第62話少年の覚悟

「……強くなりたいのか?」

「うん」


 悔しそうにしながらもいきなりアキラに問いかけるルークに、アキラは若干の間を作りながらも彼に問いかける。

 だが、そんなアキラの言葉に、ルークは迷う事なく返事をした。


「どうして強くなりたいんだ? 俺には負けたけど、それでも同年代の者よりは君は強い。このままいけば冒険者としても問題なくやっていける程度には強くなれると思うよ」

「……ぼくは……僕は、皆んなを守りたいんだ。だから強くならないといけないんだ」


 そう言ったルークの顔は歪み、なにかをこらえるように見える。


「なんでそんなに強くなりたいんだ? 皆んなを守るって言ったけど、別に強さだけが『力』ってわけじゃないだろ? この村を守るんだったら守りを固める方法を考えるだとか、何か他にも方法があるはすだ」


 そう。なにも武力だけが全てではない。もちろん武力はあるに越したことはない。だが、だからといって、武力だけが村を守るための力ではない。アキラが言ったように、知識をつけ、知恵を鍛えて村を効率よく守るにはどうすればいいかを考えればいい。罠を張り、策を巡らせ、そもそも戦いになるような状況を作らないようにする。それだって立派な力だ。


 むしろ、村を守るというのなら、そちらの方が正しいだろう。いくらルークが強くなったところで限界はあるのだから、アキラのように一騎当千とはいかない。その程度であれば、少し大きな魔物の群れが来ただけで殺されてしまうかもしれない。

 それよりは、整えてしまえば誰もが安全に暮らすようになれる場所を作った方がいい。そうすれば、ルークが死んだ後だって『みんなを守る』事ができる。


「なんでだ?」


 だからアキラは問いかける。なぜ強くなりたいのか、と。なぜ力を求めるのか、と。


「……だって、僕が強くならなきゃ、お父さん達は心配すると思うから。心配させちゃいけないんだ

 。ぼくが強くなって、皆んなを守れるようになったら、その時はお父さんもお母さんも安心してられると思うから。お父さん達には、笑っていて欲しいから、ぼくはこんなにも強くなったんだって安心していられると思うから。──だから!」


 強くなりたいその理由を話すうちに徐々に俯いていったルーク。

 彼がその顔を再び上げたときには既にアキラに向けていた侮りなどどこにもなく、その瞳からは堪えきることのできない大量の涙が溢れ出していた。


「だから、僕を強くしてください。お願いします」

「……その願いに、覚悟はあるか?」


 そんなルークの心からの願いに対してのアキラの答えは、ルークが思っていたものと違った。


「え?」

「願いを叶えるには覚悟が必要だ。金が欲しい。名誉を手に入れたい。誰かを守りたい。そういった願いには、それ相応の覚悟が必要だ。君は、その覚悟を最後まで通すことはできるか?」

「……」


 これ以上ないほどに真剣な表情をするアキラを見て、ルークはなにも言えない。

 だがそれはルークだけではない。ルークに語りかけるアキラの様子は、この場に一緒にいるゼルベンですらも、息を呑み怯んでしまう程のものだった。


「一度その覚悟を裏切ってしまえば、もう立ち上がれない。もう一度立ち上がったとしても、そこからの人生は紛い物だ。なにせ、自分で自分を裏切ったんだからな。自分を裏切り、覚悟を捨てたその時点で、そいつの誇りは死ぬ。誇りのない人生なんて。そんなものに意味はないんだ」


 前世でのアキラは誇りなんて何もなかった。

 両親がおらず、引き取られた先では自身を引き取った者達の反感を買わないように、ただ生きていた。目立つ事なく、嫌われる事なく、自身の想いも願いも曲げて、捨てて、ただ、生きてきた。


 だが、そんなことで手に入れた人生に意味はないと、アキラはこの世界で生まれ変わって思った。


 自分にとって譲ることのできない信念を持ち、それを貫こうと努力することで初めて人は『生きる』事が出来るのだと。

 それは息子を守る為に動く自身の母親がそうであるし、夢を追い屈辱を感じても努力し続ける友人から学んだ事だ。彼らを見ていたからこそ、アキラは『生きる』事の意味を知った。


 自身の過去を思い出しながら拳を握ってアキラは話しかける。


「それでも、誰かを助けたいと願って、それを貫き通す覚悟を持っているのなら──」


 アキラはそこで一旦言葉を止めると、自身の手に魔法で一本の剣を作り出した。


「今から君を斬る」

「え?」

「安心していい。本当に心の底から強くなりたいと思って、覚悟があるっていうんなら傷一つ負わない。でも、その覚悟が偽物だった場合は、とっても痛い事になる」


 もちろんアキラが使える魔法は精神干渉系の魔法なので剣を作る事はできない。

 今アキラが持っているのは幻の剣だ。触れることができず、ただそこにあるように見えるだけの見せかけ。


 だが、アキラはそこに更に追加で魔法を使っていた。それは幻の剣で切った対象の心に反応する魔法だ。


 それは、アキラが言ったように剣で切られた対象の願いに少しでも曇りがあれば、実際に切られたと錯覚するほどの痛みを感じるという魔法だった。


 もちろんそんなことをルークは知らず、アキラの持つ剣は本物だと思っている。

 だが、剣で斬られればどうなるのかという事も、アキラが本気だという事も理解している。


 そして、それらを理解した上で、ルークは拳をぐっと握りしめると覚悟を決めた目でアキラのことを見据え言い放った。


「おい待てアキラ! それは──」 

「僕はっ、強くなるんだ!」

「そうか」


 慌てた様子のゼルベンの声を無視してルークがそう叫ぶと、アキラは持っていた幻の剣をルークに振り下ろす。そして……


「……ああ、やっぱり、人間も捨てたもんじゃないんだな……」


 アキラの振った幻の剣はルークの体を通過し、何も起こらなかった。


 それはつまり、ルークの覚悟は本物であり、彼の願いに曇などなかった事を表していた。


「え?」

「……いや、なんでもない。それよりも、よくやったな。お前は俺が強くしてやる」

「はい!」


 今までいろんな人の心を見てきたアキラ。それによりあまり人を信じられなくなっていた。それは前世のことも影響しているが、こちらの世界に生まれ変わってからのことも大きい。

 魔法を控え、心を読まなくなってからも、大商会の商会長の孫であり支部長の息子である幼く見えるアキラを騙そうとする輩は後を立たず、そのせいでアキラは人を信じられなくなっていた。


 最近では多少はマシになってきていたが、それでも本質は変わる事なく疑い続けている。

 そして、アキラもそんな自分の歪んだ心を自覚しており、だがそれでいいとさえ思っていた。

 そう。思っていた、だ。


 今回アキラの魔法を施した剣に切られ、だがなんの問題もなく立っていられるルークの心からの想いを感じて、もう少し人間を信じたいと思えたアキラだった。




「──それで、強くするのはいいけど、どの程度まで強くなればいいんだ? みんなを守るって言っても、どの程度まで鍛えればいいかわからないと難しいぞ。俺はいつまでもここにいるわけじゃないし」

「え? えっと、どうなんだろう……」


(流石にドラゴンを倒せるように、何て言われると少し難しいぞ)


 普通は少しどころではないし、そもそも難しいでは済まないのだが、無理と言わないところがアキラの異常さを表していると言える。


「それならば、ひとまずの目指す場所としては御主と同じ冒険者の銀級で良いのではないか? それだけあれば、この辺りでは十分であろうな」


 悩む二人に、ゼルベンが声をかける。

 普通であれば銀級でさえ無茶だ。年間に何人もの冒険者が増えているのに、銀級になれるのはほんの一握り。だというのに、それをまだ幼い──新人式すら迎えていないルークが目指すとなれば、難しいどころではなく、もはや不可能の領域だ。

 実際、ゼルベンはできるとは思っておらず、ただ安全を確保できる理想を教えただけだった。


「……じゃあ余裕を見て金級程度もあれば十分ですね」


 だが、アキラはその無茶の更に上をなんでもない事のように軽々と言う。


「は? いや、それができれば確かに十分すぎるが……。そのような事出来なかろう? お前さんでさえ銀級なのだから」


 そこでアキラは今までゼルベンに言ってなかった事があったことを思い出す。言ってなかったと言うよりも、言う必要がなかったのではあるが。


「今まで言っていませんでしたが、俺はもう金級になれますよ? 銀以上は面倒な制約がつくのでこれ以上は階級を上げるつもりはありませんが、後は申請するだけで試験免除で上がります」

「は……?」


 ゼルベンからはそれ以上の言葉は出てこなかった。

 当然だ。アキラのように成人したばかりのものが銀球となっているのでさえ異常なのだ。それだというのにアキラは自分で止めているだけで、すぐにでも金級に上がれるのだという。

 しかもその階級を上げない理由が、面倒だから。


 そんな事を何でもないことかのように言うアキラに、ゼルベンは自身の中にある常識のせいで混乱して何も言えなくなってしまった。


 更に言えば、アキラは金どころか、ミスリル級はどうか、と故郷の街で冒険者組合の支部長をやっているオリバーから言われているのだ。


「まあそんなわけで、必要なら階級はあげられますので、実力的には心配しなくても大丈夫ですよ」


(でも銀級か。銀って言ってもピンキリだし、平均的な強さがあればいいか。ああ、後はこの村の近くにいる魔物の対処ができるようになれば問題ないだろう)


「……ゼルベンさん。この近くに出る魔物ってなにがいるんですか?」

「あ、ああ。基本的には森から出てくる奴が多いが、その種類は──」


 そうして周辺の魔物を教えてもらうアキラ。


(……今聞いた限りだと、特に問題はないかな? これならルークを森に連れていっても大丈夫だろう)


「ありがとうございました。それでは少しルークを森に連れて行っても構いませんか?」

「森に? だが流石にお前さんでも守りながらでは危険ではないのか?」

「いえ。今聞いた限りの敵なら誰かを守りながらでも大丈夫です。あまり使いたくはありませんが、最悪は奥の手がありますのでどうとでもなりますし」

「む……。ふむ、ならば構わんが、ワシも連れていってはくれぬか? 足手まといにはならんから」

「え? それは別にいいですけど……大丈夫ですか? 旅の疲れなんかは……」

「ふっ、あの程度であれば問題無い。それに、ワシとてこれでも森に入って狩りをするのだぞ」

「そうですか。では一緒に行きましょうか」




「ここが魔境ですか」

「うむ。と言っても、ここはまだまだ入り口に過ぎぬがな」

「では奥にいきましょうか。……ルーク。俺の戦い方をよく見ておけ。見ておけばそのぶん強くなれる」


 そう言ったアキラだが、いくらなんでも見ただけで強くなれるとは思っていない。

 だから、アキラはルークに一つの魔法をかけていた。

 それはアキラが試練で行ったことと同じことを夢の中で再現する魔法だ。

 再現とは言っても、流石にアキラも自身の受けた試練と同じものをやらせるつもりはなかった。


 戦って、死んで、生き返って、そしてまた戦う。最初は意味がないだろうが、そんなことを繰り返していればいつか自分の見せる動きが役に立つだろうとアキラは思っていた。

 だからこそ、アキラはルークには自分の戦い方を見ておいて欲しかった。


「……いた。これから呼ぶから動くな」


 森に入ってすぐのところで、アキラの探知に魔物が引っかかった。あとはその魔物に魔法を使って呼び寄せるだけですぐにでも戦闘が始まる。


 この森に詳しくないはずなのにすぐさま魔物を見つけたアキラにゼルベンは驚いたがすぐに頷き、それを見てルークも頷いた。


 ──グオオォォォオ!!


 少しして現れたのは、四本の腕がある大きな熊だった。


「思ったよりも大きかったな」

「クアトロファング!? なぜこんな浅い場所に!?」


 クアトロファングという魔物はその四つの手にそれぞれ武器を持っていた。

 武器、といっても人間が使う様なものではなく、獣の骨や牙ではあるが。


 いきなりの大物ではあるが、それでもアキラのやることに変わりはない。ただ敵を倒して、その方法をルークに見せるだけだ。


「ルーク。よく見ておけよ」


 アキラはなんでもないようにそう告げると、魔物の方に走っていく。

 魔物は咆哮をあげながら腕を振り回すが、アキラには一撃たりとも当たらない。


 何度降ってもかすることすらない状況に嫌気がさしたのか、魔物は四つの腕全てを振り上げ、思い切り振り下ろした。


 地響きとともに周囲にあった物が吹き飛んだが、引き飛ばされる物の中にアキラの姿はない。

 直後、ドシンと重そうな音を立てながら魔物が倒れ、アキラはその背の上に立っていた。

 魔物の首には恐らくは延髄だろうと思われる場所に剣が刺さっている。アキラがやったのだろう。


「こんな感じだ。敵の動きをよく見て、避け続けろ。そうしいていれば、そのうち向こうが勝手に隙を作ってくれる」

「うん!」


 自分と同じような見た目のアキラが、自身の祖父でさえ怯むような相手に余裕で勝ったからか、ルークのアキラを見る目は英雄を見るかのようにキラキラと輝いていた。


「ゼルベンさん。こんな感じでルークに教えていこうと思うんですが、大丈夫ですか?」

「あ、ああ。……ルークのこと、よろしく頼む」


 そうしてアキラによる詰め込み戦闘訓練が始まったのだった。

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