episode29:白雪、これが僕の本気だ。ついて来いよ


 ――――出だしはespressivoエスプレッシーヴォ


 表情豊かな音を一音奏でる。

 楽しいことが今からやってくるのではないかという期待感。

 それを音として表現し、観客の心を満たしていく。


 観客も今か今かといつの間にか待ち構え、心が最高潮の期待感の波を読む。

 同時にその期待に応えるように、白雪はcantabileカンタービレの音色を奏でる。


 曲は、アメリカの完璧な作曲家として知られるジョージ・ガーシュウィンの代表曲とも言える「ラプソディ・イン・ブルー」だ。


 白雪と音羽、店長も交えて全員で話し合い、決めた曲の一つだ。

 僕らが自由に青空に大きく羽ばたく前の序章曲。


 「この曲は青い」という言葉の題名のとおり、僕らはまだ青く、旅の途上だ。

 白雪のように、楽しくファンタジー風の楽曲で演出する。

 

 まさに、白雪に相応しい曲だとも言える。

 ちなみに、僕からの指示はただ一つ。



 ――――アレンジで、僕を上回って見ろ、だ。



「さぁ、白雪。いつでもかかってきな」


「よーしっ、行きますよ!!パパっ!!」



 跳ねる、飛ぶ、歌う……。

 

 それも決して自分勝手でなく、作曲者の意図をしっかり理解した上で、序盤からアレンジを加えてきた。


「おいおい……っ、いきなりかよっ!」


「えへへっ、もっといきますよっ!」


 そう言って、さらにアレンジを加えてくる。

 横目で見ると、とても楽しそうだった。

 おいおい、そんなに楽しそうに音を歌わせるなよ。

 

 しかも、そのしてやったりな顔をしている白雪に対して僕は、思わず笑みがこぼれてしまう。

 このピアノ馬鹿の娘には困ったものだ。


 それじゃ、僕も自由にさせてもらうかなっ!!

 capricciosoカプリチョーソを意識して、会場の意識を僕へ、別世界へいざなう。


「あっ、ずるい!!せっかく私の世界に連れてきたのに」


「……くくっ、ごめんね。ほら、白雪も拗ねてないで、あれをしようよ!」


「あれですねっ……わかりました、いきますっ!!」


「「せーのっ!!!!」」


「「――――――――♪」」


 二人の音が激しく熱情的なアレンジを加えて、僕と白雪の音が同時に重なり、会場が自然と手を叩くように誘導していく。


「凄い……」


「二人とも、とっても楽しそう……っ!!」

 

「な、なんて気分が上がる音なのっ!!あの二人一体何者!?CRSの大会にはエントリーしないのかしら?な、名前はっ!?」


「名前は、えっと、パンフレットが確かここにっ……あった!早見優人と白雪?」


「早見……おいおい、待てよ。そういえば昔、聞いたことがあるぞ。高校三年生の最年少でCRSランク:騎士。ナンバーⅣの称号を持ちながらも、突如CRSの世界から姿を消した音殺しサウンド・キルの異名を持つ天才ピアニスト、早見優人。もしかして……彼があのっ!?」


「ええ、そうよ。彼は今日この日、銀髪の少女と共に未来へ旅立つ日なの。彼らの本当の物語が今ここから始まるっ!」


 一人一人の声が直に、耳に直接入り込んでくる。

 当然だ、大きなホールステージとは違って、至近距離から見られているのだ。


 それにしても、音羽も余計なことを解説をしてくれるな、全く……。

 これで、下手な演奏ができなくなってしまったじゃないか。



 ――――でも、私たちの物語が始まるのは、本当ですよね?



 音を通して、白雪が語りかけてくる。

 ……ああ、そうだな。


 こういう場所で演奏は何度か経験があるけれど、連弾での演奏は初めてだから、僕も柄にもなく気分が高揚してくる。


 こういう気持ちを言葉にすると、なんていうんだろう?

 鳥が羽ばたく前の気持ちが……。

 魚が泳ぐ前の気持ちが……。

 音に向かって走り出す白雪の気持ちが、今ならわかる気がする。


 あーあ、今までならこんな気持ち絶対思わなかったのになぁ……。

 僕も、白雪に毒されてきた証拠かな。

 弾きながら自分の両手の状態を確認する。


「……っ、まずいな。



 曲も終盤だ。

 白雪と二人で連弾で奏でる機会なんてそうあるもんじゃないし、もしかすると……。

 

 いいや、百パーセントの確率でこのことを知っている音羽には、こっぴどく怒られるのは目に見えているが、こういう場にはサプライズがつきものだし、せっかくの門出だ。



「――――見せてやるよ、白雪」



 曲が終わると同時に、鍵盤に強く触れ、音を奏でる!


「えっ、パパ!?」


 本番前のリハーサルとは全く違う展開に、横にいる白雪は戸惑いを隠せない。

 リハーサルでは、ここで挨拶の予定だったが、サプライズはCRSでは定番だよ。


「まさか早見君っ!?あのを外す気で……っ、やめっ――――」


「――――音羽。あとは、よろしく頼むよ」


 に気づくのは音羽一人だけだったが、弾き始めたら、もう止まらない。

 今音羽に事前に頼んでおいたから、後の処理はしてくれるだろう。


 僕は再び音を出す瞬間に、全ての存在する音と感情。

 会場で今見ている観客の息遣いすらも、この一音で支配する。



「――――白雪、これが僕の本気だ。ついて来いよ」


  

 ――――energicoエネルジコgrandiosoグランディオーソ


 

 力強く、壮大な音を同時に入れる。

 畳み掛けるテンポのいいメロディが特徴の曲。



 ――――バーンスタイン:キャンディード序曲。



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