第8話 支配者への反逆 その9

「ぷはっ……。今日はこのくらいでいいでしょ?」


 シャイニーは取り出したハンカチで口を拭いているが、ビーンはまだ物足りなそうな顔をしていた。


「はいはい、わかったよ」


 ビーンが起き上がると同時に、シャイニーは彼に抱きついた。


「……やっぱり、普通のご飯食べたいよ……! 代償でこんな事になるんなら、この力なんて手に入れなければ良かった……!」


 いつもの彼女とは違い、やけに女々しい声だった。


「俺達は、血からしか栄養を取れないし、血以外の味もわからない。……でもそれって、悪い事なのか?」


 ビーンは抱きついたままの彼女の背中に手を回し、頭を撫でた。


「料理には素材を使う。その素材の種類には限りがある。……でも、血はどうだ? この世界の生物全ての血に味があるんだぜ? つまり無限だ。無限の味を楽しめるんだ。そう思えば、悪くないだろ?」

「うん……わかった。そう思う事にするよ……」


 二人は再びキスをし、また血を吸い合った。


「あ……朝食用意されてるんだった。味は感じないけど、残すのは悪いし早く行かないと」


 僕のいる扉に近づいてくるシャイニー。まずい、今のを覗いていた事がバレたら……どうする、どうすればいいんだ?

 そうだ、ドアをノックしてたった今来たように見せかけよう。それしかない。


 僕は二回ドアを軽く叩いた。


「二人はまだ朝ご飯食べないの?」


 問うとすぐにシャイニーがドアを開けて僕を睨んだ。


「ねえ、その様子だと今来たみたいだけど……足音が聞こえなかったんだよね」

「も、もしかしたらまだビーン寝てて、起こしちゃ悪いかなって思ったから……ゆっくり歩いたんだよ、うん」

「ふーん……ま、いいや。ビーン! 食べに行くよ!」

「ふぁ……わかった、今行く……」


 ビーンは目をこすりながら起き上がり、シャイニーにふらつく体を支えてもらいながら歩いていった。……はあ、なんとかバレずにやり過ごせた。朝食の残り半分、食べないと。



「お~この剣、こんなボロボロになるまで使い込んでるのか……」

「あまりベタベタ触らないでくださいよ?

 俺の宝物なんですから」


 口に食べ物を含みながら剣を持ち上げ眺めているビーン。ヒョウガが宝物と話す剣は刃がギザギザになっており、錆もついており何かを切れるようなものじゃない。


「ふー、食べた食べた。んじゃ俺はボビーの様子見てくる」


 ボブは頭を掻きながら部屋から出ていった。するとさっきまでボブが座っていた椅子にショオが座り、僕とアベルに話しかけてきた。


「なあ、ショアはちょっと怪我したってボブは言ってたが……明らかにちょっとどころじゃないぞ? もう治りかけてるが……。一応、説明してくれよ。何があったのかを」


 悲壮感漂う表情をしている彼に同情し、話そうと決めた。カブトの事を。


「あのマグーの手下で、カブトって名前のゴブリンがいるんだ。ショアは昨日、そのカブトと戦って怪我をしたんだ。酷いやり方で……」

「酷い……やり方?」

「うん。カブトはアベルと同じ、既に一度死んだ生物なんだ。一度死んだ生物は、他人の中に魂を入り込ませる事ができるらしいんだよ。それでショアの記憶を見て、一番ショアの印象に残っているショオの声を真似て、油断させて痛めつけて……」

「お、おいちょっと待て。声を真似るなんて、そんな事できないぞ?」


 アベルは僕の声を遮るように喋った。


「えっ? どういう事?」

「確かに記憶は観る事ができるが……声は聴けないんだ。そして観られる記憶は断片的なもの。あくまで強い記憶だけ。それに声はその人間が発したものじゃない。ショオの声が記憶にあっても、その声はショアの声で聴こえるんだ」


 それじゃあいったい、カブトはどうしてショオの声を似せる事ができたんだ? あれ……? そういえば、ショオはカブトと一度も遭遇していない。二人が同時に現れた事は無い。


 嫌な推測が頭の中をぐるぐるしている。カブトはショオと同一人物という嫌な推測が。


「おい、どうかしたのか?」


 ショオの言葉でハッと我に返る。あのショオがそんな事をするわけないじゃないか。あんなに弟の事を想っているというのに、傷つけるわけがない。僕の考えすぎだろう。


「いや……なんでもないよ。それより、ショアの傷ってもう治ったの? いくらなんでも早すぎる気が……」

「ああ……俺達ショーの一族は動物や虫とのハーフで、ショアは虫と人の間に生まれた。普通の人間よりは傷の再生が速い」

「そうなんだ……あっ、ちょっと食器片付けに行くよ」


 適当な返事をして食器を返そうと席を立ち、厨房のドアノブに手をかけた。するとドアが開き、目の前には先程のピンク色の髪をした女の子が僕を見つめていた。


「……」

「……?」


 お互い無言の時間が数秒続いた。ふと女の子の手を見るとピンクのオーラが指先に糸のように絡まっている。どこから放たれているのかそのオーラを辿ると、部屋の奥にハクガが見えた。

 まさか……! ピンクはアベルの色。この子供もアベルと同じ能力を持っていて、今こいつは僕の記憶を……!?


「そ、それ貰いますね!」

「えっ」


 困惑している僕をおいてけぼりにするように、食器を持って彼女は奥にいるハクガの方へと走っていった。


「なんだ……また考えすぎてたか」


 こうも不穏な出来事が続くと人間不信になりそうだ。信じられる人を、増やしたい。

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