episode5:狂姫、東雲静


 ――――狂姫きょうき東雲静しののめしずか


 世界各国でCRSピアニストが多く活躍している中、女王Ⅰのランクを持つ東雲静はその中でも異端の存在として知られている。


 演奏の際に大きく体を上下に揺らし、圧倒的な重圧プレッシャーを他の演奏者に与えると同時に、どんな難曲も狂ったように常に笑いながらアレンジして演奏するその姿から「狂ったように演奏するお姫様のようだ」と言われ、狂姫きょうきという二つ名がついた。


 そんな彼女と顔を合わせるのはいつぶりだろうか?

 相変わらず、真っ赤に染まる長い髪色が目立っていた。 


「久しぶりですね、まさかあなたが関わっていたとは思わなかったですが、この状況を説明してくれるってことでいいんですよね?」


「ああ、その認識で構わないよ。それに説明と言っても、君ならある程度自分の状況が予想できているんだろう?」


「さぁ、どうでしょう。それに、狂姫とまで呼ばれた女王Ⅰのあなたがまさかことのほうが驚きですよ。しかも、Project白雪の責任者とまできた」


 この情報を世間に流すことも場合によっては考えていますという意味をさりげなく言葉に含ませる。

 

 こっちの持っている情報が少ない中、交渉材料としてはこれくらいしか僕に切れるカードがないのも事実。この程度の手札で狂姫相手に通じたら幸運だろうけど、そうもいかないようだった。


「物事を見る視点と思考は、相変わらず一歩違うところを見ているんだな。普通は戸惑って何も答えられないんだけどね」


「普通ではないですか?」


「流石、かつてこの私を音で負かした音殺しサウンド・キルだ」


「……もう引退したんで、その二つ名で呼ぶのはダメですよ。それにこれ以上の腹の抉り合いはやめておきます」


「賢明な判断だ。それに、好き好んで君の過去に触れるつもりもないさ」


「……あんた、どこまで知っている?」


「話していいなら話すけど、いいのか?」


「……っ」


 過去のことがフラッシュバックする。


 家の一室にあるグランドピアノには、音が鳴るかどうかのメンテナンス程度で今ではほとんど触っていないに等しい。


 現役時代に比べると、前ほど上手く弾くことは難しいだろう。

 それに、これ以上腹の探り合いをしても全くメリットがない不毛なやり取りだ。

 

 そう思い、両手を上げてこの話についてはもう終わりだと意思を示す。


 東雲静はため息交じりに多少不満気ながらも、膝の上に乗せていた白雪を下して「すまない、白雪。お前のパパと大事な話があるんだ、ちょっと向こうで遊んでおいてくれるか?」と言って、白雪を別室に行くように促す。


「大事なお話なんですね、わかりました。でもどこにいきましょうか?」


「早見少年の部屋にいてもらってもいいか?」


「いいですよ、ピアノと楽譜しかない部屋で子供にとってはつまらないかもしれないですが」


「……ほう、ちょうどいい」


「え?」


「ふふっ、なんでもないよ。それじゃ、白雪。いっておいで」


「はい、それじゃお話が終わったら呼んでくださいね」と言って、トコトコ僕の部屋に向かって走り去る。そして、白雪がいなくなったと同時に、目を光らせるように僕の目を見て口を開く。


「……それで、何が聞きたい?」


「僕が聞きたいことは、二つ」


「……へぇ、二つだけでいいのか?もっと答えられるぞ」


「いいえ、必要ありません」


 僕が対象になった理由だとかあまり意味のない発言は避けておく。


 書類に書いてあることは間違いなく事実で、僕が拒否しようとすると、どんなペナルティが待っているのかがわからないからだ。


 しかも、という今の状況がもうすでに詰んでいるし、もし拒否なんてしたら、下手すれば記憶ごと全てを消されることも検討に入れて、大人しくしておくことする。


 今できる最善のことは、じゃない。現段階でなるべく情報を引き出すことと、このProject白雪のゴールはどこか、だ。


 気になっていた一つ目の質問をすることにする。


「一つ目、白雪について教えてください」


「当然の質問だな、白雪はそこに書いてある通り、だよ」


「……そうですか」


「いくら君でも知っているだろう。今日本で問題になっている育児放棄ネグレクトで何千人もの子供達が捨てられているのはなにも日本だけでなく、世界中で問題になっているのは知っているな?」


 僕は無言で頷く。


「それに付随してアルバイトや親の金で適当に生活をし、そいつにしかない才能を使わずに持て余すも増えているのも事実でな。政府もこのままでは日本経済が急降下して先進国ではなくなってしまうかもしれないとさえ懸念している。正直、今の現状に手を焼いているのだよ」


 ため息をつきながら僕の顔を見ているが、他意がないことを祈っておく。


「……そこで、だ。政府が長い間議論した結果、一つの方法を思いついた。それが」


「Project白雪、ですか」


「理解が早くて助かるよ。君はもうこのProject白雪の意図に気づいているのだろう?」


 僕は目を閉じて、考察する。

 十秒ほどで考えがまとまり、僕なりに結論を述べることにする。


「政府が考案したのは、ニート候補生と捨て子を一緒にして、両者才能を伸ばしていければ一石二鳥。成功すれば日本経済の回復はもちろん、才能溢れる国ができるかもしれないという未来へ繋がる活動なこと」


「……続けたまえ」


「しかし、いきなり実行しても成功する保証はない。そこで、まずは信用のできる被験者を選んで政府側が選び実験、その結果次第で今後の対策を考える」


「わからないのは、何故僕なのか?ってとこは前提として置いておいておきますが、Project白雪に何故か選ばれたのが僕、早見優人と白雪ってとこですかね」


「……」


「無言は肯定とみなしますよ。それに、あなたは今現役で活動している女王Ⅰだ。ニート候補生である僕と捨て子の白雪、そして狂姫であるあなたがProject白雪の責任者として選ばれた……いや、違うな。何かしらの報酬があり、それが目的で自らproject白雪に参加し、協力関係にってとこでしょうか」


「……ほう。今の今で、もうそこまで行き着いたのか。全く、頭が切れすぎるのも問題だね」


「正解ですか?」


「ご名答。早見少年には早くそのピアノの才能と向きあってもらって、そのピアノの腕で白雪を育ててほしいんだ」


「育てる、だから『パパ』ですか……」


「まぁ、そういうことだね……。ふふっ、まだこの話をするのには三ヵ月以上先の話なんだけどな(ぼそっ)」


 苦笑い気味に最後は何か重要なことをボソッと言っていた気がするが、よく聞き取れなかった。


「あの、何か言いましたか?」


「いいや、気のせいさ。もう一つの質問は?」


「……それは」


 僕は、最も聞かないといけない質問をしようとした瞬間、この部屋の空気が一瞬にして変わった。







「――――――――♪」






 ――――僕の部屋から聞こえる一つの音によって。







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