第四楽章 -奏の音-

episode17:ここで待ってるよ、優人君


 高層ビルの最上階から見える窓硝子越しに映る街の輝きの中には、様々な音で満ち溢れていた。

 

 人の賑やかな声。

 車が何台も通る音。

 路上でアコースティックギターを片手に歌い、夢を追いかける音。


 日常から生まれる「音」とは、大きさ、高さ、音色。

 自然から生まれ、人に伝わり、人から楽器が生まれ、そして……。

  

 ――――ピアノが生まれた。

 

 弦をハンマーで叩くことで音が出る鍵盤楽器。

 鍵を押すと、鍵に連動したハンマーが対応する弦を叩き、音が出る。

 

 鍵盤数八十八鍵の実用的な範囲で奏でられるように、計算し作られた美しい白黒モノクロに統一されたその姿は、ある男の運命を変えた。


 今世界でもっとも注目されている競技。


 ――――ChessRankingSystemチェスランキングシステム

 

 通称:CRSクラスを一から作り上げた代表取締役、神楽総一郎かぐらそういちろうは、ソファに座りながらCRSの特集記事を見て、ゲラゲラと笑っていた。


「あーっはっはっ!!フランスの女帝、クロエ・リシャールが認める突如現れた銀髪の白雪姫ねぇ……。なかなか面白いことになっているじゃねーの」


「珍しいーっ!総一郎が大きな声出して笑ってるだなんて、なにか嬉しいことでもあったの?」


「おお、来たか……。つづり」


 ハーフアップをした気品あふれる紫がかった髪色で、八重歯が目立つ彼女は、男の前にあるソファに座り興味深そうに見つめる。


「お疲れさん、水飲むか?」


「これからイベントホールで演奏だから、資料を返しに来ただけだから。はいこれ」


 そう言って、僧正ビショップの選抜メンバー限定合宿のプロフィールを渡してくる。


「強化合宿はどうだった?」


を除いたら、あとは全然かな。上手に弾こうと技術的なところばかりに意識が持っていかれてる感じだったし、正直退屈だったよ」


「そうか、ご苦労だったな。やっぱりこいつが来るか……」


「うん、多分彼女は騎士ナイトまで上がってくるよ。油断すると、僕まで飲まれそうな、そんな演奏だった」


 そう言って見つめる、とある女の子のプロフィール。


「……ああ、そうだろうな。あいつは別格だよ、命に対する重みを知っているんだからな」


「そっか、そうだよね……」


「ああ……」


 長い沈黙……。

 窓硝子越しに吹き抜ける風の音。

 

 昔を思い出すには、十分な時間……。

 数分後、つづりの気を使ったであろう声が部屋の空気を変える。


「ふふっ、それにしても総一郎は昔から人間が好きだよね」


「随分いきなりだな……。いや、好きだけど」 


「重い空気は嫌いなんだよーっ、でもそうでしょう?」


「まぁな、人が変わる瞬間を見るのはやめられねーよ。才能や努力ってのはいつ芽吹くかわからない。どんな形であれ、それはピアノを介して音して伝わるからな。CRSを立ち上げた俺が言うのもなんだが、ここまで好きなことを仕事にできるのは、世の中探しても俺ほどのやつはそうはいねーんじゃねーかな」


「確かに……。癖の強い演奏もそうだし、総一郎のCRSに対する熱量は相当なものだと思うな。私も血の繋がった娘としては、ついていくのがやっとだもん」


「おいおい、謙遜はやめろよ。お前と比べると、趣味程度のレベルだよ。通常の演奏ならまだしもCRSだろ。それに、たった一年でキングになっているやつがよく言うぜ、音速の戦乙女ラディカルヴァルキリー


「えへへっ、その二つ名を僕に与えてくれた総一郎には感謝しているよ。すごく気に入っているんだ」


 現在CRSクラスでは兵卒ポーンルーク僧正ビショップ騎士ナイト女王クイーンキングの六つのランクで構成されているが、騎士ナイトからは人数が決まっており、正式な二つ名が与えられる。


 騎士ナイトが十二席、女王クイーンが三席。そして、一席しか認められていないキングの称号を持つのが彼女、神楽かぐらつづりだ。


 CRSの代表取締役であるという看板を背負い、実力で世界を認めさせた彼女は、圧倒的な実力で一気に駆け上がってきた。


 で、キングに上り詰め、さらには王になった際のCRS最高得点九十九点の記録は、歴史を遡っても今だに破られていない。


 様々な場所で、ピアノという武器で戦場を駆け抜ける乙女。音速の戦乙女ラディカルヴァルキリーの二つ名は、そういった意味も授かっている。


「それにしても、総一郎は何であんなに嬉しそうに笑ってたの?」


「あぁー、悪い悪い。あのクロエ・リシャールが認めるほどのやつがいたんでつい嬉しくなって笑ってしまったんだよ。


「認めたっ!?今は確かルークだけど、実力はのはずだし、あのプライドの高い女帝クロエちゃんが認める子がいるなんて初めて聞いたな……。その子は一体何者なの?」


「ああ……。これは裏ルートで手に入れた情報だが、あの音殺しサウンド・キルの弟子らしい」


音殺しサウンド・キルって……えっ、優人君!?CRS業界に戻ってきたの!?」


「くくっ、嬉しそうにしやがって。ああ、今度の大会にエントリーされていたのも確認済みだ。ただ引退後だから、以前の騎士Ⅳのランクは規定によって剥奪されているから、兵卒ポーンからだけどな」


「……そっか。またあの音殺しサウンド・キルの音が聞けるだなんて、夢みたいだなぁ」


「本当に、嬉しそうだな」


「当たり前だよ。優人君は過去に色々あったしね……。どっちにしても、早くここまで上がってきてほしいな」


「くくっ、王の称号を持つお前の所まで上がってこいとか、簡単に言うねー」


「上がれるよ、優人君ならいずれ……。それだけ彼には力があるんだ」


 期待に胸を膨らませ、つづりは夜の街をビルの最上階から見渡す。

 月に照らされる彼女の笑みはまるで、お腹を空かせ獲物を待つ飢えた狼のように鋭く光った瞳をしていた。


「……ここで待ってるよ、優人君」


 そう呟いて、戦場を駆け抜ける乙女は再び戦場に赴いたのだった……。




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