第6話 黒き灰の野望 その2

 ヘルと共に街の東側のゴブリンを撃退する。遠距離から安全に攻撃すると楽でいい。


「じゃあ俺はあっちの方見てくるから、そっちはよろしくなー!」


 ヘルは僕の返答も聞かずに路地裏へと消えていった。一人で大丈夫なのだろうか。それは僕も同じだが。すると、視界の端にゴブリンに追われている男の子が見えた。あの距離では助けられない。ただ傍観していた。


「誰か! 助けてー!」


 その声が放たれた直後、男の子を追っていたゴブリンの顔面に拳が打ち込まれた。


「大丈夫? さあ、早く逃げて!」


 メリーだ。なぜ戦っているんだ?


「っ……アラン……!」


 こちらを睨み、近づいてくる。


「また見捨てようとしたでしょ、あの時みたいに。……あんな小さい子も、守ろうとしないの?」


 メリーからは僕への殺意が感じられる。でも、心配はいらない。なんたってこっちにはロストの、黄色の力がある。ただの一般人に負けるはずもない。


「……根性叩き直してやる……!」


 威嚇のつもりなんだろうが、僕には全く効いていない。メリーが僕に向かって走り出し拳を振りかざす。その刹那、手加減した電撃をメリーへと打ち込み、案の定メリーは倒れこんだ。


「なに……これ……?」

「残念でした。こっちにはロストってのがあるから」


 倒れているメリーを見下すように言葉を吐き捨てる。少し、嬉しい。


「そう、か……なら……!」


 なんと、メリーは黒いロストラウザーと緑色のカプセルを取り出した。


「これ、今は使いたくなかったんだけど……」


 あまりの衝撃により僕は驚き、隙を作ってしまった。メリーはすぐさまカプセルをセットし、辺り一面に風が吹き荒れた。


「うわっ!」


 僕はいとも簡単に後方に吹き飛ばされ、情けなく転がり込んでしまう。


「っ……右目が破裂して、見えない……そっか。代償ってこういう事か。でも、これでも安いくらい……!」


 メリーの髪がベージュ色から緑色へと変わっていき、僕への殺意がさっきよりも増していた。だが耳元近くの一部の髪色はベージュのままだった。


「アラン……」


 まずい。早く逃げなければ。僕は立ち上がり、メリーに背を向け走り出した。


「逃がさないよ」


 耳元でその声が聞こえると同時に、僕の体は背骨に響く衝撃と共に宙に浮かされていた。下にはメリーが見える。


「じゃあね……!」


 かすかに聞こえる声。その時には僕の意識は闇の中だった。



 *



「おい! いるんだろ?」


 ドアを開け、火花が散っている方へと声をかける。


「おや。アベルさん。久しぶりですね」


 灰色の髪をしたその少年は物陰から顔を出していた。彼の服装は奇怪で、手首や足首に鉄の輪っかが巻かれている。黒色の上着に食い込んでいて少し心配になる程。

 俺はすぐにその少年の胸ぐらを掴み、問う。


「ロプト、三年前に死んだフロウスと水色の力……どうなったのか知ってるのか?」


 ロプトは顔色一つ変えず、冷静に答えを返した。


「……いや、知りませんよ。死んだ人間のことなんて、覚えていません」

「お前っ……!」


 拳を振りかざす。だが、顔のすぐ側でそれは止まってしまった。


「いいんですか? その、大切な体を傷つけても」

「くそっ……」


 手を離す。レイの事はゆっくり聞く事にした。


「もしあなたが僕に攻撃をしていたら、あなた達は死んでいました。危なかったですね」


 こいつは辺り一面のラウザーとカプセルの効果を一時的に無効にできる。ロストが無い俺は無力に等しい。


「それよりレイの事だ。お前、水色の力があんな強大なものだと知ってたのか?」


 ロプトは少し考え込み、黒色のカプセルを取り出した。右手の指を使って華麗に回している。


「レイ……? ああ、思い出しました。あれ、ですね。ロストを手に入れてからすぐに死んでしまったフロウスさんの水色ですよね。拍子抜けでした」

「お前……!」


 やっぱりこいつは狂ってる。一緒に戦った仲間だというのに、こんな態度だなんて。


「……やはりあなたはカプセルの影響を受けていますね。性格が変わってきました。あなたの『慈悲』の感情が強くなってますね」


 慈悲……俺は、他の人間が幸せになるように動いてるってのか? だが悪い事ではないだろう。


「おや……またゴブリンが来ましたか。出番ですよ」


 すると部屋の奥にある本棚が動き、真っ黒なドアが現れた。それは勢いよく開き、黒いオーラが俺達を包んだ。


「フルル……お前か」

「……」


 フルル、という名前はフルル墓地から取られた。物心ついた時にやっと、自分の名前が無い事に気づき、住み着いていた墓地の名前を取ったのだ。

 黒い髪と服のフルルは喋らない。なぜなら代償で声を失ってしまったからだ。だがその代償に比べたら、手に入れた力は割に合わない。強過ぎるからだ。それに、黒色のロストというのは本来『あってはいけない、イレギュラーな封印されるべきもの』とロプトが言っていた。そんなのに適応できるこいつは、いったいなんなんだ。


「おっ、最近は多いな。なんかあったのかー?」


 黒い影が窓を透過しながら現れる。カラスのような姿の幽霊……そう言ってもいいのだろうか。フルルは、成仏できずに彷徨う全ての霊を使役する事ができる。少し羨ましいと思った事もあるくらいだ。


「北から120体のゴブリンが来ます。他の方角からもゴブリンは来ますが、北の撃退、お願いできますか? 子供のわがままのようなゴブリン達にはうんざりですね、本当に」


 フルルは頷き、颯爽とゴブリンのいる方向へと走って行った。


「北はフルルさんだけで充分でしょう。僕達はどうしますか?」

「……お前は南にでも行っとけ。俺は東だ」



 建物を出て気づいたがアラン達がいない。先に行ったんだろう。一応合流を考えておく。


「ぞろぞろと湧いてきやがって……狙いはフルルか」


 まともにやってもフルルには勝てない。大方、人質でもとるつもりなんだろう。だからこうして全方位から攻めてきているのだ。



 *



「……大体片付いたか……?」


 十数匹の集団を倒した所で、街の奥から異様な雰囲気が感じとれた。


「なんだ? この感覚は緑色……? まさか、適応できる人間を見つけたのか?」


 急いでその雰囲気が感じられる場所へと向かう。同時に胸騒ぎが増してきた。俺らしくないな。


「アベル! ここにいたのか」


 背後からボルガとレイに声をかけられた。二人と合流できたのは大きい。


「アランとヘル、見なかったか? レイと一緒に探しててもなかなか見つからないんだよ……」



 そこからは二人を探す事に集中した。ショアとボブは一緒に住人の避難誘導をしているという。


「あれ? あそこにいるのってアランじゃない?」


 レイが見つけたのはアランと……緑の髪をした少女だ。何故かもみあげ付近の一部だけベージュ色だが。アランが倒れている側に少女は立っている。


「おーい君、そこにいると危ないぞー!」


 ボルガが少女に声をかけ、避難を呼びかける。しかし様子がおかしい。


「ねぇ。あなた達って、お兄……アランの仲間だったりする?」

「え、まあ、そうだけど……?」


 それを聞いた瞬間、彼女はボルガに向かって走り出ていた。


「くっ……まさか君も『ドミネーション』の人間!? いや、『緑色』は倒したはず……!」


 瞬時に剣でパンチを防いでいたが、かなりの速さだった。直撃していたらひとたまりもないだろう。


「へぇ……これを受け止められるなんてやるじゃん。でも……!」


 少女は一瞬の内に消えた。いや、見えない程のスピードで動いているのかもしれない。ボルガに向かって一つ、また一つと拳撃を重ねていくのが見えた。


「何っ!? ……がぁっ!」

「ボルガ! ……よくもボルガに傷を……許さないよ!」


 ボルガが吹き飛ばされるのと同時にレイは氷のつぶてを少女に向かって放出した。だが、もう既にレイのすぐ側へと移動している。


「だったら!」


 レイの掌から目の前に氷の壁が現れた。少女の拳は壁に直撃したが、少しヒビが割れる程度だった。


「やっぱり……君の方がカプセルの能力は上だね。でも!」


 少女の全身から風が溢れ出し、壁へと噴射された。氷の壁は勢いよく割れ、拳がレイの腹に直撃し、吹き飛ばされていった。レイは口から血を吐きながらレンガの壁に激突する。


「元の人間の身体能力は、私の方が遥かに上だよ」

「くっ……レイ……!」


 地面に這いながら足掻くボルガ。激しい衝撃で気を失っているであろうレイ。まともに戦えるのは、俺しか残っていなかった。


「チッ、今の状態でどこまでやれるか……?」


 どうにかしてこの状況をなんとかしなければいけない。緑色のロストを使う人間とは前に一度対峙した事があるが、全くもって敵わなかった。あいつの動きを読むしかない……一か八かの賭けだな。


「あんたも二人と同じようにしてあげるよ」


 奴は正面から俺を狙うと予想し、斧を両手でしっかりと掴む。アイアンメイデンを背負っているから背後を狙うとは思えないし、しっかりと彼女の姿を捉える事さえできれば、反撃は間に合うだろう。


「行くよ」


 少女の声が聞こえた瞬間、俺は両手に意識を集中させた。


「何っ……!?」


 だが次の瞬間、俺の腹に奴の拳が直撃していた。目で捉えられないほどのスピードで、俺の理解を超えるほどのスピードで、走り出したというのか。


「……どんな対策も、無駄だから」


 思ったよりもダメージは大きく、その場に倒れこんだ。

 こいつ、カプセルはともかく元の体の能力が高い……限界が近いこの体じゃ勝てないな……。


「これで邪魔者はいなくなったし、止めを刺せる」


 アランに近づいていく少女。このままじゃアランがやられる。


「……こんな俺らしくない事を思うのも、やっぱりカプセルの影響か……? いいや、俺はアランの事を本当に心配して……」

「これで、終わり……!」


 アランの頭に最後の一撃が決められようとしたその時、子供の悲鳴が遠くから聞こえてきた。


「……見かけたらいつでも殺せるね、お兄ちゃん……」


 そう言って少女は去って行った。久々に負けを味わった。その後、遅れてやってきたヘルとショアに助けてもらい、カプセル生産所兼ロプトの家へと戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る