第23話 尋問
「……クルスームさん、待ってください!」
黒い腰まで伸びた長髪を潮風になびかせながら、涼しい顔をしてドゥーニアから降りるジャファル・クルスームの後ろから、またがった人のよさそうな優しい顔をした小太りの男が、後ろにナギルを伴い、汗をかきかき追いかけてきた。
「太守!!!」
サレハの隣でズィゴーが叫ぶ。
「太守!太守の後ろにいるのは、先般タサでの父親殺しのクーデーターを起こしたナギル・ルルーシュ!!!そして、これがその部下サレハ……サレハ・イスマーンですぞ――」
先程まで喉元に突き付けられた槍をグッと右手で握り、ゼラノーギ・ズィゴーがモヘレブ太守ヒドーサ・ワゼギムに喚くのを、サレハは横目でムッとしながら睨みつけた。
「……分かっている。分かっているとも、ゼラノーギ。ゼラノーギ、お前にも聞きたいことがある。……イスマーンさん、あなたも我が公邸に来てくれますね?」
ワゼギムの突然の申し出に、サレハはハッとしてジャファルの顔を見た。ジャファルは長い睫毛の奥に、どこを見ているのか分からないほど大きな黒い瞳を動かさないまま、口を一文字に結んだままだ。
タサからウェセロフ国境の河川沿いの町ヨジエに出兵したあの日以来、クーデターが起こったタサに戻れなかったサレハは、この幼馴染の男が敵なのか味方なのか判別しかねていた。
初陣のためヨジエへ共に向かっていたナギルが、クーデターの首謀者として実の父親殺しの罪に問われたのを助け出し、エラム帝国の最東端のタサから、最西端のモヘレブまで逃亡してきたのだ。今更敵の手中に自ら落ちるわけにはいかない。
タサで兄弟のように一緒に育ったジャファルを頼るべきか頼らざるべきか?ナギルの父に、そして、ナギル自身に、ナギルに忠誠を尽くすと誓ったサレハは考えあぐねていた。
「……行こう、サレハ」
ジャファルの顔を無言のままじっと見つめ、モヘレブ太守への回答に悩んでいるサレハに、ナギルが声を掛けた。
「僕は父を殺していない。ここまで来たら逃げ回らずに、その申し開きをすることも大切だと思う。僕は父を殺していない」
ナギルはその澄んだ青い瞳をまっすぐにサレハに向け、きっぱりと言い放った。
「……そ、そうだ。……申し開きは署でしてもらおう。連れて行け」
平静を取り戻したゼラノーギ・ズィゴーが残っている動ける部下たちに指示を出した。
「……ま……待ってください。オレたちもしょっ引かれるんでしょうか?」
ナギルやサレハの事情も、今の事態も飲み込めずにいるクレメンテが横から口を挟んだ。
「君は?」
ジャファルが黒目がちな瞳を動かし、クレメンテの方に視線を送った。
「オレは、クレメンテ・ドゥーニ。ジョゼッフォ・バイロウという奴隷商人から、コイツを逃したんですが……」
クレメンテの隣でジル・イルハムがこくりと頷く。
「お前がクレメンテ・ドゥーニか。ジョゼッフォ・バイロウの奴隷をすべて逃がしたとか街で噂になっとるな……ある種の英雄扱いだ、お前は。……ふむ」
ジャファルの後ろからモヘレブ太守が口を開いた。
「お前のおかげで確かにモヘレブの治安は悪くなった。街へと放ったところで今回のような争いが起き、治安が乱れる。……そして、お前たちをバイロウに引き渡したところで、うんざりするほど気味の悪い死体が二つ増えるわけだ。……そこでだ。ここでお前が我々に捕まることはそんなに悪いことかな?」
「……というと?」
太守の言いたいことが飲み込めず、クレメンテは不躾にも聞き返すことしかできなかった。
「我々公的な権力に捕まっとるうちは、君たちにバイロウも手出しはできないのだから、逆に安心ではないかな?」
「……なるほど!確かに」
クレメンテとジルは、この考えに手を打った。
こうして、ナギル、サレハ、クレメンテ、ジルの四人は、ピラールとアラルコスと共に、モヘレブ太守とモヘレブ警察隊長、そしてジャファル・クルスームに連行され、モヘレブ公邸へと赴いた。
「審議すべき事項は大きく二点……クレメンテ・ドゥーニがジル・イルハムはじめバイロウの
公邸の会議室一番奥の席に座っていたモヘレブ太守が話の口火を切った。その右隣りにはゼラノーギ・ズィゴーその部下二名が座っていた。その他にエドアルド・バジェの屋敷にいた十人ほどの警官たちは、ズィゴーの背後の壁側に整列して立っていた。太守の左隣にはナギル・ルルーシュ、ジャファル・クルスーム、サレハ・イスマーンが並んで座っている。そしてその後ろに、ピラール、アラルコス、クレメンテ、ジルの順に立っていた。
「ひとつはモヘレブをピラール率いる海賊が襲撃した件。二点目は、ナギル・ルルーシュとサレハ・イスマーンの反逆罪についてだ。まずはゼラノーギ、前者の方から報告してくれないか?」
「はっ」
ゼラノーギ・ズィゴーは立ち上がると、恭しく頭を下げ、モヘレブ太守に陳情し始めた。
「一月八日のモヘレブへの海賊襲撃事件の後、エドアルド・バジェの屋敷に忍び込んできたところを捕らえたアラルコスを使って、エドアルド・バジェが、ピラール・ルビナスを誘き出そうと計画しました。それは、元海賊バジェは『ルクタの秘宝』を巡ってホセ=ビアンテ・ルビナスを裏切り、地下牢へと閉じ込めていたのですが、『ルクタの秘宝』の在り処が聞き出せずにいた。そのため、
そして一月十五日。本日アラルコスを餌に誘き出したピラール・ルビナスを捕らえ、『ルクタの秘宝』の在り処をホセ=ビアンテに聞き出そうとしたのですが、捕らえていたホセ=ビアンテを逃すという誤算が生じました。
さらに、バジェの用心棒をしていたサレハ・イスマーンが雇い主を裏切り、アラルコスを逃すなどの悪行を行った。
予想外の出来事が重なり、パニックに陥ったエドアルド・バジェはピラールを人質にしようとしましたが、脱獄してきたばかりの捨て身のホセ=ビアンテ・ルビナスと共に海の藻屑と消えました。
エドアルド・バジェはご存じの通り、当市に税金を納める善良な市民です。その命が失われたことを大事と考え、また、私たちは、海賊からモヘレブの治安を守るために、海賊たちとナギル・ルルーシュ、及びサレハ・イスマーンの逮捕を命じました」
「ふむ」と太守が頷くのを見て、ズィゴーが着席する。太守はピラールの方に顔を向け、穏やかな口調で尋ねた。
「ピラール・ルビナス、一月八日、君がモヘレブの港を襲撃したのはなぜかね?」
「それは……それは、先程ズィゴーさんが話していたように、エドアルド・バジェが
「……なるほど。しかし、お
「はい。この人と一緒に
ピラールはジル・イルハムのほうを左手で指しながら答えた。モヘレブ太守の温和でいて真実を見抜こうとする真摯な目線を感じて、ジルも頷く。
「……君はどういった経緯で、ホセ=ビアンテ・ルビナスと一緒に脱獄してきたのかな?」
「はい。オレ……私は……どこから話せばいいんだろう?……私は、クレメンテと共に、バイロウの元から逃亡した後、ここにいるナギルとサレハに出会いました」
「なるほど。エドアルド・バジェとはどこで知り合いに?」
「バイロウが雇ったゴロツキから逃げるのを助けてもらったんです。私たちは、国外へ逃亡するために船に乗せてもらうのと交換条件に、バジェさんの護衛を引き受けました」
「護衛を?それは海賊からの?」
「海賊からとは特に言われませんでした。護衛を頼むと言われたんです」
「護衛をしていた君がなぜ捕まるようなことに?」
「……私を捕らえたのは、あの熊男――バジェさんの下男でした。深夜の見回りをしていた際に離れに明かりが見えたので、気になって見に行ったところ、地下牢へと続く階段が開いて……そこを降りて行ったところを捕まってしまいました。私には分かりませんが、ホセ=ビアンテ・ルビナスのことは秘密にしておきたかったのかもしれません」
「……ふむ。それで?君はどうやって脱獄したんだ?」
「それは、クレメンテが……ここにいるクレメンテ・ドゥーニが助けに来てくれたからです」
ジルが隣に座っているクレメンテの腕を掴んだ。クレメンテは照れ臭そうにその手を振り払ったが、その顔には、嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
「クレメンテは一月十五日の深夜0時にピラール・ルビナスが、バジェの屋敷にくることを事前に教えてくれました。そこで、私たちはホセ=ビアンテ・ルビナスとも相談し、その時間を見計らって、外に出ることにしたのです」
「ほう。……クレメンテくんはどうやって、離れに地下通路があると知ったのかね?」
モヘレブ太守がクレメンテのほうに話を向ける。クレメンテはこの質問に淀みなく答え始めた。
「それは……アラルコスが屋敷に侵入した時に、バジェさんがスハイツ――バジェさんの下男に、アラルコスを捕らえるように指示したからです。オレは、ナギルとサレハと共にスハイツがいつもいる北の離れを監視するようにしていました」
「スハイツを監視しているうちに見つけたと?」
「はい」
「ホセ=ビアンテ・ルビナスのことは知っていたのかね?」
「はい……なんとなくは。アラルコスが屋敷に侵入した日に、なぜ彼らがエドアルド・バジェを狙うのかを尋ねた際、初めてホセ=ビアンテ・ルビナスという海賊の名前を知りました。その前に、エドアルド・バジェさんが、そちらのズィゴー隊長と、『例の男』だとか『
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