第149話儀式の前に

 

 そんなアキラの爆弾発言があり、教会内が俄かに慌ただしくなったものの、予定通り儀式が始まることになった。


「それではこれより神託の儀式を行う」


 アキラが思っていたよりも人が集まり、聖堂全体に幾分か落ち着かない雰囲気が漂っている。聖女であるアーシェも、先ほどアキラ達の前に姿を見せた時よりも装飾が多く、着飾った状態だ。


「やりなさい」


 その場での最高責任者である『十神教・剣の女神派大司教エルザンド』が、アキラへと命令を下した。

 本来の立場としては王女の婚約者であるアキラに命令を下せるようなものではないのだが、この場においてのアキラは外道魔法の使い手として扱われるので、仕方のないことだろう。


「その前に条件の確認を行いたいのですが」


 だが、そんなエルザンドの言葉を無視してアキラは右手を軽く上げながらそう口にした。


「条件?」

「確認などと、言える立場だと思っているのかね? ここで女神様より神託を授かることができずに、外道魔法の正しさというものを証明できなければ、捕まることになるのだと理解できていないのではないか?」


 大司教の言葉に従うことなく条件の確認を行おうとしたアキラに対して、その場にいた他の神官達は苛立ちを露わにしながらアキラへと言葉を放った。


「思っていますし、状況については理解していますよ。お互いに対等な立場だ、と」


 だが、アキラはそんな脅しにも思える言葉に怯むことなどなく、余裕を持った笑みを浮かべながら神官達の言葉に答えた。


 だが、そんなアキラの余裕が気に入らなかったのだろう。神官達からしてみればアキラは外道魔法の使い手という罪人だ。そんな者が素直に従わず、交渉を持ちかけようとしていることは許し難いことなのだろう。


「思い上がるでないわ! お前と我々が対等な立場だと? 戯言にしても度がすぎるぞ!」


 一人が言い始たことで、他にも賛同するものが声を上げ始めた。

 だが、そんな神官達の言葉もアキラには響かない。

 どうせ何を言ったところで自分に実害はないのだと理解しているから。


「落ち着け。まだ神託の儀式は始まっていないにしても、ここは聖堂だ。あまり騒ぎ過ぎれば女神様への不敬となるぞ」


 そんな騒ぎが大きくなり始めたところで、大司教であるエルザンドが神官たちを咎める。

 それによって騒がしかったその場は即座に静まり返るが、これは大司教の権力が強いから、というだけの理由ではない。

 もちろん大司教と名乗るくらいだからそれなりの権限はある。だが、それ以上に女神による神罰が怖いのだ。


 この世界には実際に神が存在し、神罰を下したこともある。

 そんな存在がいる世界のため、神への不敬と言われれば大人しくするしかない。こんな些細なことで神罰は下されないと思っているが、それでも絶対にないとは言い切れないから。


(この程度で不敬だなんて思うか?)

(思いませんね。騒がしいとは思いますが、神として仕事をしていた時であれば何も感じなかったでしょう)


 しかし、元女神の生まれ変わりと、元女神だと知っているその婚約者は気楽な様子だ。

 実際に言葉を交わしているわけではないが、視線だけでアキラとアトリアはそんな会話をしていた。


 静まった聖堂で、大司教はアキラへと視線を向ける。その意味するところは継ぐ気を離せ、と言ったところだろう。

 そんな視線を受けて、アキラは一つ頷くと先程の言葉に対して答え始めた。


「思い上がりなどではなく、事実対等な立場です。あなた方は私に魔法を使ってもらわなければ困るのではないですか? 十神の中で唯一剣の女神だけがここ何年も神託を下さず、呼びかけに答えてくださらないのですから。ここで何かしらの情報を掴まなければ困るのではないですか? もし私が今回の魔法を使用するための条件が気に入らず、神託を受けられないと言うことになりでもしたら、困るのはどちらでしょう?」


 本来であれば外道魔法の使い手であるアキラは即座に処分されるべき存在だ。

 にもかかわらず、わざわざ予定を組んでまでこんなところに呼び出したのは、審問なんてことをするためなんかではない。

 アキラを呼び出したのは、その力を使ってここ数十年ほど姿を見せず、声も聞かせない剣の女神の神託を受けるためだった。


 本来神託を受けられるのは神の力を与えられた聖女、聖人だけだ。それが神官でもないアキラにできると言われれば、疑うものは当然ながら出てくる。

 そのため、神託ができるできないというのは教会内でも議論になったが、その真偽はさておくとして、できることは全てやろうということで今回の場が設けられることになったのだ。

 十神教……その中でも特に剣の女神派の者達はそれほどまでに女神からの神託というものを求めていた。


 故に、アキラがたとえどんな不敬をしたとしても、どれほど気に入らなくとも、神官達はアキラに何もすることができなかった。

 できることと言ったらせいぜいが嫌味を言うくらいだが、それで臍を曲げられたらどうしようもないので、それすらも表立っては禁じられているくらいだ。


「貴様……!」


 しかし、それでも罪人、格下、処罰する対象と思っている相手からこうも言われてしまえば、それが正しかったとしても苛立ってしまうものだ。

 一旦は落ち着いた神官達だったが、アキラの言葉を受けてその苛立ち、怒りを再燃させていった。


 このままではまた騒がしくなるだろうと判断した大司教は、声を出したものをひと睨みするとアキラへと向き直り問いかける。


「そちらの提示する条件とは何かね?」

「前もって伝えてありましたが……第一に、今回の魔法の使用によって女神様より神託を授かることができた場合、私のことは捕えず、なんの罪にも問わないということの約束を」


 教会側にとっては意義のある今回の儀式だが、アキラとしてはそれそのものは意味がない。

 だが、こうして今回儀式を受ける——というよりも自ら提案したのは、女神の声を聞くことを上回るほどの利点があるからだ。


 その利点とは、有り体に言ってしまえば自身の身の保身だ。


 現在のこの世界の法律としては外道魔法はその使用をすれば罪に問われるのはもちろんのこと、使用せずともその才能があると言うだけで迫害を受ける要因となる。

 本来魔法の才能があるものは諸手をあげて喜ばれることだ。特に貴族、あるいは王族ともなれば、魔法の才能があるというのは重要なことであるはずなのだ。

 にもかかわらず、魔法の才能があったとしてもそれが外道魔法というだけでその先の人生が真逆へと変わる。


 アキラの場合は多少迫害されたところでどうにかできるだけの力は持っているが、それでも迫害されているというだけで面倒事はよってくる。

 実際、アキラが外道魔法の使い手だからという理由で剣の勇者とともに旅をしていた神官はアキラのことを捕らえようとしたし、アキラの所属している王国の上層部もアキラが外道魔法を使ったことでアキラを捕らえて罰しようとした。

 王国の法を破ったことに関してはアトリアの機転によりどうにか逃れることができたが、教会が相手ではそんな言葉遊びなど通用しない。


 それは罪だと一方的に決めつけられておしまいとなる。


 アキラはそれをやめろと言っているのだ。自分は何も悪いことをしていないのだから、勝手な決めつけで罪に問うな、と。


「第二に、外道魔法は無条件で悪いもの、と言う認識を改めていただきます。外道魔法の使い手が女神の神託への道筋を作ったのですから、邪悪な存在であると言うのは単なる人間側の思い込みになりますので、違うのだとわかれば訂正するのは当然でしょう? どんな魔法であれ、使い手次第で正しくも悪くもなるのもまた常識ですし、外道魔法も今まではたまたま良い者が出てこなかった、というだけです」


 そして、そもそも罪に問われなければそんな面倒なことも起こらないため、十神教の広めた『外道魔法は悪である」という認識を消してもらいたかった。


 今のアキラは王女であるアトリアとの婚約は果たすことができたが、外道魔法の使い手だからという理由もあり、婚約に関して文句を言われたり結婚に関して様々な妨害をされていた。そしてそれは今後も続いていくことだろう。この場で罪に問わないとされても、今後罪を押し付けられてしまえば意味がない。

 教会から逃れることもできないわけではないが、それでは人目を気にして隠れ住むことになってしまう。

 しかしアキラは、自分が悪いわけでもないのにそんなことを気にして生活を変えるつもりなど毛頭ない。


 故に、その妨害をなくすために、そして、誰憚ることなく堂々と生活していくために、アキラは今回女神の神託などというものを行うことを提案したのだ。



「ふむ。だが、たまたま、と言うにはいささか数が多すぎるように感じるが?」


 しかし、大司教の言うように外道魔法の使い手には犯罪者が多いのも事実である。だからこそ、大司教はそこを突く。

 だが、アキラから言わせてもらえばそんなのは当たり前のことだ。


「それは当然でしょう。あなた方が迫害してきたのですから。生まれ持った才能を否定され、見つかれば捕まることになる力を持って生まれてきてしまった。どうして自分はこんな生活をしなければならないのか、何も悪いことをしていないのに、と教会を恨んでもおかしくないとは思いませんか? 力の方向性が他の魔法に比べて注意すべきものだということは認めますが、迫害するほどのものではないと思います。もし外道魔法による被害が他の魔法に比べて多いと言うのであれば、それは外道魔法に『外道』魔法なんて名前をつけた者たちがいけないのではありませんか?」


 何もしていないのに、ただその才能を持っているからと言うだけで迫害される人生を歩んでくれば、真っ当に育てば英雄として人々を救う存在だったとしても歪むに決まっている。


 そんな人物が起こした事件があったとして、果たして悪いのはその者だけだろうか?

 そんなことはない。むしろその者は悪くないと言えるだろう。

 人を傷つけるのは悪いことだ。人に悪意を吐きつけるのは悪いことだ。人は親兄弟や親類縁者、あるいは近所の者など、そういった周囲の者からの影響を受けて育つ。

 その罪を犯した者が誰かを傷つけるようになってしまったのなら、それは本人のせいではなく周囲のもの達のせいだ。

 何せ、本来ならば行ってはいけないはずのその『悪いこと』を押し付けて育ててきたのだから。


 自分もそうされたんだから、そうし返してやるのが普通だ、と。そう思ってしまう。


 大人なんだから善悪の判断をつけられるでしょ、なんて言う者がいたとしたら、それは愚かとしか言えないだろう。人は子供を経て大人になるが、子供の頃に善いことと悪いことを教えてもらわなければ善悪などつくわけがないのだから。


 犯罪者の中に外道魔法の使い手が多いのは、周囲の人間からそう教えられたからだ。「お前は悪い存在だ」「いつか罪を犯すだろう」。そう言われ続けながら虐げられ続けたからだ。


 そんな環境で育てば、犯罪者になってしまうのも当然だと言えるだろう。


 そしてそんな環境を作り出した原因は、外道魔法——魂魄魔法についてよく知りもしない十神教の者達が「悪」だと勝手に決めつけてそれを広めたからに他ならない。


「だから外道魔法の使い手たちを保護しろと、そう言うわけか」

「は? いえ、そんなことは言っていませんよ。保護なんてしなくて構いません。ただ自分たちは間違っていた。外道魔法は悪ではなかった。そう認め、信徒たちに話を通し、広めるだけでいいんです」

「だがそれは……」


 多分だが教会の不利益になるとでも考えているのだろう。

 今まで「悪」だと広めてきた教えが、実は自分たちの勘違いでした。これからはみんな仲良くしていきましょう。なんて、そんなことを言ったところで受け入れられるわけがない。


 だから、アキラの言葉に言い淀む大司教の考えも、アキラには理解できた。


 ——が、だからといって自分の意見を変えるつもりはなかった。だって悪いのは相手なんだから、と。


「あの、すみませんがそんなに難しいこと言ってますか? 間違ったことがあったら認める。悪いことをしたらごめんなさい。子供でもわかる道理ですよ。まさかとは思いますが、正義や正しさを象徴している剣の女神の信徒が、自身の間違いを認めずに隠し、正しき者を処罰する、なんてことはないでしょう?」


 アキラの物言いはその場にいた神官達を煽るような言葉だ。しかし、その内容は間違っていない。嘘をついているわけでもなければ、難しく言葉を飾って正しそうに見せかけているわけでもない。本人が言うように、子供ですらわかる『正しいこと』を言っているに過ぎないのだ。


 剣の女神は『正義』や『裁き』を象徴している。

 そんな剣の女神を祀る者達の集まりである教会が、知らなかっただけならばまだしも、嘘をつくわけにはいかず、誰もアキラの言葉を否定できない。


 故に、大司教もアキラの言葉を認めるしかない。否定すれば、それは信仰を否定し、自身の立場を否定することになるから。


「……そうであるな。承知した。外道魔法は悪ではなかかったと認め、そのことを教会の名を持って宣言しよう。それで構わぬな」

「はい。ありがとうございま——」


 しかし、それで終わらないのが大司教という地位にまで上がった男だ。


「ただし、それは本当に神託を授かることができた場合だ。先代の聖女は以前にも女神より神託を受けたことがあり、その神力を感じたことがある。騙せるとは思うでないぞ」



 アキラが失敗すれば今の約束は無かったことになり、成功したとしても女神の神託を受けられたということを使えば傷を押さえることができる。それどころか使い方次第ではより良い成果を出すこともできる。そう考えての条件だった。


「なら問題ありませんね。騙すつもりなどなく、正真正銘女神様からの言葉を聞くことができるんですから」


 が、アキラにとってはそんな教会内の思惑などどうでもいいことであり、そもそもからして失敗するとは思ってもいなかったので、一瞬たりとて躊躇うことなく頷いた。

 そんなアキラの様子に一瞬だけはなじらんだ様子を見せた大司教だが、すぐに表情を戻して話を進めることにした。


「では、これより儀式を開始してもらっても構いませんか?」

「ええ」


 そうして女神の神託を授かるための儀式は行われることになった。

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