episode8:白雪のことを知っていこう、僕がパパなのだから



「へぇ、白雪は十歳なんだね。てことは、小学四年生くらい?」


 先ほどスマホで撮っておいた白雪についてのプロフィールを見てみると、過去の経歴などの詳しい情報は載っていないが、年齢や誕生日などの基本情報は開示されていた。


「そうですね。学校という所には行ってみたい気もしますが、今は通信教育で小学校の単位を取るようにしていますね。郵便で定期的に課題が届きますよ!」


「最近の義務教育も発展したんだなぁ……。小学四年生ってことは、割り算とかだよね?」


「ふふっ、パパ。それは私がまだくらいの時にやりましたよーっ!今やっているのは、数学のですね」


「え?微分積分学?あははっ、まさか……」


「えっと、今電子書を見て勉強してるんですけど……あった、こんな感じの問題ですっ!」


 そう言って、ポケットの中から真っ白なスマホを取り出し画面を見せてくる。

 

 画面を覗いてみると、問題と解答がそれぞれ書いてあり「まだ、全部理解できてないんですよねー」と、お恥ずかしいと頬を掻いている白雪。


「……これは、驚いたな」


「へ?」


「あ、いや……そうだね。微分積分学は僕も理解するのに時間がかかったから、問題をひたすら解いていくしかないね」


「そうですよねっ!よーしっ、頑張るぞーっ!」


 胸の前でグッと握りこぶしを作って、気合いを入れる姿はなんとも可愛いらしいんだけど、ピアノの腕からして只者じゃないのはわかっていたが、まさかここまでとは……。


 今見た問題の微分積分学ってのは、で学ぶべきものだ。

 捨て子とは言え、十歳の子供に微分積分学を教えるって、どうなっているんだ?

  

 もらったプロフィールを見てみるが、Project白雪に関しての欲しい情報は一切載ってない。


 くそっ、狂姫め。情報が少なすぎるぞ。

 思わず眉間に皺が寄る。


「ねぇ、パパ?眉間に皺が寄ってますけど、大丈夫ですか?」


 隣を歩いていた白雪が僕の袖を引っ張りながら問いかけてくる。


 白雪についての情報が少ないものを渡してきた狂姫に対して怒ってるんだよとそのまま伝えても良かったが、しーちゃんこと東雲静の事を慕っているこの子にとって僕の文句を聞いてもらってもあまりいい気はしないだろう。


 悪影響を与えてはいけないなと、そう思い直し「なんでもないよ、白雪の可愛さに他の人が倒れないか心配だっただけだ」と、できるだけ紳士に対応しておいた。


 「……っ、か、顔がなんだか火照ってきましたので見ないで下さいねっ!」と、両手で顔を隠しているその姿に、僕の頬も赤く染まってしまったのは言うまでもない。


 そんなやり取りをしながら、リナリア荘から歩いて約二十分。


 朱を流したような夕空に白い小さな光が少しずつ見えてきて、冬らしい冷たい風が僕の頬に触れてくる。


 わわっ、冷たいですねーっ!と、僕の小指を握ってくるこの姿が周りから不審者に間違えられていないか少しばかり不安になりながらも、本来の目的地にようやく到着する。


「ひ、人がいっぱいですーっ!!なんですか、ここはっ!?凄いですーっ!!」


 天才子役顔負けのリアクションで目を輝かせる白雪。


「ようこそ、ここはMIONモール。えっと……主婦の遊園地みたいなとこ、かな?」


 自分で言っておいて、この説明で大丈夫だろうか?と思ってしまった。

 白雪はショッピングモールを知らないのか、周りをきょろきょろしながら物珍しそうにあっちこっち見ている。


「なんだかワクワクしてきました!パパ、早く行きましょうっ!」


「うん、危ないから走らないでね」


「はーいっ!」


 よかった、白雪も楽しそうだ。


 僕から見れば、人混みに溢れてるだけの見慣れた景色も、子供の目線と大人の目線では、見える景色も全く違ってくるんだろうな……。


 こういう自然と溢れ出る喜びの感情は勝手に記憶され、それを音として表現する演奏家も少なくはないだろう。


 いまいち新鮮さが欠けるかと思ったが、連れてきてよかったみたいだ。

 白雪にとってもいい刺激になるだろう。


 施設に入ると丁度クリスマスだからか、お店の前ではサンタの服を着た店員さんが大きな声で「五十パーセントOFFの特別キャンペーン中でーすっ!!」と、大声で叫んでいる。


「これが、主婦の遊園地……っ!!パパ、早く行きましょう!!ここにはきっと愛と勇気だけが友達のあの子も絶対いますよっ!!早くしないと、きっと売り切れてしまいます!」


「あの、白雪さんっ!?アンパンとか食パンとかカレーパンならいざ知らず、MIONモールにはそんな高価な物は売ってませんからねっ!?」


 そんな僕のツッコミを聞いていたのか、目の前にいた店員と目が合い笑顔で「愛と勇気が友達のあの子も売ってまーす!!」と大声で叫ばれた。


「ちょっと、店員さん!?」


「ほらほら、パパ!このお店に入りましょう!!」


 目を輝かせて袖を引っ張る白雪に勝てるわけもなく、ため息をつきながら店に入る。店員にしてやられた気もしたけれど、安値で十分な子供服も買えたし、接客対応も十分すぎるほど良かった。


 そして、本当に「愛と勇気だけが友達」と書いた文字入りロングTシャツがあったのを見つけたときには、店の前で叫んでいた店員に思わず脱帽した。


「……買います」


「お買い上げ、ありがとうございまーす!」


 すみません、その場だけの嘘だと思ってました。ちなみに「愛と勇気だけが友達ロングTシャツ」は五百円だったので、お詫びに買いましたとさ。

 

 白雪とお揃いで買ったから、合計で千円。

 リーズナブルな価格で、ニート候補生の僕にとってはありがたい金額だった。



♯♯♯



「随分買ったね……。これだけ買えば当分なんとかなるかな」


「ご飯から洋服まで、何から何まで本当にありがとうございます。お金はしっかりアルバイトをして返しますね!」


「十歳の子供が気にするな。それに、労働基準法に引っかかるから本当やめてね」


 白雪に必要な洋服や日用品やらをMIONモールで買い揃えたあと、帰路に着くと同時に玄関前で靴も脱がずに腰を下ろした。


 重い物を長時間持つことが今までなかったせいか。

 腕が早くも筋肉痛になる前の状態みたいで、体もクタクタだった。


「あー……疲れた」


「お疲れ様です、パパ!!」


 そんな僕に気を使ってか。

 白雪はタタタッと走って冷蔵庫から水を取り出し、笑顔で労ってくれる。


「あ、ありがとう……。そこまでしなくても大丈夫なのに」


「あの、余計なことでしたか?」


 ボソッと呟いた僕の言葉にビクッと体を震わせ、不安気に顔色を伺う。


 その様子に、「しまったなぁ……」と頭を掻きつつ、白雪のことをまだまだ何もわかっていないことに改めて気づかされる。



 ――――出会ってまだ、一日目。



 考えてみれば、この状況は誰がどう見てもなのだ。


 ここまで丁寧に会話ができること。

 異常なまでの気の使い方や、十歳とは思えない知識量。


 日本人離れした銀色の髪。

 そして、数時間前に見せたピアノの演奏。

 

 いくら政府が絡んでいるとは言え、捨て子だった白雪にここまでの教育をするだろうか?


 気を引き締めよう。

 これはただの家族ごっこではないのだ。


 経緯はどうあれ、日本政府が管理するニート候補生更生プログラム:Project白雪の第一被験者に選ばれたのだ。


 政府の話が全て本当なのだとすれば、僕の行動一つで日本が……いや。

 世界が変わるかもしれないんだ。


 大袈裟かもしれないけれど、それでも白雪との出会いが僕にとっていいきっかけになることをどこか期待している自分がいるのも確かだ。


「何事も一歩ずつ、だよね……」



 ――――白雪のことを知っていこう、今は僕がパパなのだから。



 ここはパパらしく、だ。

 大きく深呼吸をして、僕は白雪と向き合う。

 不安げに僕を表情を伺う白雪の頭を優しくそっと撫でる。


「いや、そうじゃないんだ……白雪。ごめんね、不安にさせて。僕が言ってるのはそういう意味じゃなくて、子供は子供らしく気を遣わずに我儘を沢山しておけってこと」


「わ、我儘、でしょうか?」


 白雪はキョトンと目を見開き、少し戸惑っているようだ。

 苦笑いをしながらわかりやすく、説明することにする。


「そうだよ、我儘さ。いきなり僕みたいのが白雪のパパになったから、気を遣うなっていう方が難しいのかもしれないけれど、今日から家族になるんだろう?」


「は、はい……」


 考えや言葉が白雪に全て伝わるだなんて到底無理な話だが、それでも家族というものはハッキリ言葉にしないと上手く伝わらないのを僕は知っているから……。


 だから僕も僕なりの言葉で、白雪に言葉を伝えようと思う。


「娘は娘らしく沢山我儘を言ってくれ、いいね?これが最初のパパからのお願い事だよ」


「沢山我儘を……。それって、パパに、その……」


「……ん?」


「あ、頭撫でて欲しいときとか、手を繋いだり、抱きしめたりして甘えてもいいんでしょうか?本当の親子みたいにお願い事をパパに言ってもいいんでしょうか?」


 表情をなるべく崩さずに聞いてくる。

 少しでも自分の不安な感情を悟らせまいと必死になっている声音だった。


 ああ、この子は本当に心の底から優しいんだろうな……。

 なるべく明るい声で、安心させる言葉を白雪に紡ぐ。 


「ああ、もちろんだよっ!」


 雪解けの氷ように、徐々に緊張した不安が解けていく空気。

 よかった、大丈夫そうだ。


「……っ、えへへ」


 白雪は真っ赤に頬を染め、嬉しそうにしながら撫でていた僕の手を掴んで、目に伝う綺麗な涙を少し流しながら答えたんだ。



「――――パパ、これからよろしくお願いします!」



 家族とは人それぞれの形はあるけれど、僕たちのそれもまた一つの形なのだ。

ただ、このときの僕は白雪の本当の涙の意味をまだ知らなかったんだ……。






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