第24話 賽は投げられた

「……ふむ」


 モヘレブ太守は背凭れに深く腰を掛け、ふうと一息息をついき、ゼラノーギ・ズィゴーの方へと向き直った。その温厚な眼差しの奥にきらりと鋭い光が宿る。


「ゼラノーギ・ズィゴー。……君はいつからホセ=ビアンテ・ルビナスのことを知っていたのだね?」


「……そ、それは――」


 ズィゴーは自分をまっすぐ見つめてくる上司から視線を下に逸らし、落ち着きなく、手足を揺すり始めた。


「それは?」


「……それは――エドアルド・バジェが。バジェが――」


 言葉がこれ以上続かず、苦しそうに顔を歪ませ、ひとつ大きく肩で息をしたズィゴーを見ながら、クレメンテは、エドアルド・バジェの最期の言葉を思い出していた。




――違うんだ!ホセ=ビアンテ!!!オレは自らお前を裏切ったんじゃないぞ!!!神に誓ってオレは悪くない!!!!!オレは頼まれたんだ!!!脅迫されたんだ!!!悪いのは……悪いのは全部…………全部………………




「エドアルド・バジェは、父に海へと押し出される前、私を捕らえながら『頼まれたのだ』『脅迫されたんだ』と言っていました」


 ピラールが人形のように無表情な顔で、斜め前に座っているズィゴーの顔を見つめながら、抑揚のない声で話し始めた。


「……黙れ!」


 ズィゴーが、顔を引き攣らせ、頬をブルブルと震わせながら、喉の奥から絞り出したような抑えた声ですごんだ。


「悪いのは全部……あなたのせいではないでしょうか……」


「黙れ!!!小娘!!!!!」


 ピラールの言葉の上から、ズィゴーがピシャリと言い放ち、他の人間のつけいる隙を与えないかのような大きな声で続けた。


「私は……私はホセ=ビアンテ・ルビナス!ホセ=ビアンテ・ルビナスという名前は知っておりました!!!当然です。彼は海賊なのですから。モヘレブ警察としてマークしていた人物であります!!!知らないわけがないでしょう!!!」


「……それを、なぜ君はバジェのところにいると知っていたんだ?」


 モヘレブ太守は、ズィゴーの高圧的な物言いに全く動じず平静だった。


「……それは――この男……」


 ズィゴーがクレメンテの方を指さして言った。


「この男が嘘をついているんです!!!」


「……いやそれは無理があるだろう」


 太守が鼻で笑って続けた。


「クレメンテくんが君を陥れたところで何のメリットもないだろう?……アギア、ナクサ。お前たちは何も知らんのか?」


 太守はズィゴーの隣に俯いて座っている部下たち二人に尋ねたが、隣のズィゴーが、怒りを押し殺したギラギラとした目で見つめているからか、彼らは俯いて黙ったままだった。

 モヘレブ太守は再び「……ふむ」と大きく息をついて背凭れに凭れ掛かかり、おもむろに『ルクタの秘宝』の話を始めた。


「ルビナスさん、『ルクタの秘宝』はバジェの手に渡ったと思いますか?」


「……分かりません。分かりませんが……もしエドアルドが秘宝を手にしていたのならば、私を誘き出す必要はなかったんじゃないでしょうか」



「そうだと思います」とクレメンテも横から口を挟んだ。嘘つき呼ばわりされて、ズィゴーの悪事を積極的に暴いてやりたくなったのもある。


「バジェさんは、ズィゴー隊長に言っていました。『業突張ごうつくばりの老いぼれが!金は死んでまで持っていけるものでもなし。黙ったままだ』と。ホセ=ビアンテ・ルビナスは、バジェさんに、秘宝の在り処を漏らさなかったんだと思います」


「……なるほど。では、ルビナスさん、エドアルド・バジェについて、もう少し聞かせてください。あなた方の元から行方を晦ました時、バジェは多額の金を持って逃げましたか?」


「いえ。そんなことはなかったと思います。義父ちちと二人で『ルクタの秘宝』を探すために船で出ました。お金を持ち逃げするといったことはありませんでした」


「では、エドアルド・バジェはモヘレブでどうやって金を工面していたと思いますか?市街地の見える高台の屋敷に住み、特に商売をしている様子もなく、優雅に暮らしていた。『ルクタの秘宝』を手に入れたわけでもなさそうだ。……彼の生活費はどこから出ていたのでしょう」


「……それは――私には分かりかねます」


 ピラールは言葉を詰まらせ俯いた。バジェの普段の暮らしについて、彼女は全く知る由もなかった。隣に座っているアラルコスが心配そうに彼女の顔を覗き込む。


「アギア、ナクサ。これについてもお前たちは心当たりがないか?」


 二人は膝の上で拳をぎゅっと握ったまま黙って俯いていた。


「……知っていると思うが、公金横領は罪だ」


 クレメンテは公金横領・・・・という言葉を聞いて、ハッとしてズィゴーの顔を見た。クレメンテたちがバジェの屋敷に来て初めてズィゴーが訪れた日のことを思い出した。

エドアルド・バジェと共に何か話していたズィゴーは、その書斎から鬼のような形相をして出てきたっけ?ちょうど今、クレメンテの方を見つめている怒りに満ちた表情と同じものだ。


――新年早々、ズィゴーとバジェが話していたのは、金の話だったんだ。


 クレメンテは思った。


 あの時バジェは言っていた。


「オレの関わるヤツは業突張ごうつくばりばかりだ」


 それから


「ゼラノーギ・ズィゴーにとってはオレの言うことは絶対だ……アイツの首根っこはオレが抑えているんだからな」


 ズィゴーはバジェに新年早々金の無心をされたんだ。それも法外な額だったのに違いない。それであんなに怒っていたのだろう。バジェの口ぶりからすると、ズィゴーは、要求を拒みたかったが、弱みを握られていたため断り切れなかったのだろう。そして、その弱みとは、ホセ=ビアンテ・ルビナスの拉致監禁……『ルクタの秘宝』を巡るものだったのではないか?


 モヘレブ太守が続ける。


「……ここ二、三年増大し続ける機密費の使い道に興味があってね。ズィゴー隊長、君の留守中に部屋を捜索させてもらった」


「機密予算が必要なのは近年海賊により被害が増えているからだとご説明したでしょう!」


「果たしてそうか?こちらに提出されている帳簿のほかに、もうひとつ帳簿が見つかった。ここにはエドアルド・バジェの名が散見されるようだが」


 太守は手に持っていた羊皮紙の束を机上に乗せて言った。


「それはエドアルド・バジェがホセ=ビアンテ・ルビナスを監禁していたから海賊の襲撃に備え……」


「君はなぜそれを二、三年も前から知っていたというのだ?エドアルド・バジェがホセ=ビアンテ・ルビナスを監禁していたことを!!!」


「それは……」


 太守に強い口調で問い詰められ、ズィゴーは言葉を詰まらせた。さらにピラールが口を挟む。


「そういえば、エドアルドは最後に養父ちちに、養父ちちを裏切ったのは誰かに頼まれたと言っていました。脅迫されたと……」


 太守とジャファル以外の、その場にいた全員がエドアルド・バジェの言葉を思い出し、一斉にズィゴーの方を見た。


「違うんだ!ホセ=ビアンテ!!!オレは自らお前を裏切ったんじゃないぞ!!!神に誓ってオレは悪くない!!!!!オレは頼まれたんだ!!!脅迫されたんだ!!!悪いのは……悪いのは全部…………全部………………」


 この言葉に続く名前は、ゼラノーギ・ズィゴーだったのだろうか?

 ズィゴーの額には青筋が浮かんでいる。整った顔を怒りで真っ赤に紅潮させているのが見て取れる。


「私は……私は……」


 ズィゴーはフーフーと肩で荒い息をしながら、苦しそうに言葉を詰まらせていた。頭をフル回転させても、自分に都合のいい申し開きが思い浮かばないようだ。


「ズィゴー隊長。質問を変えよう。アラルコスがエドアルド・バジェの屋敷に侵入した晩、もう一人、暗殺者アサシンの襲撃にもあっていたようだが……それについての調べは進んでいるのかな?」


 モヘレブ太守の言葉に、ズィゴーの顔がサッと蒼褪めた。


「……それは、海賊が雇ったものと――」


「オレたちはそんなことしてません!暗殺者を雇うなら、オレがひとりで侵入するわけがありません」


 ズィゴーが口の中でもごもごと呟いた歯切れの悪い言葉に対し、アラルコスがきっぱりと反論した。


「ズィゴー隊長、暗殺者の雇い主は誰かね?……君は知っているはずでは?」


 ズィゴーはがっくりと肩を落とし、俯いたまま黙っていた。


「この新たに見つかった帳簿の一番最後のページには「山の老人」の記述が……」


「……分かった。分かった!分かった!」


 太守の言葉を遮って、ゼラノーギ・ズィゴーが観念したかのように大声を出した。

 ゼラノーギ・ズィゴーの話は、こうだった。


 『ルクタの秘宝』を手に入れるため、エドアルド・バジェを使って、ホセ=ビアンテ・ルビナスを裏切らせたものの、秘宝の在り処の口を割らないホセ=ビアンテを監禁。それをネタにズィゴーはバジェに脅迫を受け、金を支払っていた。しかし、今年になってその支払額の増額をバジェが要求したので、殺害を計画。暗殺者を雇った――


「……しかし、私が『ルクタの秘宝』に目を付けたのは、私利私欲のためではありません。それは、海賊が手に入れるべきものではなく、国庫に入るべきものだと思ったからです。私は私の正義を貫いたまでです」


「横領を正当化するつもりかね?」


 モヘレブ太守の追及に対し、ズィゴーはきっぱりと断言した。


「それは悪を撲滅するための必要経費です。海賊は……元海賊も含め、悪だ。絶対的な悪です。……そして私は正義だ」


「監禁も、横領も、暗殺も、それは正義ではない」


「国のためです」


 モヘレブ太守は閉口し、天を一瞬仰いだ。そして


「連れて行け」


と、扉のそばに立っていた側近に、警察隊長の逮捕を命じた。


「私の逮捕は、国への反逆ですよ、太守。」


 モヘレブ太守の側近たちに両脇を抱えられ席を立ちながら、ゼラノーギ・ズィゴーは不敵な笑みを浮かべて言った。


「……君の話は裁判で聞こう」


「あなたに私を裁く権利があると思ったら、それは間違いだ」


 ズィゴーと、その部下たちが退室するのに目を向けることもなく、モヘレブ太守ヒドーサ・ワゼギムは口を閉じ、一言も発しなかった。黙っている太守に対し、ズィゴーは続けた。


「賽は投げられた――私が勝つか、あなたが勝つか。いずれ分かる時が来るでしょう」

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