第23話泣いて、泣いた後に

 希は一時間以上泣き続けた。ひたすらに泣きじゃくり、疲れたのか泣き止んだ数分後には、僕の胸に顔を埋めて静かな寝息を立てていた。


 退かそうにも、不便なこの身体では彼女の片腕を持ち上げるのが精一杯だ。

 しかし、別に嫌な気分でもなく、冷静に考えると結構な役得だなと思ったので、そのままぼーっと天井を眺めながら時間が過ぎるのを待った。


 もうできることはない。あとは、その場の流れに身をまかせるとしよう。


 生前よりも度胸がついたというか、肝が座った気がする。

 きっと、どうせ消えるんだしという思いが、僕を大きく支配しているせいだろう。


 でも、少しだけ――本当にちょっぴり、このまま未来を歩みたいという願望が出てきている。

 

 違う。  


 必死に気づいていないふりをしているだけで、僕はちゃんと分かっている。


 ――生きたいなぁ。


 左右に頭を振る。これ以上、生きたいと思ってはダメだ。望み過ぎた幸福は最後には不幸となって自分とその周りの人に降り注いでしまうのだから。


 ならばせめて、死に際にこうして動ける身体を授けてくれた神様に感謝しながら、残りの期間を精一杯、悔いのないように過ごそう。


 彼女の透き通った黒髪を撫でる。彼女はピクッと動いたが、また安心したように規則的に肩を上下させる。


 僕が後悔なく消えることができるように、彼女にだけはどうしても笑っていてもらわないといけない。


 壁にかけられているアンティーク調の振り子時計が、八時半を示す。それと同時に床に放り出された彼女のスマホがけたたましく鳴り響く。


 彼女が小さく声を漏らし、目を覚ます。


 起こした顔は目元が赤くなり、前髪がボサボサに乱れている。そして、重たそうにうっすらと開けられた眼は僕をぼんやりと捉える。

 一瞬の沈黙の後、彼女の頬が少しだけ赤面した。


「ご、ごめん。寝ちゃってたみたい……」


「みたいというか、ずっと寝てたよ?」


「えぇ……恥ずかしいなぁ。その、色々とご迷惑おかけしました」


 のそのそと僕の上から降りた彼女は、スマホの内カメラを使って必死に前髪を直している。


「文字通り、胸を貸してただけだよ」


「もー恥ずかしいから、そういうこと言わないでよ! まさか幽霊くんとはいえ、男の人の上で寝てしまうなんて」


 彼女の様子を見て、自然と笑みが溢れる。赤ん坊のように叫んで、泣いて、寝て起きたら気持ちが吹っ切れたようだ。


「何笑ってんのさー! いつか絶対に幽霊くんの寝顔をこのスマホに収めてあげますからね!」


「残念。僕には睡魔というものが存在しないものでね」


「あー! ずるい! ペンで落書きして、ビューティーカメラで盛りに盛りまくってあげようと思ったのに!」


「なんだそれ、小学生かよ」


 軽く吹き出した。それにつられて彼女も笑う。


「じゃあ、行こうか」


 彼女は笑顔を絶やさず、大きく頷いた。




 鈴虫のささやかな音色と、夜だというのにやかましい蝉の騒音に包まれた小さな公園には街灯が一本だけポツンとあり、虫がばちばちと突進しては弾かれている。周りには民家と空き家が数件存在するのみで、人通りなど一切ない。


 希は黙って後ろをついてくる。彼女には作戦を話していないが、どうやら完全に僕に頼ることに決めたようだ。足取りはいつもより力強く見える。


 正直、僕は希と一緒に公園に赴く必要は無い。もう、僕ができることはやりきったのだから。ただ、予想が正しければ、僕がその場にいることで回避できることがある。


「ねぇ、さっきコンビニで何を買ったの?」


「ん? ああ、ちょっとね。使うことが無いといいけど」


「そろそろ、少しくらい説明してくれてもいいんだよ? なんだかんだ言って、やっぱりちょっとだけ怖いからさ」


「実は僕と君が行ってもできることは無いんだよね。待つしか無いというか、なるようになるしか無い」


「えっ……本当に不安になってきた。やっぱり、怖いかも」


 事実ではあるのだが、どうやら彼女は僕がどうにかすると思っていたようだ。

 どうにかするのは僕では無い。あくまで僕は傍観者。


 この件に関しては、当事者で解決するしか無いのだ。まあ、少しは口出しをするのだけれど。


 腰が引けたのか、彼女は距離を縮め、僕の背中に隠れるようについてくる。


 公園が近づくにつれて、ベンチに人影があることが分かった。絶妙に街灯が照らしてない位置にいるため、姿までははっきりと見えず、ぼんやりと輪郭が見えるだけだ。

 希もそれに気が付いたようで、小さく声を漏らすと、僕の服の裾をつまんで恐る恐る歩を進めた。


 人影はこちらに気が付いたようで、ベンチから腰をあげた。

 彼女の足が完全に止まる。それに合わせるように僕もその場で止まる。


 ゆっくりと人影がこちらに進んできて、やがて街灯がその姿を照らした。


「えっ!?」


 彼女の口から驚きの声が漏れる。

 僕は人影の姿を見て、小さく安堵の息を吐いた。


 色素の薄いセミロングの髪に整った顔立ちで、彼女と同じ制服に身を包んでいる人影の正体は、僕の予想通りの人であった。


「春華……?」

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