第75話最後のお別れ
「なあにお父さん。なんでそんなに謝ってるの?」
「わ、私がっ……私のせいでお前達がっ……!」
「違うわよ」
ゼルベンが自身の罪を嘆き謝罪の言葉を口にするが、それは最後まで言い切ることができずにターニャによって止められてしまう。
「あれはお父さんのせいじゃないわ」
「だがっ、あの時私が無理にお前達を行かせなければお前達はっ!」
「そんなの誰にもわかりませんでしたよ。あの時は私たちが行くのが最前だった」
ゼルベンが嘆き、自身の子供を死なせてしまうこととなった理由。それはほんのちょっとしたものだった。
ゼルベン達が暮らす村は街からそれなりに離れており、必要な物資があると街へと買い出しに行かなくてはならない。
その役目をゼルベンが担っていたのだが、その日はルークが自身と遊びたいと甘えてきたために、つい「行きたくない」と言ってしまった。
だが、買い出しには行かなくてはならない。そこでゼルベンは、そろそろいい歳なのだからと娘夫婦に買い出しを任せる事にした。
道中には多少の魔物はいるものの、魔境のそばで育ってきた二人にはその程度は対処できるだけの力があった。
だから大丈夫だろうとつい甘えて二人に押し付けてしまったのだ。
そしてターニャ達も、いずれは自分たちがやるのだからと呆れながらではあったが了承して買い出しの件を了承した。
いつもであれば平和な道。だが、その日に限っては事情が違った。
その日はとある魔物が住処を移していた。
その魔物は百を超える群れで行動し、定期的に住処を変えるという習性を持っていた。
いつもであればそれはもう少し遅い時期だったので気をつけていたのだが、何故かその日に限ってはいつもの時期よりも早く移動が始まり、そして、二人はその移動に巻き込まれてしまった。
いかに二人が魔境の魔物を相手どれるとは言っても、さすがに百を超える数となるとたとえ相手がどれほど弱かったとしても厳しいものがある。
結果として魔物の軍は半壊となったが、二人はそこで命を落とした。
ゼルベンはそれを自分が押し付けたから二人が死んでしまったと思い込んでしまっている。
「あのね、お父さん」
押し付けたとはいえ、時期外れの魔物の大移動など、ゼルベンに予想できるはずがなかった。そしてそれは誰であっても同じだ。
だからこそ、ターニャとツァードはゼルベンのせいではないと言っているのだが、当の本人であるゼルベンはそうは思えなかった。
自分が悪い。自分が殺した。恨まれていて当然だ。むしろそうでなくてはおかしい。
魂だけとはいえ娘達が目の前に現れ否定しているというにも関わらず、ゼルベンは今尚そんな思いに囚われ続けている。
「私は、お父さんの娘で嬉しかったよ」
「私もです。私は実の子ではありませんが、それでも孤児である私を実の子のように扱ってくれたお義父さんのことを、実の親のように思っています。あなたのおかげで、私の人生は幸せでした」
「あ、ああ……ターニャ……ツァード……」
ゼルベンはよろよろと二人に近寄り手を伸ばすが、先程のルークの時と同じようにその手は何も触れることなく二人のいる場所を通り過ぎる。
「──夢か現か、その境界線はどこにある」
「アキラ?」
それを診ていたアキラは、何を思ったのか魔力を放ちながら呪文を口ずさむ。
「常世と現世が入り混じる。目を閉じろ耳を塞げ。ここはそこ。そこはここ。現世の夢は夢にあらず。常世の夢は夢にあらず。全ては夢で、全ては現実。世界は混じり、すべてのものは
アキラが呪文を唱え最後に魔法の名前を口にすると、辺りを不思議な光が包み込む。
その光はシャボン玉の様に虹色に光るが、それはシャボン玉とは違い見ているだけでどこか不安になってくる様な暗さも備えていた。
「え?」
「これは……?」
突然自分たちを覆った魔法に驚きをあらわにするゼルベンとルーク。
「流石にそう長い間持ちません。保って十分程度です」
だがアキラはろくに説明する事なくそう告げる。そしてその視線はゼルベンとルークの二人ではなく、ターニャとツァードへと向けられていた。
ふたりはそれがどういう意味なのか、今の魔法がなんだったのかを理解している様で、驚きをあらわにしつつもアキラへと頭を下げて礼をした。
そしてアキラから未だに事情のわかっていないルーク達へと視線を向け、両腕を開いてまるで抱きついてこいと言わんばかりに笑顔で構えた。
「ルーク。おいで」
「えっ、でも……」
ルークは先ほど触ることのできなかったことを思い出し戸惑うが、それでも目の前にいる母の笑顔は変わらない。
それを見てルークはゆっくりと手を上げて自身の母へと伸ばす。
「えっ……」
ルークの伸ばした手は、今度は通り抜けることなくしっかりとターニャの体へと触れた。
「母さん……母さんっ!」
指先に感じる感触に、ルークは母は確かにそこにいるんだと理解する。そして、堪えきれなくなったのか涙を流して思い切り抱きついた。
「お義父さん。どうぞ」
そして、泣きじゃくるルークを抱きしめているターニャとは別に、ツァードは未だ地面に手をつき茫然としているゼルベンへと手を差し出しながら声をかけた。
ゼルベンはその手を見つめてから目の前に立っているツァードの顔へと視線を移し、再びツァードの伸ばしている手に視線を戻した。
そして自身の手を震えさせながらゆっくりとツァードの手に重ねた。
「あ……ああ……。すまなかった……すまなかった……」
「言ったでしょう? 私たちは幸せでしたよ。公開も未練も、何一つありません」
だがそれでもゼルベンが納得する事はない。
ツァードは少し困った様に顔を歪ませると、小さくため息を吐いてゼルベンに話かける。
「……でもそうですね……では、罰として一つ願いを聞いていただけませんか?」
「ああ……ああ、なんでも言ってくれ」
「もう、私たちのために泣かないでください」
「…………は? なん……」
「私たちが死んだ事実は変わりません。それはいくらお義父さんが悲しもうが変わらないんです。私たちは私たちを呼び出している魔法が終われば消えます。私たちはそれで構わないと思っています。だって幸せだったから。でも、私たちが死んだせいでお義父さんが自分を責め続けるというのなら、私は死んでも死に切れない」
父であるゼルベンと子であるツァード。二人はしばらくの間無言で見つめ合い、そしてしばらくするとゼルベンがポツリと小さく呟いた。
「……私が泣けば、お前達が困るのか……」
「ええ」
「……なら、これ以上困らせるわけには、いかないな」
ゼルベンは力なく空を見上げ、大きく息を吐き出すと今度は目を瞑った。
そして目を開き顔を下げてその視線をツァードへと向け直すと、今度は先ほどとは違ってはっきりと言葉を紡ぐ。
「わかった。今すぐに、とはいかないが、それでも嘆くのは止めよう。お前たちに心配をかけたままでは、お前たちの父親として情けなさすぎる」
「そうよ。親を泣かせた子供だなんて不名誉、私たちは欲しくないわ。だから、お父さんにはいつもみたいに笑っていてもらわないと。ね?」
今もなおルークを抱きしめているターニャは、そう言って父親であるゼルベンに笑いかける。それはどう見ても自身の死を悲しんでいる者の顔ではなく、心の底から幸せだったと納得している者の顔だった。
「……ああ、まったく。死んだというのにお前は全然変わらんなぁ。……ありがとうな」
「いいえ、どういたしまして」
そうして娘に笑いかけられたゼルベンは、未だぎこちないながらも笑い返す。
「貴方にも、ありがとうございました」
親娘が笑い合っている傍で、ツァードは魔法を使い辛そうにしているアキラへと礼を言った。
「別れは、できました、か?」
「ええ、お陰さまで」
「それは、よかったです」
そう言ってアキラが息を吐き出すと、その瞬間ターニャとツァードの体は足の先から薄れ始めた。
「ああっ!」
それに気がついたルークは悲鳴を上げるが、当の消えかかっている本人達は驚いた様子はない。
「どうやら、そろそろお別れみたいね」
いくらアキラが魂に関する魔法を使うとは言っても、アキラが今やっている事は、一時的なものとはいえ死者の蘇生と同じだ。そしてそれは『月』の神の分野であり、同じ魂を扱うであっても死後の魂への干渉はアキラの専門とは微妙に違う。
未だ神様としての力を完全に扱える状態ではないアキラがそんな分野違いの事をやれば、疲れるのは当然だ。むしろ疲れるで済んでいるだけマシであるといえる。
「ルーク、貴方は立派な子よ。私たちの自慢の息子」
「私達はお前の親である事を、誇りに思う。これからも、元気でな」
「お母さん、お父さんっ! うんっ! 頑張るよ。僕、頑張るから!」
ターニャルークをが抱きしめ、ツァードがその二人を抱きしめる。
最後の別れ。それがわかっているのだろう。ルークは先ほどまでの涙を消し、瞳に涙を溜めているもののそれを一筋も溢す事なく笑っている。
最後に見せる顔は笑顔でいたかった。
だからルークは笑う。
──だって、二人が大好だから。
「お義父さんも、元気で」
ルークを離した二人は立ち上がり、今度はゼルベンへと近づいていく。そしてツァードは手を差し出し、ゼルベンはそれに応え自身も手を差し出して握手をする。だが、そんな二人の別れを邪魔するかの様にターニャが先程のルークの時とは逆に二人のことを抱きしめた。
「えいっ!」
「っと。お前は本当に……」
「まだこっちにきちゃダメよ?」
「っ……ああ。ああ、もちろんだ。まだまだ私は倒れたりはしないさ。後十年はお前達に会いには行かんよ」
「あら、十年と言わずにもっと良いのよ?」
そんな事を言って親娘が笑い合う。
それに釣られるかの様に残りの二人も笑い、その場にいた四人の家族全員が笑う。
そして、ターニャとツァードの姿がほとんど消え、二人は最後の別れを告げる。
「それじゃあ二人とも……」
「元気で」
二人の姿はスッと溶ける様に消えていき、その姿が完全に消えた後には二人がいた場所には何も残らなかった。
その場に残されたのは、別れを済ませた祖父と孫。それと術者であったアキラだけだった。
「アキラ。……ありがとうよ」
その場に残されてしばらくした後に、それまで自身の子供がいた空間を眺めていたゼルベンはポツリと呟く様に礼を言った。
「どう、いたしまして……」
「アキラ?」
それまではシッカリと、とは言えないものの立つことのできていたアキラだが、ついに限界が来たのか立っていることすらままらずその場で膝をついてしまった。
「どうした!?」
突然のことでゼルベンは焦った様子でアキラへと駆け寄り声をかける。
だが、アキラはまるで心配するなとでも言うかのように近寄ってきたゼルベンに笑いかけた。
「少し魔法を使いすぎました。単なる魔力切れなんで、休んでいればなんとかなります」
「そうか。無理をさせた。すまない」
「いえ。これは、俺が勝手にやった事なので」
「だとしても、わしらのためにやったのだろう? 少し待っていろ休む用意をしてこよう」
アキラはこの家に泊まっているとは言っても、アキラの使っているベッドはそれほど良いものではなかった。これはべつにゼルベンが意地悪だとかそう言う事ではなく、ただ田舎の家としては来るかこないかわからない客のために寝床を確保しておくよりも大事な事があるので、客用のベッドの質が悪いのは普通のことだった。
ゼルベンの娘夫婦のものであればそれなりのものなのだが、ゼルベンは今まで二人の使っていたものを処分することができずにいた。
その結果、アキラは田舎によくある客用の質素なベッドで寝泊りしていたのだが、ゼルベンは流石に倒れるような状態の恩人をそんなところに寝かせるわけにはいかないと思ったのだ。
そうしてゼルベンは慌てて走り去ったのだが、その場に残されたルークは何をしていいのかわからないままオロオロとしながらアキラに話しかけた。
「ア、アキラ、僕は何をすれば良い?」
「別に何も……いや、水でも持ってきてくれるか?」
「わかった!」
「ゆっくりで良いぞー」
アキラは特に水が欲しいと思ったわけではなかったが、何か頼まないとルークが落ち着かないだろうと思いわざわざ頼んだのだ。
そして何となしに先ほどまでルークの両親の魂を呼び出していた場所を眺めてから、ふと魔法の痕跡を消しておいた方がいいのではないかと思った。
何せアキラが使ったのは魂を操る外道魔法だ。魔法の痕跡などそうそう分かるものでもないし時間が経てば消え去るものだが、もし万が一に痕跡が消える前に分かる者が来た場合ルークやゼルベンに迷惑がかかるかもしれないと考えたアキラは、その痕跡を消すために立ち上がる。
「さて、痕跡を消しておかないとな」
「それには及びませんよ」
だが痕跡を消そうとアキラが立ち上がった直後、魔境の森のある方から聞き覚えのある、だがここにいるはずのない者の声が聞こえた。
「資格なき外道魔法の使用は教会に定められた法に反しています。あなたを教会まで連行させていただきます」
アキラが振り向いた先にいたのは、早朝に村を出て行き自国へと帰って行ったはずの勇者一行だった。
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