第147話剣の教会本部への道中

 外道魔法の正当性と有用性についてを証明するために、アキラとアトリアは十神を祀る宗教国家であるディケムに向かうことになったのだが、その移動方法は飛行機や電車などではなく、またしても馬車だった。

 それ以外に長距離の移動方法がないのだから当然ではあるのだが、移動するだけでまた一週間もかかるとなると、アキラたちとしても歓迎したいものではなかった。

 特にアキラ。アトリアは神として数千年もの間作業し続けていた経験があるため、人間として生まれてからは多少の苦痛はあれど、それでも問題ないと思える程度には慣れがあった。

 だがアキラはそんな特異な経験などない。前回ドワーフの国に行くさいに二週間かかったことを思えば今回の一週間は半分に減っていることになるのだが、それでもじっとし続けると言うのはなかなかに退屈で憂鬱な者があった。


「あ〜、はい。それじゃあ今回も楽しい旅を始めましょー」


 そのため、文字にすれば楽しげに思えるであろうそんな言葉、実際に言葉として聞いてみれば全くもって感情がのっていなかった。

 いや、感情は乗っていた。ただしそれは喜びや楽しさと言ったプラスのものではなく、暗いマイナスの感情ではあったが。


「声が死んでますよ」


 そんなアキラの声を聞いて、馬車にるられながらも書類に向き合い作業していたアトリアはそう話しかけた。


「いや仕方ねえじゃん。実際めんどくささが凄まじいだろ」

「それをこの場で言えるのはある意味すごいですね」

「は?」

「周りをご覧なさい」


 アトリアの言葉に従って周囲を見てみれば、窓からは隣を並走する形で武装した男性の姿が見える。だが、その格好はアトリアの護衛のものではなく、それどころか王国のものでもない。

 ではどこの所属のものなのかと言ったら、今回の大イベントをこなすにあたって場所を提供することになったディケムの所属の騎士だった。


 そんな騎士たちは、邪神や悪神の信仰者とされている外道魔法の使い手であるアキラのことが気に入らないのだろう。加えて、先ほどの会話に出てきためんどくさいといった発言も気に入らなかったのだろう。厳しい目でアキラのことを睨んでいる。


(なるほど。だが、俺としては勝手に『外道』魔法なんて名前をつけて勘違いしてる馬鹿どもの責任だと思う)


 しかしだ。アキラとしては、外道魔法tの使い手だから、などという理由で嫌うというのはお門違いだと思っているし、そんなふざけた理由で嫌っている奴など知ったことかとも思っている。

 外道魔法使いと呼ばれている者たちの中には、確かに以前アキラが対峙したような犯罪を起こす者もいるだろう。だが、それは全員ではない。

 それに、以前のアンデッド騒ぎを引き起こしたものとて、元々は不当に虐げられてきたから歪んでしまったのだ。起こしたことそれ自体を擁護するつもりはない。——が、そんなことになった原因である教会と、その教えを盲信的に信じて誰かを勝手に虐げるものをよしとするつもりもなかった。

 外道魔法の使い手として処理されて来た者の内の何割かは、『外道』魔法と名をつけ、虐げている者たちの責任であると思っている。それ故に、その虐げている者たちの筆頭である教会勢力には言ってやりたいことの一つや二つはあった。


 だが、それを言うのはこの場ではない。こんな登頂されているとはいえ自分たち二人しかいない馬車の中で何かを言ったところで意味なんてなく、ただアトリアに愚痴を聞かせるだけにしかならないと理解している。


 なのでアキラは、心のうちに溜まった苛立ちをアトリア以外のものへとぶつけることで解消しようと考え、外にいる騎士たちに声をかけることにした。


「あ、皆さんどうもお疲れ様です」


 声だけ聞くのであれば、それは外で大変だろうからと労っているように聞こえることだろう。

 だが、今回の場合はお互いの立場の違いがある。

 騎士たちからすれば、見下し、嫌悪している相手が馬車の中で優雅にいちゃつきながら自分たちに笑顔を向けて労いをかけてきたのだ。騎士たちが自身のことをどう思っているのか知っているにも関わらず、だ。とても言葉通りには受け取れないだろう。

 侮辱された、挑発された、そう思われても仕方ない。


 いらっ、という感情が音として聞こえてきそうなほどあからさまに表情を歪めた騎士たち。

 それを見て満足したアキラは、フッと見下すように笑うと騎士たちから視線を逸らして正面を向き、体を背もたれに預けた。


「更に苛立たせるとは……馬鹿ですか?」

「へぇ〜、随分と口が悪くなったな。砕けてきたっていった方がいいのか?」

「あなた相手に今更ではありませんか?」


 女神であった頃には『馬鹿』などという言葉は使わなかったアトリアだが、今ではアキラ限定ではあるが普通に使っている。

 アキラがそのことを冗談めかしていうが、アトリアはまったく動じた様子がなく書類へと視線を落としたまま答えた。


 それを見てアキラは肩を竦めると、それまでよりも幾分か真剣な表情になって口を開いた。


「でも、俺だって言い分はあるんだぞ」

「だとしても、おとなしくしておいたほうがいい状況だというのは理解できるでしょう?」

「まあ、そりゃあな」


 そう。アキラにも言いたいことはある。思っていることはある。だがそれをここで表に出したところで意味がないというのも、理解している。

 それでも先ほどはつい騎士たちを煽ってしまったが、これからはことが終わるまでは気をつけようと反省するのだった。


「とりあえず大人しく馬車に乗ってしまいましょう。あなたが何か問題を起こさなければ、彼らとて手を出してくることもないでしょうから」

「そうだな——っと」


 アキラが返事をした瞬間に馬車が揺れ、書類に意識を向けていたアトリアは体を傾かせてしまった。

 それを隣に座っていたアキラが反応し、アトリアの体を支えた。


「ありがとうございます」

「いいえ、王女殿下にお怪我がないのでしたら幸いですー、っと。……にしても、あの程度でバランス崩すってもうちょっと鍛え直したほうがいいんじゃないか?」

「運動はそれなりにしていますよ。それよりも、私が体を鍛え直すのであれば、あなたはもう少し言葉遣いについては学び直したほうがよろしいのでは?」


 冗談っぽく言ってきたアキラの言葉に、同じく冗談めかして返すアトリア。その様子は普段では誰もみる事がないくらい珍しいものだった。


「失礼な。俺だって礼儀作法も言葉も学んだし、なんなら宮廷作法だって完璧にこなせるぞ。知ってんだろ」


 アキラは母親から色々なことを教え込まれていた。それは今にして思えば貴族と関わることになるだろうと母親は予見していたのだろう。だからこそ、一般的な常識から宮廷作法まで幅広くを教えた。

 そしてアキラは精神に関する魔法が使えるため、一度教えられたことは忘れることなく全てを頭に刻みつけることができていた。それ故に、アキラは貴族の前であっても王族の前であっても何の問題もなく完璧にこなすことができるのだ。


「存じてますよ。ですが、気遣いができることと知識や教養があることは別でしょう? あなたのお兄さんのように」

「……ああ、あいつらな」


 兄、と聞いてアキラは僅かにげんなりとした様子を見せるが、関係を知っているアトリアとしては当然だろうという認識だ。


「あなたはもうすでに興味を失っているかもしれませんし聞きたいとは思わないかもしれませんが、一応お伝えしておいたほうが良いかと思いまして」

「なんだ? あいつらのやらかしたことの詳細を教えてくれるのか?」

「知りたいのであればお教えしますが、そちらではありません。アレらの処分と、父親の対応です」


 アキラの魔法にかかった兄とその取り巻きたちはすでに色々とやらかしたことは聞いていたが、その詳細までは聞いていなかった。なのでアキラは、アトリアがそのことについて教えてくれるのかと思ったのだが、アトリアは軽く首を横に振ってそう口にした。


 しかし、その言葉の続きは紡がれることはなく、代わりにアキラに視線だけで合図を出して手元の書類へと視線を誘導した。


(監視に諜報……言葉には気をつけろってか)


 そこには『漢字』で『目』『耳』と書かれており、それを見たアキラはその意味するところを理解してから改めて軽く周囲を見回すとため息を吐き出した。


「そうか。まあ、それなら聞いておいたほうがいいんだろうな」


 そして、改めてアトリアに意識を向けて先ほどの話の続きに戻ることにした。


「前にも言いましたが、彼らは一度魔法をかけられた痕跡を検査されました。なにも見つかりませんでしたが」

「だろうな。もし俺が魔法をかけた犯人なら、証拠なんて残すようなことはしないからな。まあ俺は犯人じゃないけど」


 不自然なくらいに自分が犯人ではないと強調しているアキラは、事情を知っているものからすると怪しいことこの上ないだろう。だが、自分がやったと断言しているわけではないので盗聴している者もアキラの言葉を聞いたところでどうすることもできない。


「ええ。そんなわけでして、彼らは自らの意思で行動を起こしたとされ、突然の不可解な行動は違法な薬でも使っていたのだろう、という結論になりました。そしてそれぞれの家に処分が言い渡され、本人らは家に連れ戻されることとなったようです」


 彼らの実家としても、自分たちの息子が初めから頭がおかしかったとするよりは、薬を使って突然おかしくなってしまったとする方がマシだった。そうすれば誰かに嵌められたのだと言い訳をすることができるからだ。

 本当は外道魔法の使い手に操られたとしたいのだろうが、痕跡が見つからない以上はどうしようもなかった。


「でも、処分って言ってもそんなに重いものではないんだろ? 犯人は別にいるって疑ってるようだし」


 とはいえ、処分されるにしても王国の上層部の方ではアキラが犯人だと疑っている、とアトリアから聞いていた。そのため、処分の内容はそれほど重いものにはならないだろうと思ったのだ。


 そんなアキラの言葉にアトリアは頷きながら答える。


「そうですね。処分と言ってもほとんど表面上だけのようなもの。せいぜい罰金だけですね。まあそれでもそれなりの額にはなったようですが、侯爵家からしてみれば端金程度のものですね」


 それでも処罰されたということ自体が不名誉なことだし、事情を知らない一般の貴族からは不愉快な目を向けられることになるだろうが。


「そうか。……まああいつらが不利益を被ったのなら、俺にとっちゃあ喜ばしいことだ」

「そうですか」


 アキラの言葉に対して、アトリアはそれ以上何もいうことなく再び書類へと視線を落として手を動かし始めた。


「……なにも言わないんだな。剣の女神……の、寵愛だなんて言われてるお前が」


 そんな様子を見て、『正義』を司っていたはずの剣の女神が、とてもではないが世間一般的に『正しい』とはいえないアキラの行動を知って、『悪くない』はずの者が処罰を受けた状況を理解し何も言わないのには違和感があった。

 故に、アキラは少し怖かったが問いかけてみることにした。


 しかし、そんなアキラの言葉であってもアトリアはこれと言って反応を見せることなく、ペンを動かし続けながら自身の考えを話し出した。


「私は罪には罰を。そう思っています。ですが、その罪とは人間の定めた法だけを根拠にしたものではありません。もちろんそれも基準ではありますが、完璧なものではありません。人の法はあくまでも参考程度のもの。私は私の主観において罪を犯した者は罰されるべきだと思っています。それはこれからもそのつもりですし、これまでもそうでした」

「これまでも、か」

「ええ。私が罰を受けるべきだと判断したのであれば、それは全て私の主観における判断です」


 それは人が決めた善悪ではなく、神が決めた善悪の違いだ。アキラの考えは、所詮は人の決めたものでしかなく、人にとって都合の良いものでしかない。そんなもの、神として作られ、生きてきたアトリアにとっては優先するべきものではなかった。

 優先するべきは今まで自分が持ち続け、実行し続けてきた価値観。それによると、今回の『正しさ』というものは、アキラに魔法をかけられた貴族たちでも、それを擁護する親でも、犯人は別にいると疑っている国王でもなく、侮辱された母の名誉を守るために武器を取ったアキラの方が正しいのだと判断していた。


「女神様からそんな言葉が聞けたんなら、まあ一安心かね」


『正義』を司る剣の女神であるアトリア本人から大丈夫だ、と聞いてほっと安堵し、認められたことを喜んだアキラは、その内心を誤魔化すように冗談めかしてそう口にした。


「私は女神ではありませんよ」

「俺にとっては女神様だ、なんて言ったらどうする?」

「似合わなすぎて笑えるのでやめてください」

「……表情筋が死んでて笑わないくせに、そこまで言うかよ」


 自身は冗談を言っているにも関わらず全く表情を変えることなくさらりとアキラの言葉を受け流すアトリアを見て、アキラは肩を落として少し落ち込んだように呟いた。


「せめてあと数年分ほど背が伸びて、年相応の見た目になればその言葉も受けとりましょう」


 そんなアキラの様子を見たからか、アトリアは今までの冗談の仕返しをするかのようにそう言ってアキラに向かって笑みを向けた。


「今は魔力を貯めるのをやめたから一般人と同程度には成長してるはずだ。むしろ今まで成長を阻害して多分急に伸びるぞ。大きくなったらみてろよ」

「ええ。その時を楽しみに待っています。ですので、早く私に釣り合うようになってくださいね」

「まあ、期待して待ってろ」


 そう言って二人は無言になり、ただ馬車と馬の進む音だけが響いた。




 ——だが、それはあくまでも表面上の話。黙り込んだあと、二人は魔法を使った思念のみの会話を行い始めた。

 普通なら監視されている状態でそんな魔法を使えば気付かれるものだが、そこは人と神の格の差、技量の差といったところだ。


 そんなわけで誰にも聞こえない中で紡がれるのは愛を囁く言葉——


『——で、今後の打ち合わせについてだが……』

『大丈夫ですか? 気づかれるようなヘマは……』

『しないよ。そんなもん』


 ——ではなく、この馬車での移動を終えて教国についた後の話だった。


『まずは向こうの上層部の者達に挨拶を行い、その後略式ですが裁判を開くことになるでしょう。そこであなたを条件付きで無罪とする判決になり、後日神託の儀式を行うという流れですね』

『裁判の結果が既に決まってるとか、やる意味が感じられないよな』

『それはそうですが、形式というものは大事ですよ。人間社会にとっては』

『知ってるよ。で、そのあとは俺が魔法を使ってお前の声を届ければおしまいか?』

『そうですね。ですが、今の声ですとバレてしまいますので、以前の声に変化させて届けることは可能ですか?』

『まあそれくらいならなんの問題もなくだな。神託を繋げさえしたらあとは任せていいのか?』

『ええ。その神託において、新たに精神と魂を司る神が生まれたと伝えましょう。その世話や調整をするのに時間がかかっていた、とすれば問題ないかと思いますよ』

『なら、その辺のことは任せる』


 アキラだけではなく二人の今後を決めるための今回の旅だが、すでに打ち合わせしていたこともあり、今のはあくまでも確認でしかない。そのため、二人の態度は随分と気楽なものだった。

 もっとも、事前の打ち合わせなどなかったとしても二人の態度は気楽なものだったかもしれないが。何せ、その気になればどれほどの包囲をされようとも逃げ出すことも、真っ向から打ち破ることも可能なのだから。

 二人としてはそれをしたくないからこそこうして面倒なことをしているのだが、それでも『できる』という事実があるだけで安心感があった。


「……旅は、結構長いんだよな」


 思念での会話も終わり、話すことがなくなってしまったため無言の空間となったが、窓の外を見ていたアキラはふとそう呟いた。それは意識してのものではなかっただろうが、無言であったがためにアトリアにもはっきりと聞こえていた。


「それでも一週間ほどで終わりますよ」

「一週間か。その間はこのままだってことだな」

「ええ」

「そうか」


 そして再び会話は途切れてその場は鎮まり馬車は先に進むことになったが、それは気まずい静けさではなく、どこか安心できる心地のいい静けさだった。

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