第85話帰還後の日常

「アキラ」


 ルーク達を迎え入れた日の翌日。アキラは冒険者組合へとやって来ていた。

 特に用事がある訳でもないのだが、勇者探しに行く際に組合にいる知り合いに出かける旨を話していたので、とりあえず帰った報告もしておいた方がいいかなと思ってのことだ。


 そしてちょうど受付にいた知り合い──ルビアを見つけ、軽く話をしてさあ帰ろうというところでアキラは背後からかけられた声に振り向く。


 一瞬誰だったかわからなかったものの、改めて見れば自分の名前を読んだ相手が誰だったのかはすぐにわかった。


「ん? ウダル? 何でここに……こっちにきたのか?」


 アキラの名前を呼んだのは幼なじみであるウダルだった。

 だがアキラ内はなぜ彼がここにいるのかがわからない。ウダルは十五歳を超えて成人するまで地元から出られないはずだったのに……。と、そこまで考えてアキラが首を傾げていると、ウダルが事情を話し始めた。


「いや、最近遠出できるようになったんだ。十五になったら街を出るけど、その前に一度王都まで短い旅をしておけって親父達が言い出してな。まあ俺としてはそれでも良いから、文句はねえけど。そんなわけで、今回は護衛依頼としてこっちにきたんだよ」


 ウダルは十五になるまで街を出られないが、それはなんらかの規則というわけではなく、ただ単に両親と約束していたからというだけだ。


 ウダルの両親としても、成人してすぐに冒険者として旅に出るよりも一度旅というものを経験させておきたい、と思ったのだろう。一度旅に出て無事に戻って来たという事実があれが、自分の子供が危険な旅に出たとしても少しは安心できるから。


 冒険者組合としては成人前の依頼受注や遠出を進んで推奨しているわけではないが、だからと言って依頼を受けることを止めることはない。受けるも受けないも、生きるも死ぬも全ては冒険者次第だからだ。だから何歳にならないとダメ、なんて決まりはなかった。


 とは言っても、流石に酷すぎる場合は止めることがある。いくらランクは足りていたとしても街の中と街の外では以来の危険度が違うのだから、街の中で依頼をこなしてランクを上げた子供をそのまま外に出すはずがない。


 何せ冒険者組合も商売なのだ。明らかに失敗すると分かっている者を依頼にいかせて余計な手間と金をかけるわけがない。もちろん金銭面だけではなく人道的、倫理的な面で子供を死なせるわけにはいかないという意味もあるが。

 ちなみに、アキラはその見た目のせいで依頼を受けるのを止められたことがある。


「と言っても、ここについた時点で依頼は終わってるし、ほとんど観光みたいなもんだけどな。1度くらいは王都を見ておきたかったし」

「へぇ、そうか」

「お前はしっかりやってんのか? 探人はどうなってんだ?」


 ウダルはアキラの事情を知り、受け入れ、協力してくれている数少ない存在だ。

 そんなウダルは当然ながらアキラが女神の生まれ変わりを探していることも知っていた。


「まだまだ全然。一人候補に会いに行ったんだが、ハズレだった」


 アキラはそんなウダルの問いに肩を竦めて返す。


「そうか。……ああそうだ。アイリスさんから預かり物がある」

「母さんから?」

「向こうを出る時に、どこから仕入れたのか俺がこっちにくるって知ってたんだ。で、こっちにくるんだったらお前に届けてくれって。会えてよかったよ」

「ああ、そう……」


 そんな話をしながら、ウダルは腰につけていた魔法具のポーチからアキラ宛の届け物を取り出した。


 それは一辺が二十センチ程度の立方体でなかなかに大きいが、それが二つ。


 アキラはそれを見た瞬間にそれが魔法具だということに気がついたが、効果までは開けて中を確認して見ないとわからない。

 なんだろうと思いながらそれを受け取ったアキラは、ウダルが取り出したのと同じように、魔法具の鞄の中へとそれを仕舞い込んだ。


「あの人もなぁ……もう少し子離れしてくれればと思うんだよな」


 そう言ったアキラの顔は苦笑い気味だ。

 事情を知っていればアイリスの自身の子供へかける想いも理解できるし、心配されている本人であるアキラとしては恥ずかしくもあるが、嬉しくも思っている。

 が、それと同時にどうにかならないものかという思いも確かにあった。


「無理だろ。アレはもうどうにもならないと思うぞ。それこそ、お前が結婚して子ができて、孫ができてもお前に構い続けるんじゃないか?」

「いや、親って孫ができるとそっちに甘くなるみたいなことを聞くし、多分変わるだろ……」


 ウダルの言葉に対してそう反論したアキラ本人も確信を持てないようで、その言葉尻が徐々に小さくなっていた。


「……ま良いや。それはともかくとして、お前がいるってことはエリナもいるんだろ?」


 そう言いながらアキラは軽く周囲を見回すが、ウダルと話しているとあの重く纏わり付くような視線を向けてくる知り合いの姿は見えなかった。


 だがあのウダル大好き娘がウダルから離れるわけがない。そう確信をしながらアキラはウダルに問いかけた。


「ああ。あいつもいるぞ。今日は何かいい依頼がないか見にきただけだから別行動だけどな」


 どうやら今日は別行動らしいと理解して、アキラは心なしかほっとした。

 エリナとてアキラの幼なじみではあるし、アキラも彼女のことを嫌いではない。エリナもアキラを睨んだりするものの、アキラのことは嫌いではない。

 嫌いではないのだが……あれ程までに重い嫉妬を向けられると嫌になるのは事実だ。

 それがウダルへの好意が原因であるものだと知っているし、その嫉妬でウダルを傷つけるようなことも迷惑をかけるようなこともしないと知っているから特に対処したりしないが、それでもそのせいでアキラは彼女に苦手意識を持っていた。

 アキラがエリナのことを素直に幼なじみだと言わずに知り合いだというのもそのためだ。


「そうなのか。……ああそうだ。こんなところで話ってのもなんだし、用事がないならうちに来ないか?」


 今二人は冒険者組合の建物の真ん中で突っ立ったまま話している。今はあまり人が多い時間帯ではないが、これでは通行人の邪魔になると思い出したアキラは、ウダルにそう提案した。


「お前のうち? それってここでやってる店のことか?」

「ああ」

「よし、なら行くか。アイリスさんに聞いても、お前がどこで何やってるか教えてくれなかったし気にはなってたんだ」

「……聞いてないのか?」


 てっきりアキラの母親であるアイリスから話を聞いているものだとアキラは思っていた。


「ああ。エリナがアイリスさんに聞いたらしいんだが、アキラは今修行中だから甘さを消すために知り合いに合わないほうがいいって言ってたなみたいでな」


 ウダルはそう言ったが、それは間違いだ。アキラの店の情報を聞いたエリナは、そんな娼館みたいなところにウダルを行かせられるか! とアイリスを口止めし、誤った情報をウダルに伝えていたのだ。


「……そういえば、今更だけど俺、お前に会ってもよかったのか?」

「それは大丈夫だが……まあ、何やってるかは行けばわかるさ」


 そのことをこれまでの付き合いから一瞬で理解したアキラだったが、少し考えてから「まあ良いか。どうにかなるだろ」と考えるのをやめて、言葉をぼかしてから自分の家に誘った。


 これは後のことを考えるのがめんどくさくなってやめたのではなく、エリナの行動……というよりも感情的になった女性の行動など予想するだけ無駄なのだと、これまでの経験から理解していた結果だ。


「ここか」


 そうして冒険者組合を出発してしばらく話しながら歩いていると、二人は目的の場所へと辿り着いた。


「……随分と広いな。しかも街の中心にかなり近い場所だろここ」


 ウダルは「ここだ」と紹介された建物と敷地を眺めながらそう呟いている。


「祖父の伝でな。貴族のお偉いさんに頼んだら貸してくれた」

「まじかよ……」


 アキラの説明を聞きながらも、まだ驚きから抜け出せていないウダル。


「とりあえず中に入ろうか」


 そんな彼に苦笑いをしたアキラは、そう言ってから先導を始めた。


「お帰りなさいませ、主様」


 アキラ達が昨日のルークの時のように裏口から建物の中に入ると、やはり昨日と同じように裏口には何人ものサキュバスが並んでお辞儀をしていた。


「レーレ」

「はい」

「こいつは俺の幼なじみのウダルだ。ちょっとの間こっちにいるから、何かあったら助けてやってくれ」

「かしこまりました」

「それだけだから、解散。お前達仕事に戻れ」


 アキラは集まったサキュバスたちのうちの一人、サキュバスたちのまとめ役であるレーレにそう言うと、あとは昨日のルークの時のように仕事に戻れと解散させた。


「……なんか、すごいな」


 そんな何人もの女性がアキラの言う通りに動いているのを見て、ウダルはどことなく気の抜けたような声で呟いた。


「まあ俺もいまだにこんなふうに出迎えられるのは慣れないよ」


 アキラはウダルのその発言を、自分が出迎えられている光景に驚いたのだろうと思ったのだが、それはウダルの意図した意味ではなかった。


「いやそれもだけど、なんつーか……すごいな」


 そう言ったウダルの視線は、その場を去っていくサキュバス達に釘付けになっていた。


 そしてアキラは思い出した。自分にとってはただ助けただけの存在だが彼女らはサキュバスなのだと。


 彼女らは、常に微弱に発している魅了の力で異性を虜にしてしまう。


 流石に街に出る時は彼女らも正体がバレないように努めてその力を抑えているが、今は仕事中ということもあり魅了した方が店にとって利益となるのでそれほど隠していなかった。

 むしろ、アキラを誘惑するためにその力をバレない程度に上げていたが、いかんせんアキラはサキュバス達の使う魅了に完全な耐性を持っている。伊達に精神を司る神をやってはいないのだ。


 だが、隣にいたウダルは別だ。多少の魅了程度なら防げたかもしれないが、アキラを誘惑しようとするサキュバス達の地味な本気の魅了に、直接喰らっているわけでもないのに当てられてしまっていた。

 そうでなくても女性経験のないウダルには、蠱惑的な雰囲気を纏っている彼女らは刺激が強かった。


「ほら、そんな突っ立ってないで俺の部屋に行くぞ」


 そんなウダルの状態に気がついたアキラは、そう言いながらウダルの肩を少し強めに叩いて魅了を解除した。


「あ、ああっ。そうだな」


 ハッとしたように返事をしたウダルは魅了が解けたようだが、まだその視線は若干サキュバス達を追っていた。

 そんな友人の姿に心配になったアキラは、後で精神防御でも施しておこうとこっそり誓った。


「はあ〜〜〜。やっぱり俺の泊まってる宿とは違うな……」


 アキラがウダルを応接室に案内すると、部屋に入ったウダルは部屋の中を見回して感嘆のため息を漏らしてそう呟いた。

 どうやら自身の止まっている宿とこの部屋を比べ、その差に驚いていたようだ。


「まあそうだろうな。元々ここは貴族の館だったわけだし、ここにはたまに遊びに来るから半端な者は置けないよ」


 そんな様子をアキラは軽く笑っているが、そこにはウダルを馬鹿にするような響きはなく、純粋に友達の様子に笑顔になっただけのようだ。


「え……ここ、貴族が来るのか?」

「たまにな。そもそもここを借りた条件が『自分を楽しませろ』だからな。俺が『夢を見せる店』なんてやり始めたのも、その人を楽しませるため、って理由が多少はあるんだ」


 サキュバスたちに何をやらせるかはこの館をガラッドから借りる前から決まっていたが、それでもガラッドと話してその条件を出されたことで踏ん切りがついたのは事実だ。

 ガラッドと話す前は多少の迷いもあったが、それは必要な事なのだという理由ができたため、変に迷うこともなくなった。


「それよりも、今ここに来たりしないよな?」

「しないしない。……多分」

「おい! 俺、貴族の前に出されたらどうすればいいかなんてわからないぞ!?」


 ──コンコンコン


 アキラとウダルが話していると、突然部屋のドアが叩かれる音がしてウダルはビクリと体を跳ねさせる。

 そんな様子を見てまた笑いを漏らしながら、アキラは部屋の外へと用件を問いかけた。


「お飲み物をお持ちしました」

「ああ、ありがとう。入ってくれ」


 アキラの声に反応したレーレはドアを開けると恭しく礼をしてからアキラとウダルの前にお茶と菓子を並べていく。


 そのレーレの姿を見ながら、ちょうどいいとアキラはレーレに話しかけた。


「レーレ。こいつの他に、エリナってやつもこの街にきてるみたいだから、何かあったら頼む」

「はい。かしこまりました」


 アキラからの頼み事を聞いたレーレはそう頷いたのだが、一瞬だけピクリと眉を動かすとそのまま黙り込み、徐ろにスカートの中に手を突っ込んで何やら紙を取り出した。


「……ところで、こちらをご覧いただきたいのですが……」

「どこから出してんだよ」


 スカートの中に手を入れて紙を取り出すなんて様子を見たウダルはお茶を飲み下し損ねたようで咽せているが、アキラは一瞥しただけで気にしない事にした。だってその気持ちはアキラにも理解できたから。


 そんなウダルを無視したアキラは、友人との私的な時間に仕事を持ってくるなんて珍しいなと思いながら、レーレから渡された紙を見て、咽せた。


「ごふっ! ゴホッ、ゴホッ……」


 部屋の中には二人分の席の音が聞こえる。最も、その理由はそれぞれ別のものだったが。


「……レーレ、これはマジなのか?」


 アキラは手元の資料を見て困惑しながらも、それを渡してきたレーレへと問いかけたが、そこには間違っていて欲しいとでも言うような思いが感じられた。


「はい。調べた際に主様の気配がしたので、一応詳細に記録しておきました」


 だがそんなアキラの願いはレーレによって容易く打ち破られてしまう。

 考えるそぶりを見せることなくはっきりと断言されたそれに、アキラは椅子に寄りかかり天井を見上げた。


「どうかしたのか?」

「ん……あー、どうかしたかって言えばどうかしたんだが、それが問題かっていうとそうでもないようなそうでもあるような……」


 そんなアキラの様子に何か厄介ごとでもあったのかと思ったウダルは問いかけるが、アキラは手元の紙に視線を落として書かれてあることを軽くもう一度読むと、その内容はウダルに話すことはできないと即座に判断を下した。

 が、その内容が彼にもまるっきり無関係と言えないことから、アキラの言葉はそんな歯切れの悪いものとなってしまった。


「まあ害はないから大丈夫……なはず」

「……仕事のことは話せないことも多いだろうけど、俺たちは友達だ。何かあったら言ってくれよ」

「ああ、その時は頼むよ」


 そんなウダルにありがたさを覚えたアキラだが、こればかりは言えないよなと内心で苦笑していた。


「ところで、ここってどんな店なんだ?」


 そして話を切り替えるためか、ウダルはアキラにそう問いかけた。


「……ここは……あれだ。夢を見せる店だ」


 だが話を切り替えるにしてもその内容も悪い。別に違法なことをしているわけではないから正直に言ってもいいのだが、なんとも言いづらく感じてしまい先ほどに続き再び歯切れの悪い返事となってしまった。


「夢? それってお前の力か?」

「俺のってよりは彼女らの力だな。彼女らは俺と同じで外道魔法に適性がある奴らでな、迫害されてたところを保護して仕事のためとして雇ったんだ。そして本人が望む夢を現実と間違うほど精巧な夢を見せる店の従業員として働いている。初めはどうしようかと思ったが、まあ俺としてもやることが決まってなかったし、適性があるならちょうど良いと思ってな」

「そうだったのか」


 そんな言葉で見事に説得されたウダルは、特に疑問を持つこともなくアキラの言葉に頷いた。


 うまく説明することができたとアキラが内心で安堵していると、部屋を叩く音が聞こえた。


「主様。ルーク様がお会いになられたいそうです」

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