episode28:その姿、思わず見惚れてしまったわ。カッコイイわよ


♯♯♯


 演奏会当日の朝。僕はネクタイを締め、久しぶりのドレスコードに少し違和感を覚えつつ、舞台裏にて、白雪が演奏会用にドレスを着飾っている間、現在の状況を伝えるべく狂姫こと東雲静に連絡をして、これまであった経緯を話すと盛大にため息をつかれた。


「はぁー、早見少年よ。報告が遅いぞ、社会人の基本はホウ・レン・ソウだ。ちなみに上司に必ず言われるランキングでは、上位にノミネートされるから覚えておくように」


「あー、すみません。やっぱりダメでしたか。罰金とかかかっちゃいますよね」


 契約項目の一番目に確か書いてあった。


 一 Project白雪は政府が試験的に実施するものであり、原則決して情報を故意に漏洩してはならない。情報が漏らしてしまった場合、賠償金として一億円を払ってもらいます。但し、担当が良しとすればそれは漏洩と認められない、だったか。


 ここでわかるのは、ただひとつ。

 東雲静の裁量ひとつで、僕の人生をすぐさま終わらせることもできるというところだ。


「コツコツ返していくので、ローンを組んでいいですか?」


「それがわかった上で正直に言うものがあるか、馬鹿者。こういうのは隠しておけばいいんだ。心配しなくても、こういう事態もこちらとしては想定内だから安心したまえ。そこにも書いてある通り、、今回の件は一の項目には当てはまらないよ。気にするな」


「……そ、そうですか。安心しました」


「くくっ、君の焦った顔を見れなかったのは、個人的に残念だけどね」


「勘弁してください、心底ホッとしているんですから」


「これくらいの軽口は許せ。それにどちらにしても、ニート候補生と捨て子が誰かの助力がないとやっていけない状況をこちらも考慮しないといけないことがわかったし、結果的に君たちがいい方向に向かっているのであれば、それでオーケーさ。それに……」


「……それに?」


「くくっ、いいや。どことなくだが、君の声も少し明るくなったみたいに聞こえてね。白雪と出会って今までの生活とはだいぶ変わってきたのではないか?」


「……否定できません。今までの僕なら、ピアノに触れることすら考えられなかったのですから、こうして今ピアノに触れているということは、そういうことですね」


「あははっ!流石の音殺しサウンド・キルも、白雪にはある意味手を焼いているみたいだね」


「全くですよ……。でも、出会えてよかったと思ってます」


 白雪に出会って、色んな人と深く接するようになった。音羽や狂姫、店長だけでなく、今では白雪と買い物に行くときに、出店のおじさんやおばさんに声を掛けられることだってある。


 この間なんて、お惣菜を買いに行く時に、白雪にいつもよく喋ってくれるおばさんに「早見のお兄さん、コロッケサービスしとくから、白雪ちゃんと二人でお食べなさいな」と、数十個もらったときには、苦笑いを隠せなかった。


 流石に、この量を無料でいただくわけにはいかなかったので、今日の演奏会の料金を僕の給料から差し引いて、無料で見られるように一番前の指定席で招待しておいた。


「よかったよ、これを機に少しはProjectに対して、君なりに前向きになれたようだから伝えておくが、君は第一被験者だ。君の行動一つで、今後のProjectのしくみが組みあがっているから、心に止めておきたまえ」


 確かに、今回の行動は軽率だったかもしれない。このProjectの本来の目的は、ニート候補生の更生と同時に、捨てられた子供たちの未来の為のProjectなのだ。


 今度何かをするときには、必ず報告、連絡、相談をすることを心に誓う。


「肝に銘じておきます」


「よろしい。それじゃ、今から演奏だからね、そっちの演奏会の結果もよろしく頼むよ。直接行けなくて悪かったね」


「えっ、今演奏前だったんですか!?」


「ああ、そうだよ。君から連絡がきたから、時間を延長してもらっているところさ」


「ちょっと、それまずいんじゃ」


「あははっ!なーに、観客やスタッフを困らせるのも演奏家の仕事さ。さて、隣で泣きじゃくっているマネージャーもいるんでね、そろそろ切るよ。騎士ナイト小童こわっぱ共を黙らせてくる、生意気にもこの私に勝負を挑んできたからね」


「しかも、騎士との一騎打ち!?負けるとCRSランクが入れ替わる大事なやつじゃないですか!?」


「私を誰だと思っているんだね。泣く子も黙る狂姫だから大丈夫さ。それじゃ、君たちの演奏会が上手くいくように健闘を祈っているよ」


 そう言って、電話を切られた。

 僕の周りの女性達は逞しいなぁ……と、しみじみ独り言を思わず呟いてしまった。



♯♯♯



「お待たせ、準備はできているかしら」


 黒色のドレスを身にまとい、真っ暗な瞳孔の奥に言いようのない妙な威圧感があるのは、相変わらずだった。姿だけなら、彼女がピアニストといっても誰も疑わないだろう。


「ああ、指も動くし準備万端だよ。白雪はいないのか?」


「ふふっ、パパに見せるのが恥ずかしいみたいよ。私の後ろにいるわ、白雪さん?」


「わ、わわっ、音羽さん!待って下さい!まだ心の準備が~~っ!?」


 よく見ると、銀色の髪が僅かに揺れ、もじもじと恥ずかしそうに音羽の背中に隠れて顔だけ出している白雪の姿が見えた。


 端からしか見えないけれど、頬が真っ赤な林檎のように染まっているのがわかった。


「おお……っ、えっと……」

 

 そうもじもじされると、こっちまで見るのが恥ずかしくなる。


 どうすればいいかわからずに頬を掻いていると、仕方なさそうに僕に微笑み、音羽は白雪の背中をポンッと押す。


「ほら、白雪さん。演奏前に言うことあるんでしょう?頑張りなさい」


「は、はいっ!えっと……それじゃあ、パパ。笑わないでくださいね?」


「ああ、笑わないよ。見せてくれるか?」


「ど、どうぞ……」

 

 ゆっくり音羽の背後から不安そうに姿を見せる白雪。

 真っ赤な深紅のドレスに、黒色の高めなヒール。

 前回の白色のドレスもシンプルで似合っていたが、それ以上に似合っていた。


「ど、どうでしょうか?」


「あ、ああ……っ。そうだな」


 感想を言うプロがいるのだとすれば、どう表現するのだろうか。

 適切な表現とか、綺麗な言葉とか、そういうのはよくわからないけれど……。

 僕は、素直にこの言葉を送ろうと思う。



「――――凄く決まっているよ、白雪」



 目を大きく見開き、満面の笑みで微笑む。


「よしっ、えへへっ!ありがとうございますっ!」

 

「ふふっ。早見君にしては、上出来な言葉ね」


「ほっとけ。それと、言い忘れていたが、音羽のドレスも似合っているぞ」


「……~~っ。馬鹿言ってないで、よろしく頼むわよ。私は開演挨拶をしてくるから。白雪さんも頑張ってね」


「はいっ!音羽さんもサポートよろしくお願いします!」


「任せときなさい、それと早見君。耳を貸してくれるかしら?」


「いいけど、まだなにかあるのか?」


「ええ、言い忘れたことがあるわ」


 そう言って、僕の耳元までくる。

 音羽の長い黒髪が僅かに風に靡き、僕の頬を擽る。

 そして、そっと耳元でこう囁くのであった。



「――――その姿、思わず見惚れてしまったわ。カッコイイわよ」



「なっ!?」


「ふふっ、それじゃあ、お先に」


 僕の顔を見てしてやったりとした不敵な笑みを浮かべながら、舞台挨拶に向かう。

 

「……っ、演奏前に余計な言葉を残しやがって」


 ていうかここ、暖房効きすぎじゃない?

 顔が妙に熱いのはそのせいだから。

 決して音羽に言われたことで頬が赤くなっているわけではないから。

 

 大事なことだから、二回言うけど、暖房のせいだから。

 ……って、誰に僕は言い訳しているんだろうか。

 首を横に振り、気を取り直して本題に入ることにする。

 

「それで、白雪。僕に言いたい事って?」  


「はい、演奏前に必ず言葉にしていることがあって、それをパパと一緒に言いたいなって」


「いいよ、何を言えばいいんだ?」


「ありがとうございますっ!えっと、ですね……」


 耳元でごにょごにょっと、囁かれる。


 白雪の話を理解し、コクッと頷く。

 僅かな緊張感と高揚感を胸に残して、舞台に上がる。


「それじゃあ、せーので一緒に言うぞ?」


「えへへっ、はいっ!」


「「――――せーのっ!!」」




 ――――では、登場してもらいましょう!!

 当店自慢のピアニストによる演奏会の始まりです!!



 

 「「――――さぁ、物語を始めようっ!!」」





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