第9話 復讐の意思 その2

「くっ……まさかこんな時に出くわすとは」


 俺達三人はある貴族が買取予定の廃墟に住み着いている人間をおっぱらうだけの仕事を請け負ったが、そこで不運にもゴブリン達と遭遇してしまった。


「カイザはどこに行った……? くそ、肝心な時にいなくなるなよな……!」


 レイと背中合わせになり、目の前の五体のゴブリンを睨む。


「できればカイザと一緒に居たかったんだけど、しょうがない……! やあっ!」


 レイがつららをゴブリンに向かって打つ。向かってくるつららに反応できなかったのか、ゴブリンは頭を貫かれて倒れた。


「……あれ、意外と弱い、のかな?」

「いや油断はするなよ、俺が試しに……」


 剣を構え、一気に振り下ろす。炎が飛んでいき三体のゴブリンが焼き尽くされた。


「あと二体……! 喰らえ!」

「ウッ……ギャアッ!!」


 残りの二体も簡単に倒せてしまった。何故だ? 俺達を本気で潰す気なら、もっと強い奴らが来るはずだが……?


「あっ! あれは……! カイザが……」


 レイは窓から中庭を見下ろしている。急いで確認すると、昨日のゴブリンがカイザと対峙していた。


「やるかあ……ザコが……!」

「それはこっちのセリフだぜ?」


 あいつはマグー! 昨日はメリー、シャイニー、カイザの三人でなんとか退かせたって聞いたが、カイザだけで大丈夫なのか?


「レイ、俺達も行くぞ。氷の道、作れるか?」

「……うん、わかった」


 ここは三階。飛び降りるのは危険だが、レイの力を借りれば楽ちんだ。すぐにあいつに加勢できる。

 レイは俺に協力する事を少し躊躇ったような仕草をしたが、カイザを助けるためだ。すぐに氷を創り出してくれた。


「ウオオオッ! ラアッ!」


 生成された氷の坂を走り、マグーに剣を振り下ろすが、ギリギリで受け止められてしまった。


「くっ……!?」

「お~お前かぁ……俺なぁ、炎って結構好きなんだよ。でもなぁ、お前の炎はなまっちょろい!」

「ぐあっ!?」


 炎を纏った剣ごと弾き飛ばされるが、なんとか壁にぶつかる瞬間に受け身を取れた。


「お前の助けなんざ、別にいらねえんだけどな」

「はっ……いきがるなよ、一人じゃあ流石のお前でも無理だろ?」

「……好きにしろ。レイ、お前は周りに潜んでるはずのゴブリンをやれ。マグーは……俺とボルガが片付ける」

『グリード! エモーショナルフィニッシュ!』


 ハンマーを持ち上げたカイザは、なかなかに頼もしく見えた。俺のカイザへの印象はかなり変わっていっているようだ。


 緊迫した空気が俺を包む。肉体より精神が削られるような空気だ。正面、俺とカイザの二人を前にしながらもヘラヘラと笑っているその様は、妙な自信さえも感じられた。


「……そのうぜえ笑い、一生できねえようにしてやる」


 カイザの足元の土が音を立てている。すると次の瞬間、カイザは一気にマグーへと飛び込んだ。遅れをとるわけにはいかない。


「俺もっ……続くぞ!」


 ワンテンポ遅れてマグーの右腕に剣を切りつける。カイザへの対応で手一杯だったのか、あっさりと傷をつける事ができた。


「ぐっ……」

「うおぉ!」


 叫ぶと同時に剣に力を入れ、マグーの右腕を切り落とした。


「がっ、ガアアア!!」


 カイザがマグーを吹き飛ばし、廃墟の壁へ激突させる。ピクピクとマグーは痙攣していた。


「腕を失ったお前に勝ち目は無い。さっさと、降伏するんだな……!」


 倒れているマグーに諭すも、彼はゆっくりと立ち上がり、カプセルを首に挿した。


「腕がなんだ! この程度、かすり傷と同等だなぁっ!」


 すると彼の切断された箇所から腕が一気に生えた。あまりの出来事に驚愕していた俺を気にも止めず、マグーは腕を振り回したり手を握ったりしている。


「これは死んでいった仲間のカプセルだ。……悪いが、俺も背負っているものがあるんでな」


 マグーはカイザに突っ込み、徒手空拳ながらも圧倒的なスピードで攻撃を仕掛けている。


「こいつの攻撃を避けてえ……」


 カイザがそう呟くと、受け身の姿勢が一転、すべての攻撃を軽やかに避け始めた。


「ボルガ! 今のうちに斬れ!」

「……わかった。喰らえ!」


 カイザはマグーの隙を突き両腕をがっちり掴んでいる。これなら、足技での反撃を受けにくい空中からの攻撃で……!


「甘いなぁッ!」


 一瞬の出来事だった。確かに俺はマグーの背中目掛けて剣を振り下ろしたが、直後に腹部への衝撃を受け、無様にも倒れ込んだ。


「な……いったい何がっ!?」


 ついさっきまで睨み合っていた二人の方を見るも、既にカイザも吹き飛ばされ立っているのはマグー一人。


「俺が、腕だけを再生させるためにカプセルを使ったと思っていたのか?」


 自信満々で笑みを見せるマグーの姿は、まさに異形の怪物だった。背中からは一本の左腕が生え、足も腰から二つ、顔のパーツも何もかも、腕以外は二倍になっていた。


「言っただろぉ? これは死んでいった仲間のカプセルだって」


 仲間のカプセル……つまり、あいつは仲間の体全てを吸収したって言うのか!?


「ボルガ! カイザ!」


 周りのゴブリンをすべて片付けたのか、レイが倒れている俺達に声をかける。駄目だ、レイじゃあマグーには勝てない……!


「俺の仲間を殺したのか……? だったら、また俺のカプセルが増える」


 そう言うとマグーは空にカプセルをかざした。するとつい先程レイが殺したゴブリンの体から粒子の様な何かがカプセルへと入っていった。


「俺の仲間を殺すという事は、同時に俺を強くさせるという事だ。……だが、仲間をこんなに酷く殺したのは心にくる。お前も、俺の力の糧にしてやる」


 マグーは驚いているレイに早歩きで近づいていく。体が思うように動かない。このままじゃあ、レイが殺されてしまうかもしれないのに。


「うあっ……!」


 身長は同程度だというのに、レイは首を掴まれ持ち上げられた。必死に脱出しようとマグーの腹を蹴っているが、彼の手はびくともしない。


「くそっ……! 俺は、俺はまた、親友を……失うのか……! いや、それは駄目だ。グリーに、また怒られちまう……」

「さて、トドメだ」

「……っ! レイ!!」



 *



 しかし次の瞬間、意識が朦朧としているレイの目に突然映ったものは、炎に身を包んだ男。すると一瞬で自分の首を締めていた四つの手は焼け落ちた。倒れながらもうっすらと見えたのは、今までとは比べ物にもならないほどの熱を帯びた、ボルガだった。



「俺の負けだ。……だが、お前は俺を殺せないだろ……。だったら、俺自身が」


 親友との死闘を終え、フラフラになった俺達二人。しかしグリーが自分の首を引き裂こうと爪を立てた。


「ま、待て! 俺はお前にまで死んでほしいわけじゃあ……!」


 グリーの肩を両手で掴み、しっかりと顔を合わせた。見つめ合い、俺の想いを伝えようとする。


「……悪いな。俺は最初から決めてたんだ……。お前に負けたら、俺は自分から命を絶つってな」


 うっすらと涙を浮かべたグリーを見ていると、俺の眼からも液体が溢れる。


「ダメだ……俺は、俺は……! お前まで失いたくない!!」


 しかし、グリーに脇腹を掴まれ投げ飛ばされてしまう。体勢を立て直し再び彼の方を見るが、明らかに間に合わない距離だった。


「お前はとことん甘ちゃんだな……! そんな調子じゃ、すぐに死んじまうぞ?」

「ま、待て! 待ってくれ!!」


 笑顔で俺を見送るつもりなのか、明るい表情でこちらを見つめるグリー。


「……俺は、お前の『意思』をこれからも見守ってやる。また大切な人を失いそうになった時は……今度こそ、走り出してくれよな……! 俺との、約束だ」


 グリーの首に爪が突き刺さり、そのままそれは引っ張られ、辺りに血しぶきが。

 残ったものは……グリーが使っていたグリズリーカプセルだけだった。


 *




「俺の『決意』は、お前の『決意』よりもよく燃えてるぜ……!」


 マグーは自分の身に何が起こったのか理解できない様子を見せ、腕が無い事に気づくと後ろへと退いた。


「熱い……! これが、お前の決意だというのか?」

「……ああ、そうだ。だが俺だけじゃない……! グリーの決意も俺は背負ってる!」




『決意の赤色』の能力。それは……“目の前にいる家族同然の大切な人や動物、それらへの想いが最大に達した時、熱やパワーが圧倒的に上昇する”能力!

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