第7話 紫の欲望 その12

 その日、俺は不審なゴブリンの集団を見かけた。背にまだ幼い少女を乗せ、路地裏へ連れ込んでいる。ゴブリンはあんな小さい子供までも襲うのか? いや、考えすぎか。恐らく知り合いか何かだろう。


「今日の昼飯は何にすっかな……生の動物は食べ飽きたし、たまには店の飯でも食うか。でも金がな……」


 太陽が俺の真上に差し掛かると同時に腹から音が出る。手持ちの金は無いに等しい。


「しょうがねえ、家畜を一匹盗むか……」



 農場を探しに路地裏へ回り込むと、さっき見かけたゴブリン達が少女を痛めつけていた。

 あんな悪い趣味を持ってるとはな……あいつらから金を巻き上げるのもいいかもしれねえ。いや、騒ぎを起こしたら面倒だな。あの少女をエサにして、できるだけ人がいない所におびき寄せるか……。



 しばらく見張っているとリーダーらしきカブトムシのゴブリンが離れ、残りのゴブリンも目を閉じ眠り始めた。


「今がチャンス、だな。上から仕掛けた方がいいな……」


 建物の段差を利用し屋上へ上る。少女が真下に居る事を確認すると、音を立てず静かに降りた。少女の体は震えている。よっぽど怖かったんだろう。


「……おい、俺に捕まれ。大丈夫だ、敵じゃない」


 まずは敵ではない事を耳の近くで囁き、安心させる。慎重に目隠しを外す。


「おっ。結構可愛い顔してるじゃねえか」


 正直な感想を述べると、少女は俺の発言に対して疑問を持つような表情をした。自分の顔に手を当て確かめているような素振りもしている。


「ほら着いてこい。お前を助けてやるから」


 少女を抱きしめ、眩しい太陽の光を浴びながらその場を離れる。大通りに出た後は少女を下ろした。


 さすがに人前で抱っこなんてしたら目立ちすぎる。帰るよう忠告しておくか……?


「……早く家に帰れ。待ってくれてる家族くらいいるだろ」


 そう言うと少女は静かに涙を流した。泣いてもらっては困る。建物の影に隠れ、事情を聞く事にした。膝を曲げ、少女と同じ目線に立つ。


「なんであのゴブリン達に捕まってた? 俺に話してくれよ」


 そう簡単に話してくれないと思っていたが、少女は語り始めた。家族の虐待の事、好きな人の事もいろいろと話してくれた。


「そうか……俺と同じようなもんだな」

「えっ……どうして?」


 彼女は純粋な目で俺を見つめる。こんな小さな子供に共感できるとは思ってもいなかった。


「俺はな……生まれてから何年間も、あらゆる欲を満たせなかったんだ。食欲、物欲、性欲やら睡眠欲……。一人前の男娼にする為とか言って、どうせあいつらは金の為にやってたんだよ。物心ついた時には狭い部屋に閉じ込められてて、小さい窓からしか外は見えない。食事も最低限だった。『仕事』がある時だけ手錠と首輪を装着させられて外に出られる……その後はまあ、好きでもない男達に犯されたさ……。酷かったんだよ……。檻の中にいる俺に声をかけてきた奴は……まあ、一人くらいは良い奴はいたな。女だったが」


「……怖かった?」

「え? ああ、すごく怖かった。でもなんでそんな事を聞く?」

「良かった……!」


 レイは俺に抱きつき、涙をポロポロと流した。


「私とおんなじような人なんて、今までいなかった。嬉しい……!」

「そうか……これからは俺が、お前を守ってやるからな」

「……あれ? なんでカイザも泣いてるの?」


 レイに言われて気づく。俺も泣いていた。守る対象ができた喜びだろうか。レイと同じく共感できる人物ができたからだろうか。

 ……まあいい。命懸けで人を守るってのも悪くない。それが、俺の生きる欲望になるかもしれない。レイの生きる欲望にもなるかもしれない。俺らしくない考え、だな。



 *



「ガアアアアアアア!!」


 カイザが叫ぶと同時に、彼を縛っていた植物が弾け飛ぶ。やはり怒っているのだろう。


「お、俺はレイを……!?」


 自分がやってしまった事を悔やむボルガをカイザは蹴り飛ばし、レイに駆け寄った。


「やっぱり俺は……お前を守るのに相応しくないかもしれないな……」


 カイザは小さな声で呟き、ゆっくりと僕達に近づいてくる。今まで感じた事の無いくらいの大きな殺意で、僕はその場から動けなかった。


「そこのお前……よくも俺を縛ってくれたな。あの頃を思い出させやがって……!」


 真っ先に狙ったのはショアだ。僕と同じく殺意に怯んだのか、ショアは動けずにいる。


「ひっ……!」


 思わずショアは目を閉じる。大きな物音が鳴り、恐る恐る彼は目を開けると、メリーが両手でハンマーを受け止めていた。


「ボクを……助けてくれたの?」

「……君みたいな小さい子を、死なせるわけにはいかないから。私は……逃げたアランとは違う!」


 メリーはハンマーを力ずくで押し返し、カイザの顔面を勢いよく殴った。


「こんなもん、痛くも痒くもないな……?」


 やっぱり痛みを感じてないのか……でも、今のメリーはとても頼もしい。彼女に任せよう。


「ショアさん、あなたはレイさんをこっちに持ってきて下さい」


 激しい戦いの最中だったが、ショアは慎重に植物でレイを運んできてくれた。カイザに気づかれたみたいだったが、メリーとの戦闘でそれどころではないようだった。


「これは……かなりの重症ですね。ひとまず、僕ができる最大限の治療をしてみます。……服も脱がせないといけないので、覗かないでくださいね」


 するとロプトの背中から四つの鉄の柱が飛び出し、レイとロプトを囲うように突き刺さった。柱は平たく伸び、数秒で二人の姿は見えなくなった。


「よし、覗くぞ!」

「はぁ!? こんな状況で何考えてんのよ!」


 ビーンは高く飛び上がり、小さくなった柱に着地した。覗き込むような仕草をした後、すぐに飛び降り、こちらに戻ってきた。


「……グロかった」

「まあ……そうだよね……」


 僕はなんとなく予想していたが、ビーンが真顔になるくらいだ。本当に大丈夫なのか……?


「……もう一発!」


 戦っている二人に視線を戻すと、メリーがカイザを圧倒していた。だがどちらが勝っても僕は死にそうな事に気づき、浅い絶望感を抱いた。


「クソがっ……! 俺が、こんな女に……!」

「これで、終わり!」


 尻もちをついたカイザにメリーが最後の一発を決めようとしていたその時、メリーの動きが止まった。その隙を突かれ、ハンマーの重い一撃がメリーの腰に直撃する。彼女は大きく吹き飛び、ロプトの作った柱に激突した。柱は大きくへこみ、メリーは地面に落ち、震えている。


「……フライの仇、みたいなもんだな。俺が一瞬だけ動きを止めてやった。礼はいらねえ、じゃあな!」


 唐突にコロッセオの柱の影から顔を覗かせたのはカブトのゴブリン。そうか、まだこっそり残っていたあいつが、メリーの魂に一瞬だけ干渉して動きを止めたのか。


「まさかあんな奴に助けられるなんてな……まあいい。ここから一人づつなぶり殺してやるよ……!」


 その時、僕は気づいた。フルルの姿が見当たらない。彼は、どこに消えたんだ?

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