第17話 姫は一級審問官でした
俺たち兄弟に暗殺者の仲間と疑われた騎士は、拘束の理由に納得がいったのか大人しくなった。
だが、姫がその騎士の前に赴き一言こうつぶやいた。
「あなたはこの者たちの仲間ですか?」
当然騎士はこう答える――
「いいえ! 神に誓って違います!」
当たり前だ……そう易々と証拠のない犯行を認める犯罪者なんかいない。
「そうですか! 良かったですわ! ジェイル様、この騎士の開放をお願いします。この者は盗賊の仲間ではありません」
俺たち兄弟は顔を見合わせて、『マジか……』という表情をお互いがしているのに気付く。二人で苦笑いをするが……さて、この姫様どうしよう。
「お二方……今、わたくしを残念なものを見るように見ましたね……。なんとなく分かるのですよ」
「「いえ、そのようなことは……」」
またハモったが、姫に一蹴された。
「嘘ですね!」
「「…………」」
「うふふ、ごめんなさい。わたくしは一級審問官の資格を所持しているのです。なのでわたくしには一切嘘は通じませんのよ。今回の襲撃も、審問官の公務で赴いた案件が関わっているのだと断言できます」
そう言いながら、姫は【亜空間倉庫】から一級審問官の資格証明書を取り出して俺たちに見せた。
審問官は国家資格とされているが、実はその資格は神が与えた恩恵のユニークスキルの1つだ。
だが、この神の与えたとんでもないユニークスキルは、一切の嘘を暴く代わりに、当の本人も一切嘘が吐けないという重い枷が付く。
審問官には一級から三級までの級が有り、嘘を見抜く確率が変わってくる。
三級で50%、二級で75%、一級で100%嘘が分かるらしい。50%なら意味ないのではと思われがちだが、確率的には嘘が2回に1回判別可能なのだ。似た質問を繰り返し、嘘だと判別できた時点で嘘は見抜かれる。大事なのは確率ではなく、1度でも嘘だと判定できればそれは嘘だと確定する精度の方だ。はっきり言って審問官にかかれば嘘は一切通用しない。
姫が持つ一級審問官だが、1回問えば100%嘘かどうか判定できる。というか、会話中に吐いた嘘も完璧に見破られる……これはヤバい。
神が与えた恩恵なので、その言葉を誰も疑うことはない。だって当人は嘘を一切吐けないのがこの恩恵の最大の特徴なのだからだ。彼女が嘘だと言えば、それが真実なのだ……何せ神のお墨付きだしね。
だが、このヤバい恩恵は人を遠ざける。
嘘を吐かない人は居ないと言って良いだろう。皆、言葉の中に嘘を混ぜて生活している。この姫はその嘘を全て暴いてしまうのだ。それを知っている人は誰も近付きたくない筈だ。
特に俺のような秘密が一杯の人間には苦手な人物といえよう。
「一級審問官……」
兄様がそう呟いて彼女を見ている。
ありゃりゃ……確かに嫁にするには重い枷持ちだよね。大きな我が国でも一級審問官はたった5人しかいないのだ。この小さな国なら彼女しかいない可能性も高い。この恩恵はそれくらいレアなのだ。幼少時に持っていても、大人に成長するまでに殆どの者は禁忌の嘘を重ねてしまい、神からその恩恵を剥奪されてしまうからだ。
兄様が彼女を嫁にしたくても、残念ながらこの国が手放すはずがない。
そういうことなら騎士を拘束する意味もなくなったので、疑ったことを謝ってすぐに解放した。
「先ほど公務の関係と言っていましたが、姫は暗殺される心当たりがあるのでしょうか?」
兄様が質問すると、悲しそうな顔で姫は答えた。
「ここから馬車で2日の場所に侯爵領があるのですが、税の横領を多額にしていると密偵から報告があったそうです。父から依頼を受け、それを調べるために王都から向かっている途中でした。おそらく事前に察知した侯爵家の者が、わたくしを暗殺しようとこの者たちを差し向けたのでしょう。わざわざ叔父様の所には寄らず、王都から少数精鋭で直接侯爵領に向かっていたのに、どこかで情報が漏れたのでしょうね……」
う~ん、そんなことをしても一時凌ぎじゃないか。
「姫様、あなたを暗殺しても、また違う審問官が行けば同じではないですか? そんなリスクを冒してまで暗殺を目論むでしょうか?」
「ルーク様、我が国にはそれほど多く審問官は居ないのでございます。わたくしを殺せば、次の審問官を手配して赴くまでに少なくても2週間の時が稼げるでしょう」
「その間に証拠隠滅を企んでいると?」
「はい、おそらくそうではないでしょうか。重要参考人として捕らえている者が数名いるのですが、その者らをどうにかして国外に逃がしてしまえば、問い詰める相手がいなくなるのでどうしようもなくなってしまいます。敵陣故、我が手の者の数は少ないですからね……無事だと良いのですが……」
姫を襲うぐらいだ、捕縛している者たちが襲われている可能性もあるのか。
「でも、命令していた侯爵自身は残っているわけですよね? その侯爵自身を直接尋問すればいいのでは?」
「ルーク、物的証拠や他の証人が居なければ、流石に相手が侯爵家ならそう簡単に断罪できないだろう。それに秘密を知っている関係者は国外逃亡というより、既に殺されている可能性が高いな。それにのらりくらりととぼける答え方もあるんだよ。まぁ、自領で襲うと流石にあからさまでまずいと思い、こうやって公爵領内で盗賊を装って姫を襲ったんだろうけどな」
「確かに……姫に暗殺者を差し向けるくらいですからね。確実にするには死人に口無しですよね」
ということで、姫の審問が始まった。
「あなたは何かご存知ですか?」
「クククッ、俺は金で雇われただけなので何も知らん。残念だったな」
「あらあら、事実のようですわね。これでは何も情報が引き出せませんわ……困りました」
普通暗殺者は一切喋らない。身バレしないように声を発することすら珍しいのに、こいつはニヤケ顔で質問に答えた。
ヤバい……何故か本能が警告を発し続けている。第六感というやつだ。もしや!
ある発想が閃いた瞬間、本能の警告が確信へと変わった!
奴が手首を捻るような少し変な動きをしたので、俺は迷わず行動に出た。
「姫様こっちへ!」
俺は強引に姫を奴から引き離し、そいつの心臓に剣を突き入れた!
「グッ……」
アサシンの男は一瞬痛みを堪えるような声を発し、すぐにこと切れた。
「「なっ!?」」
「ルーク! お前何をしているのだ! 幾ら暗殺犯とはいえ、拘束した無抵抗な奴を……」
うわ! めっちゃレベルが上がった! 今はもう兄様とパーティーを解除しているので、単独で経験値が入ったのだ。兄様は抵抗できない人間を殺した俺を諌めようとしているが、俺は正しい判断だと思っている。人を殺すことに忌避感はあるが、俺が躊躇ったせいで誰かが傷つくのはあってはならない。
「どうしました!? 何があったのです?」
うん? すぐ横で俺が暗殺者を刺殺したのに何を言っているのだろう?
近衛隊の女騎士が姫に説明している。それを聞いた姫の顔が少し険しくなった。
「姫様、ひょっとして目が悪いのですか?」
「はい。全く見えないわけではないのですが、かろうじて人の形が分かる程度です。夜間や薄暗い部屋の中だとほとんど見えません。そんなことよりルーク様、どうして急にわたくしを引き離して無抵抗な者を殺めたのですか? 先程は我が国の騎士をお止になったくらいなのに……訳がおありなのでしょう?」
ちゃんと殺した理由を聞いてくれるあたり有り難い。
姫様、目が悪いのか……だから手を引かれていたんだね。
全く見えないわけではないようだけど、生活に支障があるほどの弱視みたいだ。
「ルーク、優しいお前らしくない! いったいどうしたのだ!?」
「兄様なら、こいつに何か感じていませんでしたか?」
「……嫌な感じはずっとそいつからしてはいたが……でも、【魔封じの枷】を付けたうえ、ロープで拘束しているのだぞ? 雇い主のことは何も知らないと言っていたが、それでも滞在先や仲間の人数など、他に何か有力な情報を聞き出せたかもしれないだろ?」
「捕えてからも、ずっとこいつからは危険な感じが消えませんでした。第六感がずっと警鐘を鳴らしているのです。こういう時は逆らわずにそれに従うべきです。こいつの【亜空間倉庫】の中の物はまだ抜いていなかったのです。僕も手枷が道具さえあれば結構簡単に外せるということを思い出したのはつい先ほどなんです」
「何を言っているのだ?」
「こいつは手枷をこっそり外して、再度姫を襲うのを虎視眈々と狙っていたのだと思われます。だから、危険察知がビンビン働くのです」
「ルーク様の仰る言葉に嘘は一切ないですが、全て憶測ですよね?」
暗殺者の周囲には【亜空間倉庫】の中に入っていた物が死亡によって全て放出されている。その中には毒の塗られた吹き矢や、投げナイフ、弓矢など様々な武器や暗器が有った。
「確かに憶測ですが、これだけの武器を所持していたのです」
ぶちまけられたアサシンの所持品の中から、箸くらいの長さの棒を1つ拾い上げる。
「このデスケロッグという魔獣の即死毒が塗られた吹き矢を姫に放たれていたら、一巻の終わりでしたね」
う~ん……俺がこれから世話になる国の姫様の好感度が下がるのは回避したいよな~。
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