第4話 暁月夜の追跡者
ツンと鼻をつくアンモニアの混じったスパイシーな臭いが漂う、バラックの建ち並ぶ暗く細い路地裏を、サレハとナギルは
キラリキラリと微かな月光を反射して輝くナギルの長い銀髪を目印に、クレメンテたちは胸と腿がはちきれそうに痛くなるのを感じながら、全速力でついて行った。
今にも崩れそうな黒く煤けた木造の建物と建物の隙間を右手に曲がる。
――み、見失った?
はあはあと息を吐いて、上半身を前に曲げて、ごくりと唾を飲み込みながら、クレメンテが立ち止まった。
建物の合間の道とも言えない私道を、息を突きながらとぼとぼ歩いてようやく抜けると正面に、腰を落として二本の長槍を構えるサレハの姿が見えた。
追いつけたことに喜んだのも束の間、サレハの目線の先に立ちふさがる、ゆらりゆらりと風に吹かれたように揺れる細長い黒い影が見えた。その揺れる影は奥からひとつ、またひとつを増えて三体になった。黒い地面からにょろにょろと這い出てきた地獄の使者のように、闇の中をゆっくりと蠢く影を、ようよう目を凝らして見てみると、それは黒装束を頭からつま先まで身に纏った人間だ。
「……
サレハの唇がそう呟いたように見えた。口元を歪め、不敵な笑みを浮かべてはいるように見えたが、額からは一筋の汗が流れている。ギラギラと見開かれた眼は目の前にいる三体の暗殺者を見つめていた。月魄亭で先ほど襲ってきた暴漢に対峙するのとは明らかに異なり、ピリピリと空気が張り詰めているのが、離れている伝わってくる。
ゆらゆらとサレハに近づく暗殺者の影は、長槍が届くか届かないかの距離、約5メートルほどサレハから離れたところで、ぴたりと止まった。
瞬間、合図があるわけでもない。
三人の暗殺者は一瞬腰を落とし、懐に手を遣ると一瞬音もたてずに夜の闇よりも黒い影だけ残して、サレハに襲い掛かかっていった。暗殺者の懐からなのか、銀色の光がキラリと光る。禍々しく反り返った50センチほどの長さの両刃のナイフだ――
「まずは一人!」
サレハが右手の槍で正面から走ってきた暗殺者のみぞおちを突き刺し、右手に思い切り降り投げた。暗殺者の体躯が槍から離れて宙を舞う瞬間、血しぶきが大きく弧を描いて飛散する。地面に投げ出された暗殺者はピクピクと痙攣し、すぐに事切れた。
「二人目!!!」
一人目を突き刺すのとほぼ同時に右側から奇声を上げて切りかかってきた暗殺者を左手に持っていた槍で右下段から上段に向かって袈裟懸けに薙ぎ斬る。二人目の暗殺者は、クレメンテたちの出てきた細い通路側の建物の壁に思い切り背中を打ちつけられ、ずるりと地面に落ちた。暗殺者は俯いたまま、ごふりと黒い血反吐を吐いた。
すでに二人殺られているにも拘らず、三人目の暗殺者は全くひるむ様子もなく、サレハの左背後に回って腰を落とし、脚に向かって切りかかってきた。サレハは遠心力を利用して左手にぐるりと向き直り左腕に装着している盾で、その攻撃をかわし、右手の槍を背中に戻して、腰の半月刀をすらりと抜き、暗殺者の首筋を瞬時に掻き切った。動脈からドバッと溢れ出た鮮血がサレハの顔をべたりと濡らした。
「ナギル……危ない!!!!!」
半月刀を一振りし、滴る返り血を落として軽々と鞘に戻しながら、背後のナギルの方を振り返って、叫ぶと同時に駆け出す。
「え?」
サレハの後ろで構えていた刀を鞘に戻そうとしていたナギルめがけて、建物の上からさらなる暗殺者が、地面に突き立てるようにナイフを構えて、落下してきたのである。
「――――っ!!!」
カタンカタンと音を立てて、暗殺者の持っていたナイフがキラキラと刃に光を反射させながら地面を回転しながら落ちていった。
間一髪でクレメンテが投げた懐刀が、暗殺者の手の甲に刺さったのだ。暗殺者は血が流れるのも気にせず、甲に刺さったナイフを思い切り引き抜き、痛みを感じないかのようになおもナギルに切りかかろうとするのを、駆け寄ってきたサレハが横から切って捨てた。
「あ……ありがとう」
ナギルはクレメンテとジルの方に首を向けると、よく通る涼やかな声で礼を言った。
……と同時に、長い銀髪とカーキ色のローブを翻し、滑らかに二人の方に足を踏み出してきた。ナギルが右手に持つ半月の白刃がきらきらと闇の中できらめいて舞う。
――カチィィィィィィィィン!!!!!
何か金属のあたる高い鋭い音がした。
翻った銀の長髪とローブがナギルの背中にふわりと揺れて戻った。背中越しに見えたのは、ナギルが半月刀を、サレハが倒したかに見えた二人目の暗殺者の胸に突き立てた光景だった。暗殺者の手元には黒く70センチほどの筒状の棒が転がっていた。
暗殺者は最後の力を振り絞って吹き矢を放ったのだ。
暗殺者の胸から半月刀を引き抜くナギルの黒い影が月の光を背に照らし出されている。
煌々と輝く月の光をまとい、ナギルの華奢な体躯がぼんやりとオーラのように青白く自ら光を放っているように見えた。
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