる弾き方で、観客全ての視線を虜にする。


 さっきまで会場が揺れるほど騒いでいた観客たちが、パパが奏でている今この瞬間、まるで洗脳をしたかのように、嘘のように静かに視線が集まっているのが肌で感じる。


 剣のように鋭く、風をその剣で切る静かで強い音色のイメージが、会場全ての音を支配し切って、無に帰す。


 まるで、音の命を無慈悲に刈り取る騎士の力に、会場中が圧倒されている。


「これが、パパの本気、なんですね……っ」


 家族であり、身近な憧憬しょうけいであるパパ。

 今まで本当の娘みたいに私を身守ってくれていた。

 それは、今も変わらない。


 だからなのか、どこか遠くから優しく見守るような、私の成長を促すような演奏だった。

 けれど、今は違う。

 

 音を聞けば、誰でもわかる。

 これは娘としてではなく、一人のピアニストとして、認めてくれた音だ。


 高みへ手を伸ばせ、僕に追いついてこい、もっと、もっと……。

 音の向こう側まで共にいこうと言っているのがわかる。


 私はパパに今まで甘え過ぎていたのかもしれない。

 私は一人のピアニストじゃないか。


 こうして、与えられたチャンスに答えないで何が天才だ。

 何がパパの、早見優人の娘だっ!!


 伸ばせ、伸ばせっ……。

 その手を、その場所にいきたいのであれば、もっと限界のその先まで手を伸ばせっ!!


 どうすれば、パパに答えられる?

 どうすれば、あの高みにもっと手を伸ばせる?

 

 もっと、もっと、もっと……っ!!

 考えろ、イメージしろ、心を燃やせっ……。

 その圧倒的な力に抗う力を求めるんだっ!!


 いつまでその生ぬるい空間に甘えている?

 あのとき大会で、誓ったじゃないか。

 パパに本当の意味で届けられなかった勝利の音を。

 もう負けないって決めた、あの瞬間の想いの音を思い出せっ!!!!



「――――私はもう……っ、誰にも負けないんだからっ!!!!」



 ――――そして、音が変わる。



「……っ!?へぇ……っ。僕のアレンジを乗っ取って、主旋律を弾いている白雪自身の元へ観客の視線を集め直したか……。いいね、初の親子喧嘩っていうわけだ。上等だ……っ、遅れるなよ?もっと飛ばすよ」 


「……っ、はいっ!!絶対負けませんからっ!!」



「「――――――――♪」」



♯♯♯ 



「早見君……っ」


 演奏している二人に観客が飲み込まれている最中、私はが気になり、気が気ではなかった。


 隣にいる元プロピアニストの父は目を細め、集中して聞き入っているというよりは早見君の演奏姿を観察していた。いつも適当にふざけているのに、こういう顔をしているってことは、もしかして……。


「……もしかして、気づいてたのかしら?」


 早見君との約束で、父には伝えていなかった。


 もし父が全く気がついていなくて、何のこと?と言ったのであれば「何でもないわ」と返答し返すつもりだったけれど、私の質問に対して、父は小さく頷いたのだ。


「そうだね、今の彼の演奏を聞いて今に至ったよ」


「……そう」


「上手く隠しているようだけど、?」


「具体的な月日はわからないわ、私たちと出会った時にはもうすでにそうなっていたから」


「その様子だと、具体的な理由までは知らないみたいだね」


「ええ、そこまでは本人にも聞いていないわ」


「何があったかは知らないけど、。練習中の彼の音は現役の頃の演奏と比べると、少し深みがなかったんだけど、奏ちゃんの話を聞いて納得したよ」


「今からでも止めるべきかしら?」


「その質問はズルいなぁ、奏ちゃん。彼の顔を見てごらんよ?」


 視線を移して彼を見ると、本当に嬉しそうに楽しく演奏しているのが伝わる。


 頬に汗をかき、誰にも気づかれないように、隣で弾いている白雪さんにも気づかれないように音を奏で、観客を魅了し、誰しもが彼に憧憬を抱く素晴らしい演奏だった。


「ごめんなさい、あんなに嬉しそうにされると止められないわよね」


 苦笑いしながらも、曲がもうすぐ終わりを迎えようとしていた。


 このあとは、白雪さんのソロ演奏だから、暫く彼は休憩なはず。

 すぐに、駆け付けられるように準備をしなくてはならない。

 どうしてでしょうね、つくづく男の子というものはわからない。



「――――どうして男の子は大切な者の為ならば、無理をするのが好きなのかしらね」




 奏でられる音には軌跡がある。


 そこでしか生まれない音がある。


 彼が奏でる音には、きっと意味があるから。


 だからこそ……。


 一つの軌跡がまたこうして音として、誕生するのね。




「「「「――――――――ワァァァァァァァァァァァ!!!!」」」」




 そして、いつまでも聞いていたい彼ら二人の曲が大きな拍手と歓声に包まれる。

 大歓声の中、私は頬に伝う涙がぽたぽたと地面に落ちる。


 彼を見ると「パパは休憩だ。あとは、任せたよ……」と、白雪さんに微笑んでいた。


 そして、白雪さんのに、舞台裏に歩いていく姿を私は一秒でも早く追いつく為に、必死に追いかけたのだった。

 

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