episode23:……はぁ。バカ、鈍感、ヘタレ、ロリ



 ――――会談室。


 完全予約制で、お客様がなにか知られたくないことを話す際に使う一室として使われる部屋で、完全防音で二階の音は下の階には全く聞こえないらしいが、自分がお客様として入ったのは最初に音羽に会った時と合わせると二度目になる。


「……初めて会ったときのことを思い出すわね」


 同じことを考えていたのだろう。

 そう言いながら、普段あまり見られない表情で、優しく微笑む音羽。


「ああ……。ここに入るのも、随分久しぶりな気がするな」


「今から聞く話の内容的に丁度いいかと思って、部屋を予約しておいたのよ」


 やはり、フランスの女帝ことクロエ・リシャールと戦った時の女の子となぜ一緒にいるのか知りたい為の呼び出しで間違いないだろう。


「ありがとう。僕のほうでもここに来る途中、音羽と出会った頃の話をしていたところだったんだ」


 横にいる白雪の頭を優しく撫でながら、音羽にそう伝えると「えへへっ……」と照れくさそうにもじもじしていた。


 ああ、癒されるなぁ……。この子の周りではマイナスイオンならぬ、それを遥かに超えるシラユキイオン(勝手に僕が命名)が湧き出ているのではないだろうか?


 家に帰り着いたら少し長めに頭を撫でてやることにしよう。

 これで世界が救えそうだ、シラユキイオン万歳だな。


「……そう、懐かしいわね。あの頃のあなたは死んだ目をしていたけれど、今は少しずつ良くなってきているものね。それと、バカなこと考えてないで、こっちの会話に集中しなさい」


 そう言って、いつの間にか音羽は指先で僕の手のひらに軽く触れていた。

 これは……。


「お陰様でな、音羽のおかげだよ。そして、当たり前のように僕の思考を自然と読んでるんだよ、怖いんだが」


「実は私隠していたけれど、あなたの手のひらに触れると心が読めるのよ」


「えぇ!?そうなんですか!?」


 隣にいた白雪が目を見開きながら、驚きを隠せないでいる。


 相手の思考を読み解く力である読心力は確かにこの世に存在しているが、彼女の場合は、それには当てはまらない。


 なぜなら、このやり取りの意味は彼女なりのコミュニケーションだからだ。

 

 素直に白雪と直接話したらいいのに、音羽らしいといえば音羽らしいが、相変わらず独特で分かりづらい距離感の測り方だ。


「そんなわけないだろ、正解はシェイクスピアのロミオとジュリエットだ」


「ふふっ、正解」


「え?それってどういうことですか?」


 満足のいく答えだからか、コクコクと頷く音羽とは別に、白雪がキョトンと今のやり取りを見て、首を可愛らしく横に傾げている。


 それも当然、いきなり会話の流れが変わったから不思議に思っているのだろう。

 僕は、白雪にわかりやすいように説明することにする。


「今のは卓越した人間観察の天才、心理描写文学の作家であり、イングランドの詩人。ウィリアム・シェイクスピアが書いた『ロミオとジュリエット』という物語の文章から抜き取り、実際に行動し、これは何の物語でしょうか?と、物語のタイトルを当てる簡単な即興問題みたいなものなんだ。大抵の人は意味も分からず、会話が終わるんだけどな」


「あら、それにしてはすぐに答えが出せたじゃない。ちなみに今の問題は『手のひらを合わせて心を通わせるのも口づけだ』っていう表現が物語の中にあるからそれを問題にして、早見君に出したのよ。よかったら、あなたも一緒にしてみる?」


「はいっ!なんだか面白そうですし、挑戦してみたいです!」


 そう言って手を挙げる白雪に「ふふっ、なにがいいかしら?」と、顎に手を当て、数秒考えると思いついたようで「有名どころだけれど、わかるかしら?」と、窓硝子のあるところまでゆっくり進む。


 さっきまで差していた夕陽はいつの間にか沈み、満月が出ていているのを確認したあと「月が綺麗ですね」と微笑む。


「また、ベタなチョイスだな」


 王道中の王道、日本の小説家である夏目漱石だ。


 とある生徒が " I love you " という英文章を「我君を愛す」と訳したのを聞き、「日本人はそんなことを言わない。月が綺麗ですね、とでもしておきなさい」と言ったとされる逸話からこの時代まで長く語り継がれ、今日までに至る有名な話だ。


 主に、遠回しな告白の言葉として使われており、今でも日本ではこの例え方が深く愛されていて、色んな小説でもよく告白シーンでも使われているが、果たして白雪はこれの意味がわかるだろうか?


「はいっ!夏目漱石さんですねっ!」


「ええ、正解よ。次、早見君」


「はいはい、死んでもいいわ」


「よろしい」


 いやー、今日の音羽さんキレッキレで喋るなー。めちゃくちゃ機嫌いいもん。「次は何にしようかしら?」なんて無意識に独り言を呟いているし、気を回しているうちに本当に楽しくなって本来の目的を忘れてしまっているパターンだな、これ。


「ちょっと簡単すぎたかしら?」


「いやいや、充分だろ……。僕がこの子くらいの歳には夏目漱石の逸話なんて全くと言っていいほど触れてなくて知らなかったんだから、答えられたのは凄いよ。よく知ってたな、偉いぞっ!」


「えへへっ……ありがとうございます!そういえば、私たち自己紹介がまだでしたよね?楽しくて忘れてしまいましたっ、すみません」


「あら?そうだったわね、私としたことが迂闊だったわ。私のほうこそごめんなさい」


「いえいえ、そんなっ!私から自己紹介しますねっ!」


「ちょっ、白雪。待って、誤解を生む前に、先に」


 打ち合わせしておきたいっ!!と、言おうとしたが、時すでに遅し。


「初めまして、私の名前は早見白雪って言います。ですっ!」


 満面の笑みで音羽に自己紹介をする白雪。

 先ほどまでの温かい空気は一転、絶対零度と化してしまう。


 ……ああ、これは死んだな。


「なるほど、パパね……。そういうこと……。早見君っ!!」


「いやいやいやいや、ぜんぜんそういうことじゃないし、待って本当にっ!これには深い事情があってだな……っ」


「言い訳はあとから聞くから、そこに正座」


「あの、音羽さん。ここ床だし、寒いし、椅子に座って話がし」


「正座」


「話を聞いて、お願いしま」


「正座」


「……はい」


 僕はその場で素直に正座して、音羽の行動を見守る。白雪は自分が言った発言でこういう状況を作ってしまったことをすぐさま悟ってオロオロしだしていた。


 「あの、パパは何も悪くないんですっ!えっと、しーちゃんが連れてきてくれて、この人がパパだからって言ってくれて、それから色々パパは私の為に頑張ってくれて、ピアノの大会にまで出してくれて、沢山優しくしてくれて、お金をくれたり、撫でたり、抱きしめたりしてくれて……えっと、とにかく悪くないんですよっ!!」と代弁してくれているが、それは逆効果だ。


「あぁー、白雪さん」


 それ以上僕の傷を抉らないでくれーと願いながらもそんな願いは叶うはずもなく、容赦なく睨み付けられる。


「つまり、要約すると早見優人君は過去にしーちゃんという人物と会って、その……男女のおしべとめしべ的なことになって、白雪さんが生まれてきて、この早見人君が白雪さんとしーちゃんを何かしらの事情があって捨てて、ある程度の成長段階で『やっほい、ムフフ』と奪い去り、今は育てているとそういうわけね。道理で最近のはここにあまり働きに来なかったわけね。なるほど……」


「おいっ、めちゃくちゃ誤解してるから!しかも、微妙に噛み合わないその解釈マジでやめろ、説明させてくれ!!しかも、途中から早見優人君→早見ロリ人君→ロリって途中で面倒にならないで、もう少し頑張って、お願いだから。あと、ロリじゃないからね?」


「……ふふっ、冗談に決まっているじゃない。本当に楽しくなって本来の目的を忘れてしまっているパターンじゃないから安心しなさい。さて、ロリ人君。話を聞きましょうか」


「だから自然と心読んでんじゃねーよ。それに、その呼び名マジでやめろ。私今上手いこと言っているわって顔もついでにやめろっ!」


「あなたが私に隠し事なんてするから、ちょっと水臭いなって思っただけだから少し意地悪したくなったのよ。気づきなさい、バカ早見君。鈍感、すっとこどっこい」


「すっとこどっこいって……。いや、けどな。冗談抜きにして、このことを知ればお前」


「ひょっとして、音羽に迷惑がかかってしまうからとか考えてないでしょうね?」


「……っ!?」


「……はぁ、その顔は図星ね。この際言っておくけれど、どんなことがあっても私はあなたの味方よ。どんな状況でも、どんな境遇でも、例えどんな悪人に変わってでも、私はあなたの味方でいたいの。それは、一番の理解者でありたいと思うから。だから、今更迷惑をかけられないとか、巻き込みたくないとか言わないでちょうだい。それくらいで私は離れていくような偽物の関係じゃないわ」


 頬を真っ赤に染めながら口早に紡がれる彼女の言葉には、温かい赤色と黄色の感情が僕の心に突き刺さり、なんだか照れ臭くなってしまう。


 純粋で真っすぐで、それは紛れもない本物の感情で逸らされることのないまっすぐな感情に僕は胸が締め付けられる。


「音羽、お前僕のこと……っ」


「……~~っ、な、なによ?まさか気づいて……っ」


「そんなに、僕のファンなんだな。流石ファン一号なだけはあるっ!今度、僕の家で音羽だけの為にピアノを弾いてやるよっ!」


「……はぁ。バカ、鈍感、ヘタレ、ロリ」


「ほっとけ、それに、最後!最後のはマジでやめろっ!」


「……でも、本当にピアノは聞きたいわ、招待してくれてありがとう。もう弾いて大丈夫なの?」


 ――――彼女は、音羽奏という女の子は、


 だからこそ、僕の真意に触れながらも、決して深く踏み込もうとせず、寂しそうに微笑みを見せながらこうして心の底から心配し、僕の生きる道を否定せず、尊重し、そっと見守りながら、そして最後には潤んだ瞳を僕に見せるのだ。


 本当に、音羽は僕の恩人であり、今でもこうして僕をしっかり救ってくれている。

 だから、僕は色んな無茶ができるのだ。


 瞑目し、僕の答えを一言一句聞き逃さず聞いてくれる彼女に僕は感謝してもし切れない。

 だから、僕はそれにできるだけ応えようと思うんだ。


「ああ、もう大丈夫だ。聞きにきてくれるか?」


「ふふっ、もちろんじゃない。だってあなたのファン一号だもの。それに、早見君のピアノ再開と白雪さんは全く関係ないわけじゃないわよね?」


「……ああ、聞いてしまったらきっと面倒に巻き込んでしまうけど、いいんだな?」


「ええ、覚悟はできているわ」


 

 そう言って、僕は音羽にこれまであった経緯を話すことを決意した。





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