第92話剣の聖女
ルークとウダルがいなくなってか今日で二週間が経過していた。
「後二週間なわけだが……さて、どうしようか」
アキラがあと二週間と言った言葉の意味は、アキラが目的としている王女様との戦いの権利をかけた大会までの時間だ。
王女様との戦いに勝てば結婚することができるというありがちな設定ではあるが、力のある者にとってはそれは魅力的に映るものだ。
何せ、勝てば自分が王族として迎えられることになるのだから。
王女に勝てなかったり優勝することができなかったとしても、大会で上位に入ればどこぞの貴族や金持ちの商会に拾ってもらえることもよくあることだ。
それ故に、割と人生をかけて大会に挑む者たちがもうすでに色々なところから集まっていた。
(正直、今更特訓らしい特訓なんて必要ないし、どこかに出かけるわけにもいかない)
そういう者たちは環境に体を慣れさせたり、強敵と思われる者の情報を集めたりしているわけだが、アキラにとっては環境にはすでに慣れているし、情報も集めようと思えばいつでも集められる。
なので特にやらなくてはならないということもないのだが、それはそれで問題があった。
「暇だなぁ……」
定期的に状況を確認する必要はあるものの、もはや店はアキラがいなくてもなんの問題もなく回せている。
やることがないという、それ自体はアキラとしても臨むところだ。その分の時間を自由に使うことができるのだから。
だが、やることがなさすぎるというのもいただけない。ぶっちゃけると、アキラは暇を持て余していた。
「でるかぁ……」
あまりにも暇すぎてとりあえず散歩でもしようと、アキラはノソノソとした動きで立ち上がり着替え出した。
そして自室を出て階下へと降りていくと、その途中で出会った従業員(サキュバス)に出かける旨を伝えて外に出て行った。
そうしてブラブラとなんの目的もなく歩いていたのだが、街の中心地に向かってしばらく歩いていると、何やら大きな建物から多くの人が出てきた。
アキラはなんの建物だ、とその人たちが出てきた建物を確認したのだが、それはこの街に備えられていた教会だった。
「あー、そういえば最近行ってないな。……まあこんなところによる理由もないんだけど」
普通の者であれば大なり小なり信仰心はあるものだ。何せこの世界では実際に神様の存在が確認されており、時々ではあるがその力を貸してくれることもある。
だから賊なんかであっても大抵はその心の片隅にかけら程度は信仰心が残っている。
「どうせ神殿なんて行ったところでご利益なんてないし、行く意味がわからないもんなぁ。いっても意味ないか」
だが、アキラの場合は別だ。アキラの中にこの世界の神への信仰心などかけらどころか塵ほどもない。
最初……晶が死んだ時に女神と出会った時には多少なりとも信仰心のかけらのようなものはあったが、生まれ変わり、女神を探している今となっては信仰心などない。
(だって自分が神様だし。そもそも俺、神様って言ってもここで祀られてないし。ああでも、半分は剣の神様成分が入ってるか。まあうん。やっぱりどっちにしても行く意味なんてないな)
アキラはこの世界の神という存在について、それらがどういう存在なのかをこの世界の誰よりも知っている。
その上、自身が女神から与えられた試練を超えて、半端とはいえ神となったのだ。信仰心など芽生えようがなかった。
加えて、剣の女神を助ける際に自身と同化させたことにより、アキラの魂の何割かは剣の神の魂によって構築されている。
昔は剣の女神の手がかりがないかと時折教会に足を運んでいたが、そんなことをしたところで意味はないと、いつしか行かなくなっていた。
なのでアキラは、信じていない神様なんかにか待っている必要なんてない、と早々に見切りをつけてその場を去るべく歩き出した。
「神の家たる神殿の前で何を申されるのですか」
だが、そんなアキラの歩みは歩き出してから数歩で止められてしまった。
「は?」
アキラはかけられた声に反応して後ろを振り向くが、そこには教会を背景にした修道女の服を着た女性が咎めるような顔つきで立っていた。
(シスターか? にしてはなんだか装飾のある服だが……まあいいかとりあえず謝っておけばなんの問題もないだろうし)
そんなシスターの姿に僅かながら違和感を覚えたアキラだったが、なんだか面倒ごとな予感がしたのでその場を立ち去るべく、特に反論をすることなく謝ることに決めた。
「あー、すみません。以後気をつけます。では……」
そうして頭を下げてさろうとしたアキラだが、目の前にいたシスターはアキラへと近づいていき、その腕を掴んだ。
「いいえ。ダメです。あなたのような方をこのまま行かせるわけには参りません。あなたの信心が薄いのは神々のことをよく知らないからです。私が教えて差し上げますので、どうぞこちらに」
「いや、神様のことならよく知って……っていうか『どうぞ』っつった割に強制じゃん」
アキラの意思など関係なく掴んだ腕を引っ張って教会の中へと連行していくシスター。
そんなシスターの腕を振り解こうと思えば解けたが、結構強く掴まれているので無理に振り解こうとすればこのシスターは転んでしまうかもしれない。
そうなればどちらが悪者かと言ったら、アキラになってしまうだろう。
(まいった。クッソ面倒なのに捕まったな。これだから信者ってのは……)
仕方がないので、元々暇をしていたのだから時間潰しとしてはちょうどいいかもしれない、と割り切ることにした。
そうして連行された個室の椅子に座らされたアキラ。
だがその部屋は、説法をするための部屋としては些か豪華すぎるというか、設備が整いすぎている気がする。
床には柔らかな絨毯が敷かれており、椅子やテーブルも見ただけでそれなりに高価なものだとわかる。
そんな椅子に座らされたアキラは訝しげに部屋を見回していたが、ついにはアキラの目の前に飲み物まで出てきた。
「無理やりここに連れてきてしまって申し訳ありません。ですがそれはあなたのためでもあるのです」
余計に訳がわからなくなったアキラだが、アキラをここに連れてきたシスターはアキラの対面に座ると僅かながら困ったように顔をしかめて軽く頭を下げた。
(俺のために神様について教えるってか。他人に強制された信仰にどれほど意味があるものかね)
そう思っていたことが顔に出たのか、アキラの内心を察したシスターは先ほどまでの困った表情を消して柔らかく微笑むと明に話しかけた。
「ああ、あなたのためと言っても、何も進行を強制しようというわけではありません。ただちょっとの間ここで私とお話ししてほしいだけです」
「……お話し?」
「ええ。神殿に関してどう思おうと個人の自由ではありますが、言葉にするのであれば場所を選んだ方が良いかと思いますよ。先ほどの人々は一般の方ではありますが、信者の中でも特に信心深い方々です。ともすれば行き過ぎと言われるくらいの方も……。そんな中で神を否定するような言葉を口にすれば、子供であっても少々危ないかと」
信仰というものは人の支えとして必要なものとなることもあるが、それも行き過ぎれば害を及ぼすことがある。それも、自身にではなく、周りに。
本物の神様というのが存在しているこの世界では、その負の側面がどう働くかなどわからない。
(……あー、つまりなんだ。この人は俺を狂信者どもから助けてくれたと)
そのことを理解すると、アキラは目の前のシスターに頭を下げて謝罪の気持ちも込めて感謝を口にした。
「助けていただいてありがとうございました」
「いえ。先ほども言ったように信仰は自由です。こちらの考えを押し付けてあなたの考えを否定するなどということはあってはなりませんから」
アキラの目の前にいるシスターはそう言って首を横に振ると、今度は優しげな表情ではなく、楽しげで、どこか悪戯っ子のような雰囲気を感じさせる笑みを浮かべた。
「というわけで、お話しに付き合ってください」
「いいんですか? まだ仕事が残ってそうですが……」
「説教をしにこの部屋に来たというのにこんなにすぐに出ていったのでは怪しまれてしまいますから。それに、この教会での私の仕事は、実のところそれほどないのです」
(……新人シスターか? や、それにしては堂々としすぎているし、行動に迷いがない。なら教会での厄介者)
いくら新人とは言っても、やることがない、などということはない。むしろ新人だからこそやることはたくさんあるだろうし、新人であれば助けるためとはいえこんなところにアキラを連れ込んだりはしないだろう。精々がその場で注意するくらいだ。
となると考えられるのは、このシスターは新人ではないが、立場が微妙な者ではないだろうか?
しかし本人は『この教会での仕事は』と言っていた。それを含めて考えると……。
(というよりも、他の教会から出張に来たばかりの臨時シスターか?)
アキラは目の前のシスターのことをそう結論づけた。
「それに、仕事ばかりでは飽きてしまいますから」
「……シスターがそんなことを言ってもいいのか……」
「私だって人間ですよ。確かに神を信仰していますし、お仕えする気持ちはあります。ですが、だからと言って私は私の人生を捨てるつもりもありません」
悪戯っ子のように笑いながら言ったシスターの言葉に呆れを見せていたアキラだが、そんなシスターの言葉に驚いて軽く目を見開いた。
そうしてアキラは感心したような、どこかおかしなものを見るような顔でシスターのことを見ながら話を続ける。
「随分と柔らかいというか、融通の効く頭をしてるんだな」
「他の方々が固すぎるのです。神とは、皆が思っているよりももっと寛容な存在ですよ」
「なんか、神様に直接会ったような言い方だな。やっぱり聖職者となると話したりできるのか?」
「……そういうわけではありませんが、まあ似たようなものですね」
シスターの言葉になんとなく違和感を感じて聞いてみたのだが、シスターから返ってきた返答はどこか迷いのある、なんと答えたものかと悩みながらの答えだった。
(……あー、どこまでボケてんだろうな、俺は。こんなに目の前にいてその力の気配を見逃すだなんてさ)
そんなシスターの様子を観察していて、アキラは一つの事実に気がついた。
そして、なぜそのことに気が付けなかったのかと、後悔をしながらも思考をまとめていく。
(こいつはただのシスターなんかじゃない。かなり弱々しいがあいつの……女神の力を感じる。ここまで弱いと本人の可能性は低いか? あの勇者の聖剣の方がまだマシだった気がするな……って、そうか、こいつは聖女だ。神の力の具現である道具を使う勇者と、神の力のかけらを宿した聖人・聖女。その一人がこいつだ)
神の力を形とし、道具となったそれを扱うことができる存在が勇者であり、聖人・聖女とは神の力を直接体に注ぎ込まれた存在だ。
その違いは、道具か人かと言うのもそうだが、使える能力に差がある。
勇者の方は道具という形で力が固定されているので、どの時代の誰が使っても同じことができる。
それに対して聖人・聖女の方は、力を注がれた個人の資質によって使える力が変わってくる。それ故に過去の者と同じことができるかと言ったら、必ずしもそうではないのだ。
(だが見たところ歳は二十五くらい……もうちょっとか? あいつがこの世界に姿を見せなくなってそれくらいだから、あいつが死ぬ前に何かしたのかもな。もしくは本当にあいつの生まれ変わりか? 力が弱いのは記憶を思い出してないからとか? ……とりあえず仲良くはしておくか)
先ほどまでは気付けなかったが、気づいたのであれば何もしないという手はない。
本人であればそれまでだが、本人でなくても女神の選んだ人物である以上は何かしらの思い入れのようなものがあるかもしれないし、手掛かりになるかもしれない。
そう考えたアキラはとりあえず仲良くしておこうおいう結論に至った。
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