第10話 創造の白 その3

 思った通りの質問だったが、ここでロプトがどう説明するかだ。今話しかけたら絶対に疑われるだろうし、やはりあいつを信じるしかない、か。


「……俺から話そう。俺はアベル。このペリロスと、それからあっちにいる象の飼い主のボブは同じとこの出身だ。ゲボルグとブランクの境目にある、小さな村に住んでる」

「そうか。じゃあ……君は?」


 案の定、彼は俺達の次にロプトへ問いかけた。唾を飲み込む。何も余計な事は言うなよ……?


「……僕は他の皆さんの近くにある村に住んでました。一緒に行動してたんですよ」


 ほっと胸を撫で下ろした。そういえば数時間前にロプトとは知り合ったばかりだが、昔から知っているような気もする。気がするだけだが。


「んで……そこの男女二人は?」


 次に彼が話しかけたのは、さっきこのペスの体に向かって走ってきた男と、それに着いてきていた女だった。

 こいつらの事は何も知らない。だが、これ以上こいつらに近づく事は何故か『意思』が拒否している。


「俺達はただの旅人だあって……な、そうだろ?」

「ま、まあそうね……」


 男の方はなんとかその場を切り抜けようと嘘をついている様子だ。女の方は……いまいち特徴が掴めないな。

 あいつらの心の中とかに入り込めたら、簡単に何を考えているかわかるんだろうけどな。まあ、ただの願望だが。



「ん……? 何だ? 俺が、宙に浮いてる?」


 あいつらの心の中に入り込みたいと思った瞬間、それは起きた。突然、俺の魂だけがペスの体から分離し、男の方へと向かっている。


「どうやら、他の人間には見えていないようだ……」


 もしやこれが……俺の能力? だったら有効に使う。このままあいつの中に入れば、何を考えているか全てお見通しだろう。


 十秒も経たずして男の頭部に到達した。それに向かって思い切り突進すると、目の前が真っ白になった。いや、真っ白な空間に入り込んだみたいだ。


「どこだ……? ここ?」


 辺りを見回すと、赤黒く、丸い魂のようなものが一つ浮いていた。それに近づくと、白い景色が一気に姿を変えた。辺り一面、男の記憶で埋め尽くされた。かなり断片的で、ぶれていたり途切れていたりしているものもあった。


「お……こは……どうする……」


 男の声が聞こえてくる。それと同時に、この男の情報らしきものが文字として浮き出てきた。


「名前はビーンで、まだ18歳。俺達の一つ下か……ええと、一緒にいた女の方はシャイニーって名前か。こいつも同じ18歳。故郷は……これなんて読むんだ? 見たことも無い文字だ……って何で俺はこの状況にすぐに慣れてるんだよ……」


 自分の適応力に驚く。俺は物事をすぐに覚えられるほど器用じゃあないんだけどな。

 次に隣にあるビーンの記憶を見ると、海沿いにある岩陰の景色が見えた。目をこらし、途切れ途切れのそれを眺める。


「なんだ……これ?」


 それに映っている景色の状況を理解し始めると、俺は驚愕した。ビーンが慌てながら人間の腕を持っていた。側にいたシャイニーは呆れているような、戸惑っているような仕草をしている。


「まさかこいつ……人を殺しちまったのか? それで逃げてる途中でここに来たらしいな」


 だとしたら、同情するな。あの様子じゃあ故意じゃあないだろう。だが兵士達に見つかったら当然怪しまれるだろうし、誤魔化そうとするのもわかる。


「信じてみるか……こいつらを目一杯擁護してやる。……で、ここからはどうやって出ればいいんだ?」


 ここに入った時と同じ要領で上に飛び上がると、案外簡単にビーンの外へ出られた。急いでペスの体へと戻ると、隊長格の男が二人を問い詰めていた。



「あのな……その袋の中身を見せてくれって言ってるだろう? 何もやましいものはない、そうだろう」

「いや~これは……」

「……」


 ビーンの誤魔化しも限界のようだ。シャイニーは悟ったのか何も話していない。


「……それじゃあ俺が見てやろう」

「は、はぁ!? そんなこ……!」


 俺は反対するビーンにだけ見えるように指で輪っかを作った。察しがいい彼はすぐに理解したようで、黙って動かずにいた。

 俺が持っていたナイフをあたかもこいつの袋から取り出したように見せてやる。血が少しついているが「疑われるのが怖かったのだろう」と言ってやる。これで完璧だ。


「よし、ちょっと見させてもらうぞ……ん? これは……ただのナイフだな」


 俺は右腰にナイフを付けている。兵士達に見られないように左半身を彼らの方に向け、気づかれないようにこっそり右手でナイフを持ち、瞬時に袋に手をいれ、今の演技に至る。


「血がついてるから……きっと誰かを傷つけたか、とか疑われるのが怖かっただけじゃないのか?」

「あ、ああそうだ! さっきあの兵士に襲われた時に咄嗟にそれで応戦した。その時に付いた血なんだ」


 よし、完璧だ。絶対にバレていない。


「あのさぁ……バレてるぞ? さっきまで君が右腰につけてたナイフでしょ、それ」

「あぁ~……」


 俺は、久々に情けない声を出した。


「……詳しい話は後で聞こう。それじゃあ、二人はこの人達を捕らえて……なっ!?」


 仲間の兵士達に頼もうと隊長格の男が振り返ると、二人は鉄の鎖で身動きを封じられていた。


「ここは強行突破です」


 ロプトだ。あいつがいつの間にか二人の兵士の後ろに回り込み、一瞬で鎖を体に巻き付けていた。


「くそ……! これを外しやがれ!」

「これは悪魔の鎖……? まさかお前は地獄の門番だというのか?」


 一人の兵士は訳の分からない事をぶつぶつ言い始めたが、ロプトはそれを無視し隊長格の男に向かって走り出した。


「や、やめろおーっ!」

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