episode22:あなたは今、私の初めての唇を奪った責任でここで働くことを命じるわ


♯♯♯


「ふふっ、音羽さんとはそんな出会いがあったんですね。まさかパパの大ファンだなんてびっくりですっ!」


「まぁな、僕もびっくりしたよ」


「でも、一つ疑問が残るのですが、どうしてそれがパパにとっての恩人にどうしてなるのでしょうか?」


 上目遣いで見ながら「早く知りたいですっ!」と言わんばかりに、どんどん質問してくる。

 なんだか、ワクワクしながら尻尾を振る可愛らしい子犬のようだった。

 

「ふふっ、今日はやけに質問攻めだね」


「……あっ、ごめんなさい。やっぱりいけなかったですか?」


 顔を少し曇らせた表情になる。白雪の「やっぱり」という言葉に引っ掛かりを感じた。

 

 子供離れした白雪らしい優しい気遣いは大人でも気付きにくく、あまりに自然だった。

 相手を見て距離感を図り話す彼女の癖は、これまでの生き方に関係あるのだろう。


 僕自身、過去に触れる話をするのは自然と避けてきたところもあって、知らぬうちに白雪に気を遣わせてしまっていたのかもしれない。


 これからは気をなるべく使わせないようにしようと心に誓い、僕はわざとらしく咳払いをしながら、冗談交じりに白雪を嗜める。


「駄目だよ、白雪」


「あっ、ごめんなさい。聞かないほうがよかったですよね」


「違う、そうじゃない。僕らは、ほら……あれだ。わかるだろ?」


「えっと・・・・・・なんでしょうか?」


 僕が言い淀んでいる姿に白雪は可愛らしく困り顔で首を傾げてキョトンとしている。

 言葉にしないと伝わらないって、人間はなんて不便なんだろうと思う。


 目の前にピアノがあれば、音でこの感情を伝えることができるのになぁ……。


 でも、言葉にしないと伝わらないものがあると今は知っているからこそ、意を決して白雪の頭を優しく撫でながら伝えることにする。


「……親子なんだろ?言わせるなよ」


「あっ……。えへへっ、はいっ、パパ!」

 

 赤く頬を染めながら可愛らしく嬉しそうな笑みを浮かべる白雪。


 熱い、変な汗が出てきたな・・・・・・。

 顔が火照ってきているのが、自分でもわかる。

 僕は顔を明後日の方向に向きを変えて、誤魔化しながら会話を続ける。


「さっきの質問の答えだけど、CRS時代の僕はなんというか、色々あって捻くれて拗れていたんだよ。だからなのか、他のCRSピアニストは観客にサインとか求められて引く手数多あまただったんだけど、僕にサインを求めてくる人は一人もいなかったんだ」


「えっ、そうだったんですか!?確か現役時代のパパって騎士ナイトⅣでしたよね?それってやっぱり人気ってことだから、サインを求められてもおかしくないはずですけど……」


「まぁな、普通はそうなんだけどね。当時熱心に取材してくれた音楽雑誌の編集さんから小耳に挟んだ情報によると、僕のことが怖くて誰も求めてくれる人がいなかったらしい。しかも、唯一サインを求めてくれた音羽への返事がまた情けなくてね……。なんて返事を返したと思う?」


「返事が情けないパパの想像ができないですが、んー……サインってどう書けばいいのかとか、はたまたサインを間違ってしまったとかですか?ま、まさか、流石にそこまでではないですよね・・・・・・?」


「うん、それ以上なんだよな」


「えぇぇぇ!?なんて返事したんですかっ!?」


「聞いて驚くな?……コホンッ、だよ」


 敢えて胸を張ってパパなりの威厳を見せてみるが、白雪さんは根がとても真面目なので、先ほどまで頬を赤く染めながら可愛らしい笑みを浮かべていた表情とは打って変わり、ジト目で僕を見てため息をついていた。


「……はぁ。パパ、胸張って言うことではないですよ?勇気を出した音羽さんが本当にかわいそうです。あとで私からもしっかり謝りますね?」


「白雪さんっ!?その優しさがとても辛いのですがっ!?」


「ふふっ、冗談ですよ。パパのことだから何か理由があるんですよね?」


「……お察しの通り。一応、サイン自体は普通に書けたんだけど、やっぱり初めて面と向かってあなたの大ファンですってあの時言ってくれて正直、嬉しかったんだと思う。だから、あらかじめ決まったサインよりかは二人で考えたサインの方がいいかなって思ってな」


「だから『一緒にサイン考えてもらえますか?』だったんですね。ふふっ、パパらしい伝わりにくい優しさですねっ!」


「本当にそんなことはないんだが、それがきっかけで月の兎に何度も通うことになって、サインをなんだかんだで二人で完成させたあと、僕がCRSの世界から離れてお金に困っていることを知って『良かったらここでバイトしてくれないかしら?』と言われて、今に至るんだ。だから、音羽は僕の恩人なんだよ」


「へぇ……。話を聞けば聞くほど、音羽さんってパパにとっての恩人なんですね!」


「……予想外のこともされたから、その時は焦ったけどね」


「何か言いましたか?」


「何でもないよ。それより、もう少しで月の兎に着くから、心の準備だけよろしく頼む」


「準備万端ですよっ!楽しみだなぁーっ!」


 握りコブシを両手で作りながら何やら意気込んで楽しそうだ。

 考えてみれば、顔見知りで言えば狂姫と僕以外に会うのは初めてだったりするかもな。


 それにしても話しながら思っていたが、音羽には頭が上がらないことばかりだ。

 何も返せていないし、それに、さっき白雪に話した内容には


 それは、CRS」という部分だ。


 この話は刺激が強すぎるので白雪には言えなかったのだが、サインが完成した後、あの頃の僕はどうにも死んでいる目をしていると何度も言われ「心配だから、いつでもここに来なさい」と言われていたが、僕はそれを断固拒否していた。


 なぜなら月の兎から、これ以上タダでコーヒーとかご飯を頂くわけにはいかなかったからだ。

 「私の給料から引いてあるから大丈夫よ」と言われた時には、時すでに遅し。


 責任を持って返金したいと申し出たところ、首を横に振られ断られてしまって、それからは何度も説得を試みたが、音羽は決して譲らず話は平行線だった。

 

 何時間にもおよび、いつまでも続くと思われたが、音羽のとある行動で幕が突然閉じたのだ。


「はぁ……いい加減諦めたらどうかしら。諦めの悪い男は嫌われるわよ?」


「断る。僕はおごってもらうのはいいが、施しを受けるのは嫌なんだ」


「それって、そこまでの違いがあるのかしら?」


「ああ、あるね。立場的に対等じゃなくなってしまうから嫌なんだ」


「……なるほど。では、立場的に対等であればいいのよね?」


 音羽は顎に手を当て、何かを考えついたのか。

 頬を赤く染めながら、椅子に座っていた僕に向かって歩き目の前にやってくる。


 ――――そして、


「お、お前、一体なにして~~っ!?今、僕の唇を~~っ!?!?」


「~~っ、こ、これで対等よね、早見優斗君。あなたは今、私の初めての唇を奪った責任でここで働くことを命じるわ。期間はその瞳が生き返ったのがわかるときまでよ。もちろん、時間も融通を利かせながら、お給金も出るから安心しなさい。いいわね!?」


「……あ、あんためちゃくちゃだ」


「も、文句はあるかしら?」


「どうして、そこまでして僕を……全く意味が分からん。それに、何てものを犠牲にしてるんだよ……。バカなのか、君は」


「~~っ……こ、これでも対等じゃないと言えるかしら?」


 涙目になりながらもなお、その意見を通す姿に僕は遂に白旗を上げた。


「……はぁ、参ったよ。言うとおりにする」


「それじゃあっ、いいのね?」


 期待感からか、彼女の声音が高くなるのが分かった。

 ここまでされたら、何も言えないじゃないか。


「実際に仕事も探してたし、助かるよ。雇い主さんがよかったら、これからよろしくお願いします、音羽殿


「よ、よろしい……。ふふっ、これからよろしく頼むわね、早見君っ!」


 それからしばらくして、白雪と出会って今に至るわけだが、隠し事をしていたのは事実だし、お店に行くのはやっぱり気が重い。


 確か「Project白雪」の秘密保持では、仮に思わぬ出来事で今の状況がバレてしまった場合、その人にも協力してもらわなければならないとあったはずだ。


 だが、説明しないわけにもいかないから、もし本当のことを言うことになった場合、音羽にも覚悟して聞いてもらおう。


 そう思いながら、ようやく辿り着いた月の兎のドアを白雪と一緒にゆっくり開けると、そこには腕を組み、堂々と待ち構え仁王立ちしていた音羽奏の姿があった。


「……待っていたわ、早見君。それでは、話を聞きましょうか」


 出会った頃から変わらない凛とした声に思わず思考が停止してしまうほどで、その声の持ち主は黒のエプロン姿に腰まである黒髪を靡かせ、僕を見つめている。


 まるで絵画からそのまま出てきたような立ち姿に心臓が大きく高鳴るのは、今も変わらなかったんだ……。



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