第22話「VSドライアド その3」

「はぁ、はぁ、はぁ、なんなのよ! なんなのよ!! こんなの聞いてないわ!! わらわの分身があっけなく殺された!!」


 人間くらいの大きさの樹が、根を足のように動かし、必死に逃げる。

 その樹は幹の丁度真ん中程に女性の顔が存在し、その顔は、先ほどバーサスたちが戦ったドライアドそのものだった。


 ドライアドは、ときどき、後ろを確認しながら、明確な目的地を持って移動していた。


「あんな不死身のバケモノは同じく不死身と言われるデュラハンのやつに任せるに限るわ! わらわはこの程度で死ぬ訳にはいかないのじゃ!」


 まるで、逃げていることへの言い訳をするかのようにわざわざ声に出しながらも、森の中をひた走る。

 すでに先ほど戦った位置から数キロは離れた位置ではあったが、それでもドライアドは走ることを止めなかった。


「なぜなのだ? なぜか、追われているような嫌な感覚が付きまとう」


 その感覚はどれだけ逃げようともなくなることはなく、自然と何度も意識が後ろへと向く。


 そのとき、ガサガサッとビニールがこすれる音がして、ビクッと体に緊張が走る。


「も、もしや……」


 ドライアドは恐る恐る、その音の方を向く。


 ガサガサ、ガサガサ。


 風でビニール袋が飛ばされており、それが音の正体だった。


「ふぅ、神経質過ぎかのぉ。あのバケモノの音に聞こえたのじゃが。まぁ、流石にわらわを追って来るのは不可能だろうの」


 ドライアドは音は別の物で、先ほどから感じる嫌な予感は、神経質になっている所為だと思い。自身を落ち着かせようと、大きく息を吸う。


 ガサガサ。


 耳元から聞こえたビニールの音にまたしても一瞬だけ体が強張るが、今度はそこまで驚かず、また風でビニールが飛ばされているのだと思った。


 ガサガサ。


 流石に何度も耳元で鳴るのは煩わしいと考えたそのとき、


「耳元……? 飛ばされているなら、移動するはずなのに……」


 ドライアドはゆっくりと、生唾を飲み込みながら、樹の体を振り向かせる。


「ッッ!!!!!!」


 ビニール袋を被った、巨漢の怪物がそこに立ちすくみ、何を考えているか分からない瞳で、じっーとドライアドを見つめる。

 口に当たる部分のビニールが膨らむと、小さな声だったが、確かに、


「見つけた。やっと1対1」


 と呟いていた。


「ッ!! あ、ああ、きゃーーー!!!!」


 ドライアドは悲鳴を上げ、全速力でなりふり構わず、脱兎のごとく走り出した。


「なんで、あいつがここにいるの!」


 ドライアドは何度も振り返り、ドニーの姿を確認する。

 ドニーは急いでいるようではあるが、その歩みは遅く、あっという間にドライアドと距離が開いていく。


「はぁ、はぁ、はぁ、追って来ない? 逃げ切れたの?」


 後ろを振り向きつつ、碌に前も見ずに走っていたドライアドは、ドンッと固い何かにぶつかる。

 最初は余所見の所為で、森の樹にぶつかったのかと思ったが、その感触は樹というより、肉に近かった。

 それが何を意味するのかを一瞬で理解したドライアドは恐怖のあまり、呼吸するのも忘れ、ぶつかったモノをゆっくりとした動作で確認する。


「あ、ああ……」


 眼前には視界確保ように穴が開いたビニールが映りこむ。

 死を覚悟したドライアドは、その場にへたり込むと、最後の抵抗を行った。


「待って! まだ死にたくない!! なんでもしますから! ここから全員で引き上げます! わらわが貴方の女になってもいい!! だから助けて!!」


 最後の抵抗、つまり、命ごいを始めたドライアドだったが、ドニーは無慈悲に拳を振り上げる。


(ああ、死んだわ)


 完全に死を覚悟したドライアドだったが、しかし、ドニーの拳は振り下ろされることはなかった。


「ど、どういうこと? わらわを助けてくれるの?」


 その問いに対し、ドニーは答えることはなかったが、何かを探すようにキョロキョロと周囲を見回し、ドライアドに対しては全く注意を向けていなかった。


(これは、わらわの美貌が聞いたということね! ピンチだと思ったが、これはチャンスよ! 殺し方はわからないけれど、今のこいつなら、首をね、四肢を切断すれば、少なくともすぐには追跡不可能のはずね)


(喰らえ!!)


 正体である樹木の状態では、腕はない代わりに、枝の一本一本が敵を切断する刃と化す。


(相手はこちらに気づいていない! やった。勝った!!)


 ドライアドがそう確信した瞬間、ふわっと体が浮く。

 

「えっ?」


 正確にはドニーがドライアドの幹を掴み、投げ飛ばしていた。


 ドンッと大きな落下音を立てて、地面へ倒れたドライアドは、先ほど自分がいた場所に1匹の野うさぎが穴を掘って隠れているのを目にした。


「ま、まさか、さっき攻撃を止めたのは、そのうさぎのため――」


 バキッ、ボキンッ! ゴキッ!


 樹が砕かれる音だけが、森へと響き渡った。

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