episode10:~~っ、次、奏ちゃんなんて名前で呼んだら怒るわよ


 ――――NotナットinインEducationエジュケイション Employmentエンプロンメント orオア Trainingトレイニング


 通称:NEETニートとは、働かない者として日本では名高いが、元々イギリスが語源となっていることはご存知だろうか。


 日本では、働かないことはいけない事だという風潮はあるが、それは如何なものかと考えることがある。


 あくまでも自論だが、自分の我儘を通してまでニートになったのには必ずしも理由があり、結果としてその選択が成功を収めた例が数多く実在している。


 だからこそ、この世にはニートは存在するんだと思う。

 人には見えない苦痛に耐え、苦悩し、懊悩おうのうしたからこその決意ある選択。

 それを人は、軽々しく「逃げた」という言葉をよく使うが、それは勇気あることなんじゃないのか?

 

 一方の早見優人という人間は、どうだろうか。

 そんな勇気ある選択をしたニートとは違い「ニート候補生」を自称している。


 僕自身、目的や夢があって、全く働いていないという選択をしているわけではない。


 中途半端に働き、人生の選択に対して「生きるために、仕方がない」という理由で回避・延期という選択を取っているにすぎないからだ。


 故に、ニート候補生。

 つい最近の僕にピッタリな言葉だったのだが、そんな僕にも目的ができた。


 そう、白雪の存在だ。自分だけの為に働くのではなく、家族の為に働くことがこんなにも頑張ろうという気持ちになるとは思いもしなかった。


 Project白雪が一体、僕の人生にどう転ぶかはわからない。

 けれど、一歩、一歩、僕なりのスピードで何かが変わるような……。

 そんな予感だけはしていた……。



♯♯♯



 日常とは、いつもと変わらない毎日を過ごすことで初めて使える言葉だ。

 いつも通りの景色、いつも通りの気温。そして……。

 いつも通りの、黒髪の女の子。


「……はぁ、とても暇ね。何か面白いことをしてちょうだい、早見君」


 凛とした綺麗な声で、椅子の上で本を読みながらため息をつく彼女はいつも通りで、こうして無理難題を言ってくるのも日常の一つだ。


 僕は、今日のスープの仕込みをしながら答える。


「毎度のことながらいきなり無茶言うな、音羽おとは。それに僕は今仕込みで忙しい……ていうか、本読んでないで仕事しろ」


「そうね……。お客様がいたらいいのだけれど、全くいないとなると流石の私も仕事ができないわ」


「まぁ、否定はしないけど……。それじゃあ、掃除でもしたら?」


「店内の掃除は以外は完璧に終わっているわ、当然よ」


「あー……」


 僕はちらりと横目で泣きそうになっている中年のを見て、再びため息が出そうになるのを堪える。


「……っと、それについてはノーコメントで」


「無理しなくてもいいのよ?もう私がここの経営をしようかしら。少なくとも今よりは集客を上げる自信があるのだけれど、どうかしら?」


「その時は協力するから、いつでも頼ってくれ」


「ちょっと、かなでちゃんに優人君?あんまり言っちゃうと、お父さん泣いちゃうよっ!?それと、お父さんに向かって埃はあんまりだと思うんだけどなー」


「「……」」


「えっ、そこは二人とも無視なのっ!?」



 ――――チリン、チリーン♪



「「いらっしゃいませー、『月の兎』へようこそっ!」」


「恐ろしいほどに、二人共息がピッタリだねっ!?」



♯♯♯



 喫茶店「月の兎」は、僕のバイト先である。店内はレトロな雰囲気で洋食をメインで売り出している小さな喫茶店で、従業員は僕を含めて三人だ。僕と店長、そして……。


「かしこまりました、少々お待ちください」


「なぁ、あの子綺麗だよなー。あれで大学生ってところがまた反則なんだよ」


「そうそう、あの絵画のような微笑みを見たあとだと、今からある昼からの仕事も頑張れるんだよね」


「「いいよなー、奏ちゃん!!」」


「……だってさ、


「~~っ、次、奏ちゃんなんて名前で呼んだら怒るわよ」


 頬を少し赤く染めながら目を逸らす彼女の名前は、音羽奏おとはかなで

 腰まである綺麗な黒髪が目立つ「月の兎」自慢の看板娘だ。


 実家である家の手伝いをしながら有名な音楽大学に通っている。年齢は僕より二歳年下の二十歳で、この容姿で頭もいいとなると大学ではさぞかし注目の的にされていることだろう。


 バイトで食いつないでいるニート候補生の僕とは別の種類の人種だと、最初に出会った頃は驚きのあまりに空を見上げてため息をついたのは記憶に新しい。


「なぁ、奏ちゃん」


「……(にこっ)」


「あのー、音羽しゃん?無言の笑顔で頬をつねってくるの、やめて?」


「……っ、恥ずかしいから、やめなさい」


「可愛いなー」


「どうやら、本当に死にたいようね(にこっ)」


「冗談だから、包丁持ちだすのやめて?」


 そんないつもの日常のやり取りをしながらも、時刻は正午を回り、当然のことながら客が珍しく混み合い出す。


 あまり知られていないのがたまに傷だが、リーズナブルな価格な上に、味やサービスが一級品だからこそ、少しずつだが客がどんどん増えており、今日はその最大のピークと言っても過言ではなかった。


「早見君、オーダー用紙を貰えるかしら?かなり注文が多いわ」


「了解……っていうより、面倒だから口頭で全部オーダーを言ってくれないか?」


「大丈夫かしら?それじゃあ、行くわよ」


「おお、どんとこいっ!」


 僕の耳が音羽の音しか入らないように、意識を集中させる。


「三番テーブル女性のお客様に、スパゲッティアッラボロネーゼが一つ。カウンター席に男性二人にズッパディヴェルドゥーレと、カルパッチョコンルーコラエグラナ、セットメニューBで二つね。 六番テーブルにティラミス、食後にホットコーヒー。以上、よろしく頼むわね」


「オーケー、すぐに準備する。それとカウンターの男性客にピッチャーで水を頼む。飲むスピードが早いからピッチャーを渡していたほうが効率がいいはずだ。ほら、これ」


「毎度のことながら見事ね。よく人を見ているわ」


「そりゃあ、どうも……ほら、額に汗かいているぞ」


 そう言って、持っていたハンカチで音羽の頬に軽く当てる。


「~~っ、あなたね……っ、人の気も知らないで……っ」


「頬が赤くなってるな。一人でホール回すのきついだろ?バタバタで髪が邪魔かなと思って、ヘアゴムもあるけど使うか?」


「べ、別に赤くなんかなってないわ……コホンッ、どうもありがとう」


「どういたしまして」


「あなた……今日はやけに張り切ってるわね。何かいいことでもあったのかしら?」


「……べ、別になにもないけど」


「へぇ……怪しいわね」


 ジト目で僕を見てくる。恐らく無意識に白雪のことがあったからか、いつもより張り切ってしまっていたんだろう。


「……ほ、ほら。こっちはいいから行った、行った」


「まぁ、いいわ」


「……ふぅ、疑い深いやつだな。危ない、危ない」


 まさか、昨日からパパになりました、だなんておいそれと言えるわけがないし、言っても信じてもらえないのがオチだろうけど、ちゃんと注意しておこう。


「ゆ、優人くーんっ!!デザートとBセットの用意できるかな!?」


 店長の泣きそうな声が聞こえる。


「よし……僕も集中しなきゃだな」


 店のピークタイムが終わるのは十四時頃だ。それまでこのペースが続くが、この後は一段落着くはずだ。


 あとは、店長にシフトをもっと入れてもらえるようにあとから相談してみよう。これからは生活費も稼いでいかなきゃいけないしね。


「はい、すぐに用意しますっ!」


 そういえば、白雪は一人で大丈夫だろうか?

 そんなことが頭に一瞬よぎったが、僕は包丁を強く握って、仕事に集中することにした……。



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