episode27:旅をしない音楽家は不幸になるんだから


♯♯♯


「――――早見君、父から話があるみたいよ」


 少し赤面しながらいつもより高い声音で会談室に入ってくる音羽と、目を見開きながらも嬉しそうに引っ張られる白雪を見て、僕は疑問に思う。


 「なにかあったのか?」首を傾げながら尋ねると、二人は揃って顔を合わせ、微笑みながら口に人差し指を当て、「「女の子同士の秘密よ」ですっ!」と、声を揃えて事を隠された。


 なるほど、これが乙女の秘密ってやつなのか。


 少し気にはなるが、当人たち曰く、とのことなので、諦めることにする。


「パパ、練習お疲れ様ですっ!」


「白雪もお疲れ様。しばらく時間を空けてすまない、お腹空いていないか?」


「大丈夫ですよ、さっき音羽さんと買い出しに行って帰ってきたときに、サンドイッチを食べたので、むしろお腹いっぱいです。パパの分もありますよ、どうぞっ!」


 白雪に両手で差し出されるサンドイッチを受け取り中身を確認すると、一番美味そうなたまごサンドだった。


 たまごサンドってどのお店に行っても味が微妙に変わるから味にサプライズがあって、食べ応えがあるんだよな。


 丁寧にサランラップで包装している辺り、どこかの店で買ったものだろうか。


「ありがとう、ちょうどお腹空いてたんだ。音羽、面倒かもしれないけど、白雪の分と僕の分を今月の給料から差し引いておいてもらえるか?」


 音羽はやれやれと言わんばかりに首を横に振りながら、ため息をつく。


「いいわよ、それくらい。あなたたちの素敵なピアノ演奏を無料で聞かせてもらっているのだから、お互い様よ。それに……」


 白雪に聞かせたくないのか、音羽は僕の耳元まで近づき小声で呟く。


「早見君、今は生活費キツイでしょう?白雪さんの為にも、小さいお金でも取っておきなさい」


「いや、それは流石に」


 「遠慮しておく」と言おうと思ったが、僕はその言葉の続きを言うことをやめる。


 一人だけの問題なら言えただろうが、冷静に考えると今は白雪もいる。実際、貯金残高が四桁切っている状況があったことも事実だ。ここは、音羽の厚意に甘えることにしよう。


「……いや、悪い。必ず借りは返すから」


「バカね、これくらいのことで借りだなんて大袈裟よ。ほら、お腹空いているんでしょう?食べて早く父の所へ行くわよ」


「ああ、いただきます。……って、これめちゃくちゃ美味いな」


 三口ほどで食べ終わり、水を飲み干し、手を合わせる。


「ご馳走様でした」


「……どうも、お粗末様。ほら、行くわよ」


「えっ?」


 後日談になるが、このたまごサンドがあとになって、音羽からもらう初めての手作りサンドイッチと聞いたのは、また別の話だ。



♯♯♯



 下の階に降りると、店内の一部の照明は消されており、店長がなにやらカウンターで作業をしている姿が目に映った。


「やぁ、待っていたよ。お疲れ様」


「お疲れ様です。ピアノ使わせていただきまして、ありがとうございました」


 スタインウェイ・アンド・サンズのピアノを、仕事が終わった後すぐに練習で弾けるなんてどこの職場を探しても見つかるわけがない。


 このご時世、何をするにしてもお金がかかる世の中だ。

 無料でこれだけ練習できるのは大会前の僕たちにとっては正直、有り難い。


 僕は、感謝の意味を込めてしっかり頭を下げる。

 音羽家には、本当にお世話になりっぱなしだ。


「お安い御用さ、ちょっと待っててね」


「はい……って、店長。何しているんですか?」


 脚立を立て、壁に何かのポスターを飾っていた。


 初めて見た見慣れない手作りポスターの絵に描かれていたのは、黒髪の青年の姿と銀髪が目立つ少女が一緒に座ってピアノを弾いている絵だった。


 ……って、これは!?


「僕と白雪……だよな?絵のことは詳しくないが、結構上手いね、これ」


「はいっ、すっごい上手です!!」 


「そうだよね、僕も思ったよ。よかったね、奏ちゃん」


「へぇ、音羽が描いたのか。驚いた」


「……な、なんのことかしら?」


「お前、そういうとこ素直じゃないよな。褒め言葉くらい受け取っておけよ」


「黙りなさい、ホチキスでその口を止めるわよ」


「失礼、噛みました」


「わざとね」


「かみまみ……って、このネタ知っているのか?意外だな」


「最近読み始めたのよ、面白いわよね。あなたこそ、英文学や純文学ばかりで、この手の物は読まないと思っていたのだけれど、意外ね」


「最近の僕は、結構雑食なんだよ」


「なるほど、つまり浮気しているわけね」


「それは、言いがかりにも程があるだろっ!?これは参考資料だよ、少しでも音に影響するならいろんな物語を見るに限るからな」


「浮気する人は皆、そう言うわ」


「とんでもない理論だな。……あれ、ちょっと待って。なんで僕、音羽と同じ本をたまたま読んでいただけで、こんだけ責められてんの?」


「責められるの好きでしょ?早見マゾ人君」


「ロリにマゾって、それだけ聞いたらめちゃくちゃ変態じゃないか……。そういう音羽はSっ気が強いし、別名都市の破壊者ならぬ一般論の破壊者ってことで、ギリシャ神話でいうエニューオーってとこか?」


「殺戮および戦闘の女神だなんて光栄ね。あなたにとってピッタリみたいだし、本当にホチキスであなたの口を止めましょうか?」


「ちょっと待て、冗談だ!!なんで、袖からいきなりホチキスが出てきてんだよ、怖いよ」


「冗談よ」


「冗談のクオリティがとんでもねー。あとで、感想でも言い合って洒落込むとするか?」


「ええ、賛成だわ」


「ほぇーっ、なんだか二人とも息ぴったりです!!」


「「それは、気のせい」」


「ふふっ、やっぱり息ぴったりですっ!……それより、パパ?マゾってなんですか?」


「子供にはまだ早いから、あとで国語辞典で調べてみなさい」


「はーいっ!」


「ヘタレ」


「この手の説明は、パパとしては説明しづらいんだよっ!?音羽も母親になってみればわかる」


「いい、白雪さん?マゾっていうのは、正式にはマゾヒストと言って」


「僕が悪かった、降参だ」


「ふっ、勝ったわ」


「君たち、仲がいいねー。ひゅーひゅーっ」


「「死んでください」」


「なんで、僕だけこんな扱いっ!?」


 そんなやり取りをしながら僕たちはカウンターの椅子に腰かける。


 月の兎の座面が高いからか、白雪も僕の隣に座るが視界の端で、床に届かない白雪の足がゆらゆらと揺れていた。


 これから話すことを知っているのかはわからないが、陽気なリズムで足を揺らしている様にも見える。


「……よしっ、こんなものかな」


 音羽が作った手作りポスターを貼り終えたのか。

 店長はカウンター越しに僕たちの前に座って、ひと息ついていた。


「……さて、話っていうのは他でもない。まさに、その絵に関係していることなんだけどね」



 ――――君たち二人には、連弾れんだんで演奏会をしてほしいんだ。



「連弾で……」


「演奏会、ですか?」


 にっこりと笑みを浮かべ、僕たちにウインクしながら口を開く。


「そう、日時は二週間後。丁度、CRSランクアップ戦の一週間前くらいかな。君たちにはお互いに一緒に演奏してもらったほうが、色々気付く部分も多いと思うんだ。もちろん無理にとは言わないけれどね」


「断れない状況を作っておいて、本当にあなたは人が悪いですね」


「なんのことかな?」


「わざわざ音羽の手作りポスターを話す以前に貼って、断れない雰囲気作りをするあたりがですよ」


「あはは、バレちゃったかな?」


「ここまでお世話になっているんだし、流石の僕も断らないですよ。出来ることならなんでもします」


 苦笑いしながら、頭を掻く。


「……連弾、か。その発想はなかったな」



 ――――連弾れんだん



 それは一台のピアノを二人で同時に演奏するという、 まさに互いを理解し、信用していないとできない芸当の一つだ。


 四手連弾よんしゅれんだんなどと呼ばれることもあるが、息が合わないととことん曲の質が落ちてしまう難易度の高いパフォーマンスだ。


 CRSでも舞台の上では、基本一人だ。

 技術も講師を付けて磨くものだが、店長こと音羽幹久は、やはり見る視点が違う。


 確かに、リサイタルとはいえ、は、きっと僕たちにとって何かしら影響を与えてくれるだろう。


 「死の音」と「生の音」、音の向き合い方が全く違う僕たちが、連弾というパフォーマンスで同時に触れ合うと、どういう音になるのか僕も興味があった。


「……わかりました。白雪との連弾、やらせていただきます」


「交渉成立だね、早見君、白雪ちゃん。月の兎リサイタル、必ず成功させよう!その間は僕たちが宣伝しておくから、集中して練習してくれていいからね!」


「ええ、その通りよ。一緒に頑張りましょう!」


「「はい、よろしくお願いします!」」




【~白雪side~】



「いよいよ、明日が演奏会かぁ……」


 私の指先に熱が僅かに帯びる。止まっていた時間がゆっくりと動き出すのを感じ、これまでの人生で思い返してみると、ここまで楽しいと感じたことがあったことがあっただろうか。


 眩しくて、慣れなくて、苦しくて。今あるこの瞬間は、きっともう二度と来ないんじゃないかと思ってしまうくらいに、キラキラと綺麗な音で輝いていた。


 店長さんが教えてくれる知識の音。

 音羽さんがサポートしてくれ心を癒してくれる微笑みの音。

 そして、パパと二人で練習してどんどん高みへ登っていく音。


 こんなどこにでもありふれた日常の音が、たくさんの音が私の周りでは溢れていて、油断すると涙が流れそうになる。



「……もっと、高みへ行くんだ」



 止まるな、私……っ。


 走れ、走れ……っ。


 私は、走り続けるんだ……っ。




「――――旅をしない音楽家は不幸になるんだから」




 ――――そうして、演奏会の日がやってきました。





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