第20話罪と親友

「春華には一年以上付き合ってる彼氏がいるの。いつもとっても仲が良さそうで、私と春華は親友だったけど、春華と彼氏の間には私でさえ入り込めないくらい大きくて深い関係があった。彼氏の話をしている時の春華はいつのも何倍も笑顔で、あーこれが恋してる子なのかってずっと思っていたんだけど……」


「だけど?」


「七月の初め、春華はバイトの帰り道で強姦にあった……」


「強姦……」


 聞き馴染みの無い言葉だ。もちろん、意味は知っているが、少なくとも十八年間、この田舎町で暮らして来て、強姦が発生したという話は耳にしたことがなかった。この十年で治安がそこまで変わっているとも思えない。

 

「ううん。正確には強姦未遂かな。もうだめってなった時、手元に落ちてた石を振り回してたら、偶然襲って来た人たちの一人におもいっきり当たったらしくて、相手が怯んでいる隙に須藤先生がたまたま通りかかって事なきを得たんだけど……」


「そうか、よかった」


「でもね、問題はそこからで、春華が怪我させちゃった人、石の当たりどころが悪かったのか全治三ヶ月で、今も市立病院に入院中。よく分からないけど、先生曰く未遂な上に全治三ヶ月は過剰防衛にはならなくても、取り調べとかで相当な時間が削られるし、もちろん将来のことを考えると名声的によろしく無いから、この事は黙っておこうって話になったらしいの」


「そんな、馬鹿な……正当防衛なんだから、堂々として入ればいいと思うんだけど」


「私もそう思うんだけどね、春華、受験ほんとにギリギリらしくて、取り調べとかに時間を割いてるとやばそうなの。それに世間の目は様々だから、大学からもどう思われるのか分からないしね。後、何より彼氏にバレたくないんだろうね……ほら、のまだって言ってたし」


「彼氏なら、分かってくれそうだけど……。確かに隠したい気持ちも分からなくはないかな」


 信じがたい話ではあるが、彼女が嘘をつくはずがないし、嘘をつく理由もない。

 全てが事実。

 でも、何だろうか、このモヤモヤした気持ちは――今の話を聞いて引っかかるところがある気がする。どこかは分からないが、不自然な点が無くもない。


「それで、少し強引ではあるけど、今回のことに繋がるのか。須藤はこの事件をネタに君に交際を迫った。春華さんのことを世間にバラされたくなかったら、僕と付き合えってね」


「……うん」


「この件、春華さんは知ってるの? いや、知らないか」


「言えるわけないよ。私、春華には絶対に大学に受かって欲しいの」


 きっと、希は今、俯いているのだろう。

 結局、僕に縋ったはいいものの、もう半分諦めているように感じる。

 己が身より親友を優先する。僕が同じ立場であれば、きっと同じ選択をするだろう。しかし、その行為が第三者から見れば、どれだけ馬鹿で、可哀想で、愚かな行動なのか本人は気づかない。


 この件、彼女を助ける事はきっと、すごく簡単な事だ。


 しかし、全てを丸く収めるためには、もう一手、決め手となる何かが必要だ。

 その何かが、分からない。

 先ほどの話には明らかに不自然な点が存在する。


 何にせよ、時間がない。今すぐ動かないといけない。


「ねぇ、清水さん。今日も学校にいるかな?」


「えっ? いや、今日は多分図書館にいるんじゃないかな……。春華、雨の日は学校で勉強しないから」


「分かった。ちょっと、行ってくる。君は何かあるといけないから家にいてくれ。二時間で戻るから絶対に家から出ちゃだめだよ?」


「まっ――!」


 勢いよく湯船から出たのだろう。硝子越しに彼女のシルエットが映り込む。

 彼女が扉を開ける前に脱衣所を抜け、家を飛び出す。


 大丈夫。最悪の自体を回避する事は簡単だ。彼女には絶対に無理でも、僕なら絶対にできる。

 自惚れじゃない。


 春華さんと希は親友。

 親友とは、本当に大事なことを隠してしまう存在。そういうものなのだ。

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