第84話勇者の監視


「ただいまー」


 そして店の裏口から堂々と入っていくアキラと、その後をおっかなびっくりとついていくゼルベンとルーク。


「あ、おかえりなさいませ。我らが主様」


 アキラが入ると同時に、近くにいた従業員──サキュバス達は、即座にアキラの前に集まり跪いた。


 これは信者としては正しく、むしろ自身らの信仰する神が目の前に現れたのだからもっと仰々しくするべきなのかもしれない。

 だが、以前アキラに言われてこの程度にとどまっていた。

 確かにアキラは彼女らのように精神鑑賞系を得意とする魔物を庇護しているが、だからと言って神として振る舞うつもりはないし、敬って欲しいわけではないのだ。


 故に、アキラは渋面を作りながら目の前で跪いたサキュバス達を見ると、軽くため息を吐いてから口を開いた。


「それ、やめようか。仕事中だろ。一人を残して後は動き出せ」


 アキラがそう言うと、一番前にいたサキュバスだけが残り、他は渋々と言った様子でその場を離れ仕事へと戻っていった。


「こっちの二人は俺の客だ。しばらく泊まることになるけど、二人用の部屋を用意してほしい」

「かしこまりました。サービスの方はどうされますか?」

「それはいらない。ひとまずは部屋を用意してくれればいい。あとは二人がようがある時はできる限りそれを叶えてくれ」

「かしこまりました。そのように伝えておきます」


 そう言って丁寧にお辞儀をしたサキュバスに対して、アキラは満足そうに頷いてから後ろにいたゼルベンとルークへと振り帰った。


「というわけで、部屋は用意するように言ったので、案内し終わったらあとは自由にしてもいいですよ」

「あ、ああ……」

「と言っても、入ってはいけない場所もありますし、ルークは迷子にならないように一人での外出はしないほうがいいけどな」

「もう、子供扱いしないでよ。僕だって立派に戦える大人なんだよ!」

「いやー、どうかな? 確かにお前は強くなったが、それは戦闘力的な面だけだ。これだけ広い街だぞ? お前はあの村から出たことなかったみたいだし、本当に迷わない自信があるか? これは戦闘力とか関係ないぞ?」

「う……そう言われると……」


 実際に村から出たことがないルークは、アキラにそう言われるとさっき外で見た人混みを思い出し、自信がなくなってきたようでその言葉尻は徐々に小さくなって行った。


 だがそれも仕方がない。いくらしっかりしていると言っても、ルークは未だ成人はおろか、十にすらなっていないのだ。そんな子供にこれほどまでに大きな街で迷うなという方が酷だろう。


 そんな様子を笑って見ていたアキラ。それはまるで弟でも見ているかのような優しげなものだった。


「ま、出かけたくなったらここの従業員にあらかじめ言ってくれれば街の案内くらいしてくれるさ」

「お任せください」


 ここで働いているサキュバスたちの中で主人の客は格付けの中で上から二番目であるために、サキュバスたちはルークたちの命令をアキラからのそれと同じもののように叶えるだろう。それこそ仕事を放り出してでも。

 因みに一番は主人であり、信仰対象でもあるアキラで、二番目にその家族や友人などのアキラの関係者。三番目に自分と仲間で、随分と隔たりを経ての四番目に店の客。そこからはるか絶望的な距離を開けてから五番目に他の生物だ。


 他の生物と言っていることからわかるかもしれないが、彼女らにとって優先順位の四番目までに入れていないものは、人間も虫も魔物もアキラ以外の自身に手を差し伸べなかった他の神も全部が等しい存在だった。等しく無価値な存在。


「主様、お二方のお部屋のご用意が整いました」


 そうして話していると、先ほど出て行ったサキュバスたちの中から1人が戻ってきてそう告げた。

 彼女らが出て行ってからまだそれほど時間が経ったというわけではないが、これほどまでに早く戻ってきたのは単にアキラの役に立とうとしているためだった。


 アキラはサキュバスたちの魂をちょっといじって力を与え、そして住む場所も与えた。アキラからしてみれば大した手間でもないし自分が好きにやったことだから見返りを期待期待してのものではなかったが、与えられた側からすれば、どれほど言葉を尽くしても全く持って足りないほどに感謝をしていた。

 今までは、人間は当然のこととしても、見捨てられた種族として本来仲間であるはずの魔物からも虐げられてきた。ただの暇つぶしで嬲られ、そこにいるだけで疎まれ、ただ生きていることすら許されていないと思わされてきたサキュバスという種族。

 そんな彼女らにとって、安心して暮らせる場所というのは、何ものにも変えがたい宝物と同じだ。

 そしてほんのわずかなものであったとしても、力を与えられたことで自分たちは見捨てられていなかったのだ、生きていてもいいのだと思うことができた。


 アキラにとってはほんの些細のことでも、彼女らにとっては心も体も救ってくれた大恩人……いや、恩人どころではなくもはや神様だ。

 実際にアキラは神様なのだが、そうでなかったとしても彼女らはアキラのことを自分たちの神様として信仰していただろう。もちろんアキラが本物であったことも彼女らの信仰に拍車をかけてはいたのだが。


 そんな彼女らは常にアキラの役に立とうとしているが、いかんせんアキラとサキュバスたちの意識の差があるために、アキラはあまり彼女たちには命令をしない。店のことは指示を出すが、サキュバスたちからしてみればそれはやって当然のことであって、役に立てているという実感は持てていなかった。だからこそ、今回のようにアキラから仕事以外でのお願いをされると全員が協力して全力でアキラの『お願い』を叶えるのだった。

 もっとも、協力するのはアキラのお願いを叶えるまでであって、その後……アキラのお願いを終えた後にはそれまで協力してたとは微塵も思わせないほどに熾烈な『ご主人様への連絡係争奪戦』が起こるが、それはアキラのあずかり知らぬことだった。


「ん。それじゃあ部屋に案内しよう。……ああ、後レーレを呼んでおいて」


 アキラがそう言うと、残っていたサキュバスは返事をし、一番最初にアキラに接触した羨まけしからん自分たちのまとめ役を呼びに行った。

 そして争奪戦を勝ち抜いて連絡にきたサキュバスの彼女は優雅に軽く頭を下げた後、アキラたち三人を案内し出した。


「では、俺はこれで下がります。出かけてた間の仕事をこなさないとなので」


 離れていても大丈夫なように仕事を調整はしたが、流石に一ヶ月もの時間を開けると全く問題がないわけでもない。

 剣の勇者以外にも女神の可能性のある者の情報が詰まっているかもしれないし、さっさと済ませてしまおう。

 ゼルベンたちを部屋へと案内したアキラは、そう思って自分の部屋へと下がろうとしたが、その去り際、アキラの背にゼルベンたちの声がかけられた。


「アキラよ。ありがとう」

「これは泊めていただいた恩返しですから」

「恩などというのなら、こちらの方がもらっている」

「まあ俺が好きでやってることなので、気にしないでください」


 そう言って笑うと、アキラは部屋を出て執務室へと向かった。


「ふぅ……ん? なんか、違和感がある気がするな……」

「そ、そうでしょうか?」


 部屋に行くとすでにレーレは待っていて、アキラの執務室の上にはなぜか書類の類の代わりにケーキスタンドに守られたお菓子とお茶が置かれていたが、それは微妙に空白が目立つと言うか、なんだかスカスカしている。まるで食べかけのものを無理やりバランスを取ったように。


 そして部屋の中に置かれているソファには毛布が置かれており、それに関しては店主代行を任せたレーレがここで仕事の合間sに休む時に使ったのだろうと判断したのだが、それを除いたとしてもなんとなくアキラがこの部屋を出て行った時よりも生活臭のする空間になっていた気がしていた。


「ま、いいか。それじゃあ報告を聞こうか」

「はい。ではまず──」


 ここは本当に自分の執務室なのだろうかと、部屋の主であるアキラも疑問に思ったが、まあいいかと気にしないことにした。


 そのことにほっとしたレーレはアキラがいない間にあったことを説明するが、実はこのレーレ、アキラがいない間はこの部屋で生活をしており、さっきまでこの部屋を掃除をしていたのだ。普段ならアキラから他のサキュバスよりも多めに力を貰っているだけに、その帰還を察知してアキラの出迎えに行ったはずだ。だが今回はそれをしなかったのもそれが理由だった。

 しかし短時間で完全に片付けることなどできず、パッと見を整えることくらいしかできなかった。それ故に、内心で部屋のクローゼットの中に割と無理やり詰め込んだ自分の服や下着がバレないかとハラハラしながら報告していく。その心境は、まるで彼女が突然部屋に来たときに見られたくないものを隠すかのようだった。


「問題と言えるのは貴族関連か……」


 そんなレーレの様子に気がつくことはなく、アキラは話を進めていく。


 なんでも、アキラの持っている魔法具を寄越せと言ってくる奴がいるらしい。それも何人も。

 他の客と同じようにアキラの店に来て実際に魔法具──ということになっている魔法──を使ってくれればその際に弱いながら洗脳を施すことができる。と言うか実際にこの店にきたものには軽めの魔法をかけていた。


 だが一度も店に来ていないとなるとどうしようもなかった。もちろんアキラが全力を出せば店に来ておらずとも街全体に洗脳魔法をかけて全員操り人形にすることもできるが、それは本当にどうしようもなくなった場合の最終手段だ。今程度の状態で使うつもりは、アキラにはなかった。


 とはいえ、駆け出しと言ってもいいアキラがまともに貴族の相手をできるか、まだ、まともに相手をしてもらえるかというと、それは難しい。アキラには貴族に対する伝もコネもあるが、圧倒的に年季が足りないからだ。


 故にどうにかすると言ったら、後は魔法に頼ることになる。

 アキラは極力魔法を使いたくと思っているし使わないようにしてきたが、もし魔法を使わないことで身内が傷つくのであれば、アキラは魔法を使うことに躊躇はない。


 かと言って街全体に魔法をかけるのはアキラとて流石に悩むし、一人一人を調べて魔法をかけていくというのもめんどくさい。

 どれくらいかというと、辞書の中からどこにあるのかもわからない間違った文字を探して、それを誰にも気づかれないように直すくらいめんどくさい。


「ひとまずは無視でいい。だがその貴族の家のものが来たら俺を呼んでくれ。直接出向く」


 なのでアキラは、全体の中から調べて探し出すことは諦め、直接関わってきた者に自分が出向いてその者だけをピンポイントで魔法をかけようと考えた。


 最も、それは本当にどうしようもないほど相手が強引にきた場合だけであり、魔法を使わない話し合いでなんとかできそうならそうするつもりだった。


「よろしいのですか?」

「なにがだ?」

「主様が直接ということは、力をお使いになられるのでしょう? 主様はそれを忌避していると思いましたが……」

「まあ無闇に使うのはな。だけど、貴族関連は放っておけばお前たちに危害が出るだろ? 身内を守るためならその程度はやるさ」


 そう言ったアキラは笑っており、そんな姿にレーレは少しばかり目を見開いてパチパチと瞬きをし、驚きをあらわにした。


「どうした?」

「え、あ……その……主様、何か変わられましたか?」

「……ん。まあそうかもな。ハズレだったけど、面白いやつに会えたんだ」


 突然のレーレの言葉にアキラも目を瞬かせてから少し考え込んで頷いた。


「勇者ですか」

「ああ。『勇者』だ」


 単なるお飾りではなく、称号でもなく、義務でも仕事としてでもなく、ただ誰かを助けたいと願って剣を取ることを選んだ少女。


 自分とは全く違う生き方をするその少女にアキラは憧れていた。そのことに本人は気がついていないが。


「……まだお前の知り合いのサキュバスが全部こっちにきたってわけじゃないんだろ?」

「はい」

「なら剣の勇者の監視を頼めないか?」

「監視ですか?」

「ああ。まあ監視って言っても物騒なものじゃなくて、困ってたら教えて欲しい程度のものだけど」

「かしこまりました」

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