第83話勇者探しからの帰還

 アキラがアズリアたちとの諍いを終えた翌日、アズリアたちは今度こそ帰るために早朝から村を出て森の中へと入って行った。その際に、自分たちが気絶するほどの激戦があった割には自分たちの道具があまり減っていないことを不思議に思ったが、気絶している間にアキラが補充しておいたのだと咄嗟ながらアズリアが説明したことでひとまずの納得を得られた。


「さて、あいつらは帰ったか……俺も帰らないとな」


 そうして今度こそ自国へ帰るために森を進んで行ったアズリアたちを魔法による視界の乗っ取りで見届けたアキラは、これ以上はいいかと魔法を切るとそう呟いてベッドから起き上がった。


 そしてやることは終わったのだから、と自身もこの村を出ていく意思を固めてから一階へと降りていく。


 するといつもはもうすでに家を出て仕事をしているゼルベンだったが、なぜか今日に限っては仕事である狩りにも村の住民の訓練指導にもいかずに居間でお茶を飲んでいた。


「ああ、アキラ。昨日はすまんかったな」


 どうやら、アズリア以外の勇者一行たちに見せた誤った記憶とは違い、昨日本当に魔力の使いすぎで倒れたアキラにろくに礼を言うことができずにいたゼルベンは、わざわざ礼を言うために残っていたようだ。


 それは自身の子供ともう一度話をすることができたことへの言葉か、もしくは勇者一行に襲われても手助けできなかったことへの言葉か。

 どっちにしてもアキラには対して気にすることではなかった。


「いや、あの程度なら問題ないですよ」

「あの程度、か……ふっ。それでも感謝しているのだ。それは理解してほしい」


 自身が倒れる事態になりながらも『あの程度』という言葉で済ませようとするアキラに、ゼルベンはフッと笑うとそれ以上の言葉は逆に失礼かと思い、最後にそれだけ言うとそれ以上は何も言うことなく普段通りの対応へと戻っていった。


「それで、今日帰るのか」


 そして話はアキラの帰還へと移った。


「ええ」

「ここに来る時はわしが乗せてきたが、どうやって帰るつもりだ?」


 アキラがこの村に来るときにはゼルベンが村に戻るときの護衛依頼だったため、ゼルベンの馬車に一緒に乗ってきた。

 だが今回はゼルベンが街に行く必要がないのでこの村から馬車が出ると言うわけではない。


「あー、歩くつもりです」


 本当は身体強化魔法を使って走ろうと思っていたアキラだが、魔力不足で倒れたと言うのにまた魔力を使うことになるとゼルベンが心配すると思って歩くと言ったアキラだが、ゼルベンとしてはむしろそっちの方が心配であり心苦しかった。


 そしてゼルベンは一つの提案をすることにした。


「なら、もう一度わしの馬車に乗って行きやせんか?」

「え?」

「お前さんが来てから一ヶ月ほど経っておる。いつもに比べれば早くはあるが、もうそろそろ街への買い出しをせんとならんのだ。せっかくだからお前さんと行けんかと思ってな」


 本来はこの村にも行商がきてくれればいいのだが、魔境のそばという事で誰も来たがらない。

 そのため二ヶ月に一度程度の頻度で買い出しに出て来ていたゼルベンだが、別に二ヶ月ごとでなければならないと言う決まりがあるわけでもない。

 安全のためにできる限り買い出しの回数を二ヶ月としているが、むしろ村の住民からすればもっと頻繁に買い出しがあってもいいとすら思っていた。もちろん村を出て町まで行くことの危険性を十分理解しているので誰もそんなことを不満として口にすることはなかったが。


 なので、ここでゼルベンがアキラを送るついでに買い出しに行くと言っても誰も責めたりはしないだろう。


「それに、行きの護衛代がタダになる」

「ふ、はは。ああ、それは大事ですね」


 アキラが護衛としてつけば、これ以上なく安全である。何せ勇者一行を容易く手玉に取れるほどの実力があるのだから。


 だから連れていく代わりに護衛をしてくれないかど言うゼルベン。だがその理由はどう聞いても後付けであり、アキラが提案を受け入れやすくするために対価と報酬という状況を作ろうというゼルベンの気遣いであった。


「うむ。して、どうだ?」

「ええ、わかりました。一緒にいきましょう」


 そうしてかけられた再度の問いかけにアキラが笑顔で頷くと、ゼルベンもまた笑顔で頷いた。


「そうか。ルークも喜ぶな」

「ルークも?」

「うむ。あの子にも、そろそろ村の外を見せてても良いかと思ってな。片道とはいえ最強の護衛がついているのであれば、他の時よりも安全であろう?」


 自分が死ねば今度はルークが街への買い出し役となる。それ自体は村で与えられた自分たちの役割なのだから仕方がない。誰かしらがやらなければこの村は立ち行かなくなるし、自分たちはそのために鍛えてきたのだから。


 だからその役割を果たすために何度かは自分がルークについて街まで買い出しに行かないといけないと思っていた。だが、それはもっと先のことで、まだ早いとも思っていた。

 ゼルベンはできることならルークがもっと大人になってから村の外へ連れて行きたいと思っていた。いくらしっかりしていて多少の魔物には勝てる力があると言っても、ルークはまだ子供なのだ。

 危険なことを経験させるには、まだ早い。


 だが今は行きだけとはいえアキラがいる。

 普段よりも安全に向かえるのであれば、今のうちに一度くらい経験させておいたほうがいいんじゃないか。それに加え、自分はもう歳だ。いつ死ぬかわからないのに、自分が死ねばルークは何も知らないまま残されてしまうかもしれない。だから今回はちょうどいいと、ゼルベンはそう思っていた。


「……なら、街に着いたらうちに寄りませんか? 宿代もただではないでしょうし、泊めてもらったお礼もしたいですから」


 そんな打算の混じったゼルベンの考えを全て理解しわけではないだろうが、アキラはゼルベンが何かを考えていることに気が付きながらもそれを受け入れてそう提案した。


「礼というのならこちらの方が礼をするべきだろうが……断るのは無粋か」

「ええ」

「ならばその招待、喜んで受けさせてもらうとしよう」


 そうしてルークを呼び、村の住民への説明をし、装備を整え、その日の昼を迎える前には街へ向かう準備が全て終わった。

 割と早く終わったなと感心していたアキラだが、ゼルベンからすればこの辺りは慣れたものだった。


「ではお世話になりました」

「わしらは街に行くが、いつもと違って少し長引くやもしれん。故に多少遅れたところで心配はせんで良い」

「わかりました」

「アキラ、元気でな。ルークは……まあ、二人に迷惑かけんなよ。ただでさえ村の外はいろいろあるんだから」

「む。僕だってそれくらいわかってるよ。いやってくらいにね」

「……ああ、そうだな」


 両親を街への買い出し中の事故で亡くしたルークは、誰に言われずとも村の外の危険を理解していた。

 ルークの言葉を受けてそれに気がついた門番の青年だが、一度言った言葉は無かったことにはできない。


「ま、元気で行ってこい」


 自分の失言を悔みはするものの、そこで下手に暗い顔をすればこれから旅立つものの邪魔になると思い、青年は軽く首を振ってから笑顔でルークたちを送り出すことにした。


「いってきます!」


 そんな別れの挨拶をして、ルーク、ゼルベン、そしてアキラを乗せた馬車は村の門を出て街へと続く街道を走り出した。


「旅って初めてなんだ! ワクワクするね!」


 そんなふうに明るく楽しげに言うルークに対して、馬車の旅がどう言うものなのか知っているアキラとゼルベンは、お互いに目を合わせて肩を竦めた。


「まあ今のうちはな」


 だがアキラの言ったその言葉の意味がわかっていないようで、ルークは首を傾げていた。


「アキラ……これ、後何日続くの?」


 そして数時間後。

 最初は楽しげに流れていく景色を見ていたルークだが、まあ田舎の景色などそうそう変わりはしない。どこへ行っても、どこまで行っても、どれだけ行っても、周りは草と木ばかり。たまに動物や魔物がいるが、そんなものは村でも見たことがあるし、アキラの魔法による夢の中の訓練では何度も倒してきた。今更新鮮味などかけらもない。


 そんな光景に、ルークは飽き始めていた。と言うよりも、すでに飽きていた。いくらしっかりしていると言っても、この辺りはやはり子供であるのだ。


「後一週間くらいじゃないか?」

「うえ〜、そんなにかかるの? なんかもう、走ったほうが早くない?」

「一時的には早くなるだろうけど、お前、一日中走ってられるか?」

「う〜……三時間くらいなら……」

「全然足りないな。大人しく座っておけ」


 いくらアキラが魔力の使い方を教えたとはいえ、ルークはまだまだ覚えたてと言っていい初心者だ。それ故に、節約しながら走ったところで身体能力の強化魔法は三時間程度しか維持することができなかった。

 節約してそれだ。馬車よりも少し早い速度で走って三時間後にはバテて動けなくなってしまうのであれば、最初から馬車に乗って移動したほうがいい。


「不満があったら魔法でも鍛えておけよ。魔力を増やすだけなら座りながらでもできるぞ」


 アキラにそう言われてしまい、ルークは渋々といった様子で頷いてから言われた通りに魔法の訓練へと移った。


 そんなこんなで途中で村によりながらの旅は、もう直ぐ終わりを迎える。


「わぁぁぁ!? あれがお城!? おっきいね!」


 まだ遠くはあるが、自分たちの村とも、途中で寄った村とも違う石造りの壁に囲まれた街を見て、ルークはそれまで暇だったストレスを晴らすためとでも言わんばかりに大声をあげてはしゃいだ。


「あれはまだ城じゃないよ。その周りにある街を囲ってるだけの壁で、城はもっと奥。ほら街の中心にちょっと飛び出してる建物があるだろ? それが城だ」


 そんなふうにルークの疑問に適度に答えながらアキラたちを乗せた馬車は進んでいき、ついに街の中へと入ることができた。


「さて、じゃあ俺の店に案内しようか」


 そうして今まではゼルベンが操縦していた馬車の操作を代わり、今度はアキラが自身の店の場所まで馬車を動かすこととなった。


 とはいえ、この馬たちはアキラが今回の旅の間にかけた魔法によって知能を引き上げられている。そのおかげで、指示をすれば特に操る必要もなくその方向へと進んでくれていたので、実質アキラのやったことは単なる道案内だ。

 これもゼルベンたちのため。アキラが馬たちに魔法をかけたのは自分がいなくなった後、少しでも安全にいられるようにとの配慮だった。


 魔法は極力使わないと決めていたはずなのにいいのかと思うかもしれない。確かに魔法を使わないときめたのだが……それはあくまでも『極力』だ。身内のためなら制限が緩くなるアキラにとっては、この魔法は必要なことで、何の問題もなかった。


「ここが俺の店だ」


 そうして到着したのは、周囲に比べてもそれなりに大きく広い建物だった。


「ここが……」


 そう呟きながらその建物及び周囲を見回していたゼルベンだが、おかしなことに気がついた。


「のうアキラよ」

「ん? なんですか?」


 ゼルベンに声をかけられながらも店の入り口から外れて人気のない裏に回っていくアキラ。

 そんなアキラに向かってゼルベンは問いかける。


「一つ聞きたいのだが、お前さんは食品系のものを取り扱っているのではなかったかの?」


 そう。ゼルベンはアキラの家は食料を扱う店だと聞いていた。

 だが目の前の店はどうもそんな様子には見えない。何せ、昼間だと言うのに何人もの男女が並び、その半分くらいがだらしない顔をしていたのだから。

 もちろんと言うか、中にはしっかりとした、これから戦いに赴くような顔をした少年少女もいるが、それはそれで違和感がある。

 どっちにしても食料の買い付けを行うものたちの様子ではない。


「ああ、それは実家が、ですね。俺の実家は確かに食品系を扱っていますよ。ただ、俺は独立した店ですから違いますけど」

「そうか。ならもう一つ聞きたいのだが……ここはなにをしている店だ?」

「ここですか? 夢を売る店ですね。詐欺とかではなく、言葉通りの意味での『夢』です」

「夢を売る? ……夢とは売れるものだったか?」

「売れますよ。原理としては夢を見させる魔術具を使ってその者が望む夢を見られるんです」

「……なるほど」


 確かにそれならばこれほどの列も理解できると、ゼルベンは頷いた。

 本人の望む夢。もしそれがどんな者でも見られるのであれば、夢の中で絶世の美女を抱くことも、世界の王になることも、何もかもが思いのままだ。

 辛いことがあり思い通りに進むことの方が少ない現実に比べれば、夢であろうと構わないからその夢に溺れていたいと願うものもいるだろう。


 少し前……アキラによって死んだ娘達に会うことができなければ自分も溺れていたかもしれないと、ゼルベンは思った。


 だがそこまで考えて色々と納得しかけていたところに、アキラは爆弾を投下した。


「ですがその実、サキュバスを雇って魔法で夢を見せています」

「サキュ!? お前、それは……」


 サキュバスが魔物であると知っているゼルベンは驚愕を示すが、周囲に人がいないとしても大きな声を出すべきではないと判断して口をつぐむ。が……


「ねえ、サキュバスってなに?」


 そばにいてアキラたちの会話を聞いていたルークがそう訪ねてきた。ルークはまだサキュバスという魔物について知らなかったのだ。


 どう説明するべきかとゼルべんは悩み、助けを求めるようにアキラへと視線を向ける。するとアキラは任せろとでも言わんばかりに頷き、ルークへと顔を向けてサキュバスについて話し始めた。


「簡単にいえば、特殊な魔法を使う人だ。俺と同じで外道魔法に適性がある種族でな。種族全体がそんな魔法を使うから迫害されてきたんだが、俺に助けを求めてきたからならうちの店で働かないかって誘ったんだ」

「へぇ〜」

「ただ、ここの人たちがサキュバスだってのは言うなよ? 種族全体が外道魔法を使うから、一人でもバレれば迫害されてここにいられなくなる。その時は雇い主であり同じ外道魔法の使い手である俺もこの国にはいられないかもな」

「えっ? それほんと!?」

「ほんとほんと。だから秘密にするって約束してくれ」

「うん、わかった!」


 ルークが真剣な表情で頷き約束を誓う影で、アキラはニッと笑いながらゼルベンへと親指を立てて見せた。その顔は、まるで「ちょろいぜ」とでもいいそうなものだった。


「アキラよ……」

「真実ですよ。いろいろ細部は誤魔化しましたけど、彼女らが助けを求めてきたのは確かです。できれば受け入れて欲しいですが、それが叶わずとも彼女らがここにいることを否定しないでほしい」


 眉尻を下げて少し情けない表情になったゼルベンに、アキラはふざけるのをやめて真面目な表情になると、拳を握り締めながらそう言った。


「わかっておる。そのようなことはせんさ」


 そんなアキラの態度を見て、ゼルベンもまた、真剣な表情で頷いた。


「ただ、サキュバスということは、やっている店もそういうものであろう? 裏の者との関係や治安は大丈夫なのか?」


 サキュバスに関しては納得をしたものの、ゼルベンはそこが気になった。

 だが問題はない。


「大丈夫。健全です。ここで起こることは全て夢ですから。健全なんです」

「だがそれで納得するものか? 裏というのは、そんな言い訳で引くようなものでもなかろう」

「ええまあ、そうですね。でもそっちも大丈夫です。叩き潰しましたから」

「……は?」


 自信満々に大丈夫だと言うアキラ。その理由が裏の者を叩き潰したからだと言われて、ゼルベンはアキラが何を言っているのかすぐには理解できなかった。


「なに……叩き潰しただと?」

「ええ。その辺に気が回らなくって問題が起こったんですけど、直接出向いてちょっとお話ししました。あれが裏の代表ではないでしょうけど、まあ理解はしてくれたと思いますよ?」


 アキラとしてはただ護衛が襲ってきたから返り討ちにして少し脅した程度だが、用意していた絶対だと思っていた武力を子供をあしらうかのように上回られ、狂気に塗れた瞳で脅された裏の商人──ゲールとしては、その瞳を見ただけでこれは敵対してはまずいと理解せざるを得なかった。


「それに、店と客を守るために一応は対策もしてありますから」


 街中で魔法を使えば警備のものへバレるが、申請さえしておけば魔法具であれば使うことはできるのだ。店にはアキラの設計した魔法具が仕掛けられており、それを破れるものは、今のところ誰もいなかった。


「まあ、とりあえず中に入りましょう」


 店の裏にある専用スペースに馬車を止めたアキラは、御者台から降りると後ろに乗っていたゼルベンとルークにも降りるように促した。

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